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世直し暗黒神の奔走 ――人間好きすぎて人間に転生した――  作者: 岡沢六十四
勇者ではないすべての人々編――もしくはエピローグ――
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419 光のそれから

 こうして、五大都市のすべてを周り終えた僕とカレンさん。

 しかし僕らの旅はまだ終着していなかった。

 最後にもう一つ、目的地があった。

 僕らはこれからそこへと向かう。


 闇都ヨミノクニ。


              *    *    *


「うわー! 賑わってるー!」


 そうなのだ。

 地下に埋もれたヨミノクニへと降りてきたカレンさんが、街の全景を見下ろして放った第一声がそれ。


 僕も続いて降りてきて、死した都の繁栄を目の当たりにして驚く。

 遠い昔に滅びて人なきはずのヨミノクニに、今や多くの人でごった返していた。


「これが、五大教団が共同で送り込んできたヨミノクニ調査団か」


 魔王騒乱から四年。

 あの戦いを機に、世界に存在の隠されたヨミノクニは明らかとなり、五大教団が合同で調査発掘に乗り出すことになった。


 現在、闇都ヨミノクニのそこかしこではエーテリアル動力のライトが光を放ち、古い遺跡の街に積もった砂をハケで慎重に払い取り、出てきた彫刻などをスケッチしたり写真に撮ったりする人たちがあちらこちらにいた。


 皆、今やその存在が現実のものとなったヨミノクニを調べて、失われた歴史を取り戻そうとする人々。


 いや、現実になったのはヨミノクニの存在だけじゃない。

 ヨミノクニが崇め奉った闇の神エントロピーの存在も……。


 カレンさんだけでなく他の勇者たちもこのヨミノクニを訪れ、闇の力を持ち帰り、そのおかげで真魔王ルシファーを倒すことができた。

 その顛末は世界中誰も知らないぐらいに有名で、いまや闇の神エントロピーは世界に救いの力をもたらした六人目の神として大いに注視されていた。


「僕自身のことは別に秘密のままでもよかったんだがなあ」


 独り言のつもりが、隣にいるカレンさんにばっちり聞かれてしまった。


「そんなことないです! ハイネさんは……、いえ闇の神エントロピー様は世界が生まれてからずっと、人々のことだけを考えてきた神様です! 人間がそのことに感謝してもいいじゃないですか!!」

「そうかなぁ……!」


 いまやカレンさんも光の女神の一人となり、僕の正体を知っているので成立する会話。

 僕自身、世界が生まれてから千六百年の間をほとんど封印されていたので、人から崇め奉られるという経験がなくて、いざされると本当照れ臭いんだけど。


「大丈夫です! これからヨミノクニの発掘研究が進めば、この街で闇の神様がどう信仰されてきたかがわかってきます。そして皆が、いずれは他の神様たちと同じようにエントロピー様を崇めてくれるようになりますよ! そうしたらきっととっても素敵です!!」

「面映ゆい……」


 少なくとも今の時点では、ヨミノクニの発掘調査はあくまで学術的見地から、ということで、派遣された調査団もその手の分野で一番強い光の教団からの人員が多く占めている。


 実のところ、僕とカレンさんも……。


「私たちも、今日からここで調査員として働くんですね」

「そういうことです」


 そういうことなんだ。

 勇者を辞したカレンさんは、望めばもっと輝かしいポストを用意してもらえたのに。しかし彼女はそれを望まず、ヨミノクニ調査員としての役職を教団から与えてもらった。


 今はまだ都市部から遠く離れた僻地。

 文明に慣れた人間からすれば不便極まりないであろう。しかしそれでも……。


「私はここで、これからも世の中の役に立っていきたいんです」

「……」

「ヨミノクニの発掘調査が進めば、人の歴史の明らかになっていない部分が明らかになって歴史の空白が埋まります。自分たちがどこから来て何をしたのか。それがわかっているのといないとでは、自分たちへの認識が違ってきます」

「カレンさんは、世界を救ったというのに。それでもまだまだ人間の役に立とうって言うんですか?」

「もちろんです! 私の今では神様の一人ですから!!」


 誇らしげに言うカレンさん。

 アテスの神気と融合することで、人から神たる者へと変質してしまったカレンさん。


 当初僕は、それが彼女を神の永遠に縛りつける呪縛になるだろうと悲観していたが、ところがどっこい、その程度でダメになってしまうような軟弱なカレンさんではなかった。

 カレンさんは人であろうと神であろうと、他者のために頑張るのに躊躇わない。

 そういう人……、いやそういう神?

 そういう魂なのだ。


「……さあ、感慨に浸るのはそれぐらいにして」

「そうですね、今日からお世話になる発掘調査団の統合団長に挨拶に行きましょう」


 ここヨミノクニで遺跡の発掘、及び調査をするために結成された調査団。

 五大教団すべてから派遣され、ともすれば利害の軋轢が生じかねない混成団をまとめて率いる統合団長がいる。


 その人間が……。


              *    *    *


「ハイネ様! カレン様! ご無沙汰しております!!」

「ドラハちゃん!」


 調査団本部を兼ねた統合団長専用テントで僕らを出迎えたのは、影使いのドラハ。

 つい最近まで光都アポロンシティで共に過ごしていた少女だ。


 今では彼女も、四年間の経過によって美しくたくましい姿に成長していたが、僕らにとってドラハはいつまでも変わらずドラハだ。


「ゴメンねドラハちゃん。アナタだけ先に先行させて、知らない人たちばかりの場所に一人きりで寂しかったでしょう?」

「カレン様には、重大な勇者の引退式があったのですから、光都アポロンシティに残るのは仕方ありません。それに久しぶりに各地の友だちとあって来られたのでしょう?」

「うん! みんな凄く元気だった!」

「そのための時間を作るためなら、私が先に現地入りして統括するのは当然のことです!」


 始めの頃は大いに人見知りして、一人でお使いに出すのも躊躇われたドラハが大きく成長したものだ。

 思えばこのドラハと初めて出会ったのも、このヨミノクニだった。


 闇の都から。時を越えてやって来たドラハが、再び生まれた場所へ帰ってきて生命を吹き込む。


「立ち話も何ですので、テントにお入りください。統合団長がお二人の到着を今か今かとお待ちですので」

「おお、そうだった」


 ドラハに案内されてテントの中に入る。

 そこに仮組されたイスに座って僕たちを待ち受けていたのは、光都アポロンシティを旅立った時にも見かけた美女の顔だった。


「お二人とも、やっと到着されましたわね」

「ヨリシロ様! 光の勇者改めヨミノクニ遺跡調査員カレン! ただ今到着いたしました!!」

「僕もね」


 光の教主ヨリシロ。

 コイツこそがヨミノクニ遺跡調査団の最高責任者、統合調査団長なのだ、

 ドラハは団長補佐役。


「やっぱりヨリシロ様の方が先に着いちゃいましたねえ」

「アナタたちが各都市を回ってくるのに対して、わたくしは真っ直ぐこっちに向かいましたからね。……でもカレンさん」

「はい?」

「そろそろ『様』はやめていただきませんか? わたくしはもう光の教主ではないのですから」


 そう。

 ヨリシロはヨミノクニ遺跡調査団の統合団長を務める以上、光の教主と兼任するわけにはいかない。

 実はカレンさんが光の勇者を引退するのとほぼ同時に、ヨリシロも光の教主の座を後任に明け渡して辞してきたのだ。


 盛大な式典によって勇者の座を退いたカレンさんに比べれば、それはあまりに簡素で人知れず行われた引退だった。

 魔王騒乱という人類にとってもっとも大変な時期を戦い抜いた教主としてはなおさら。


「あの戦いを正面から戦ったのは勇者たちですから。その勇者であるカレンさんがもっとも讃えられるのは当然のことです」

「だからって、後任への簡単な引継ぎだけで教主交代を済ませてしまったんだろう? 勇者だって代替わりしたばかりなのに、大丈夫なのか?」

「問題ないですよ。だって次の光の教主は、あのグレーツさんなんですから」


 光の騎士団長コンロン=グレーツ。

 まあ、光の教主に就任してしまったんだから元騎士団長だが。

 僕と初めて出会った時には騎士団の中隊長に過ぎなかったのにえらく出世したものだ。

 僕の知り合いの中でも出世頭じゃないのか?


「あの方だからこそ、これからの光の教主に相応しいのです」


 今や元教主のヨリシロが、仮組のイスをギシッと軋ませながら言う。


「五大教団が融和し、人間とモンスターまでもが共存していく今の時代に、旧弊は一切持ち越してはいけません。かつて光の教団に蔓延していた門閥主義、意味のない世襲制も」


 他の教団はそこまでではないが、光の教団では教主はほぼ世襲で歴代を固められていた。

 教主に次ぐ重要なポストもほとんどそうで。僕が最初に光の教団を訪れた頃は、腐敗で目も当てられないほどだった。


 そこでヨリシロが先頭に立って、僕やカレンさんも協力しながら少しずつ改善していき、光の教団の旧悪はいまやほとんど消し去られていた。

 そしてヨリシロは、みずからすら新陳代謝させるべき旧弊として教主の座を降り、新しい教主を、よりにもよって何の門地もコネも持たないグレーツさんに譲ってしまった。


「新しい光の教主の形を示すのに、グレーツさんほど相応しい人材はありませんでしたから」


 何のコネもなく極光騎士団に入り、叩き上げで中隊長に昇進。

 その後、政変による要請ではあったけれど騎士団長に抜擢され、魔王騒乱において負うべき責務以上の指導力を発揮した。


 だからこそ、新たに教主を担わせることには想像以上に多くの人が納得しているけれど……。


「それでも早すぎたんじゃないのか? ヨリシロ、お前自身もまだ若いんだから、色々な改革を自分で断行して……」

「ハイネさん、その話はわたくしが教主を辞める前にも散々したはずです」

「うっ」

「むしろ若い今だからこそ引退したのですよ。教主をグレーツさんに譲る。それこそこの私にできる最大にして最後の改革です」


 たしかに、その話は聞いて、ぐうの音も出ないほど正しいと感じたからこそヨリシロの辞職を阻止できなかったのだが。


「ヨリシロ様は、自分の影響力が残っているうちに引退することで、グレーツ新教主の助けになろうとしたんですよね?」


 訳知り顔でカレンさんが言う。

 コネも門地もなく教主に就任した、前代未聞のグレーツ新教主。

 何事も前例のない試みには想像以上の逆風が吹き荒れるもの。へこたれないグレーツさんといえども逆風に挫けてしまわないとも限らない。


「だからこそわたくしが前教主としての影響力を隠然と発揮することで、グレーツさんへの抵抗勢力を未然に消し去っていこうということです」

「そうしてグレーツさんに教主職をまっとうさせ、光の教主がコネではなく実力で就任する習慣を確立し、かつて蔓延していた世襲腐敗を完全無欠に一掃する……!」


 それがヨリシロの目的なわけだが。

 抜擢されたグレーツさんは、いいとばっちりどころの話じゃないけどね。


 光都アポロンシティを旅立つ前に、教主就任の決まった彼に一応お祝いを述べに行ったけど。

『そんな大役オレ様に務まるわけねえよぉぉぉぉぉッ!!』

 って泣いてたもの。


 ハゲのおっさんが泣き喚くレベルのミッションインポッシブルですよ。

 無事教主職を勤め上げる頃にはストレスで総白髪になってるんじゃないですかね?

 ないか。

 だって元々ハゲだから。


「まあ、それに、若さを有効に使うというなら、もっと有効に使いたいですからね」

「?」


 ヨリシロのヤツがイスから立ち上がって……。

 スルスルと僕に擦り寄って来た。


「愛する人と共に情熱を燃やす。それこそ若いうちにしかできないことです。教主の座を投げ出して始める、ヨミノクニでのハイネさんとの新生活。それこそ 全力で漫喫しなければ」


 教主を辞めた本当の理由はやっぱりそれか!?


「ダメですよヨリシロ様! 私のことも交ぜてくれないと困ります!!」


 とカレンさんも交じってより大混乱に!


「当然ですよカレンさん。今やアナタはわたくしと同じ存在なんですから、共にハイネさんに愛されて、このヨミノクニで過ごしましょう!!」

「ヨミノクニが私たち三人の愛の巣になるんですね!! 素敵すぎます!!」


 ……いや。

 ヨミノクニには、学術的探究心によって集まった多くの調査委員の方々もいるんですから、そっちの仕事もちゃんとやりましょう!


「うふふ、ゆくゆくはこのヨミノクニに一般の方も訪れるようにして学術と観光を兼ねた一大都市にしていきたいですわね」

「マントル様が砂漠化をやめたので『無名の砂漠』も少しずつ緑化して来ているって話ですから、この土地もいつかは人であふれる居留地になっていくかもしれません!」

「夢が膨らみますわね。うふふ」


 と勝手に夢を膨らませていく光の女神ズ。

 カレンさんがアテスの残留神気と一体化したことで新たな光の女神となってしまったため、結果的にヨリシロとカレンさんは同一の存在となってしまった。


 その成果最近ますます仲が良い。

 僕を巡る三角関係も、火花を散らすどころか一丸となって僕に向かってくる始末だ。

 まあ、元からそうだったとも言えるけど。


「ハイネさんは世界最強の闇の神の転生者なんですから、女性の二人くらい幸せにできますわよね?」

「それに私たちは元々一つなんですし、一緒に愛してくださるのも当然ですよね?」


 二人の息ピッタリの攻勢に、僕は意識が消し飛んでしまいそうだった。

 そんな流れで僕も当然のようにヨミノクニ発掘調査団へと加わり、僕の終の棲家が決定しようとしている。


 これからのクロミヤ=ハイネの人生。

 愛する女性二人に挟まれて、遺跡の発掘に精力を傾けることとなっていくのか。


「ま、それも悪くないか」

「悪くないですわよね」

「そうですよね」


 肝心の二人も楽しそうだし、とにかくもここが、僕らの新しい門出となった。

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