42 押してダメなら引き倒す
「えっ?」「えっ?」
僕の撤収宣言に、カレンさんとミラクは驚く。
「どういうことですかハイネさん? もう帰っちゃうって?」
「言った通りです。シルティスさんの言うことは正しくて一言一句反論の余地はありません。よってこれ以上粘っても時間の無駄です。疾く帰りましょう!」
僕は少女二人の肩を押して、出口へと向かう。
「ほへー、補佐役くんの方が話わかるじゃん」
とシルティスはヘラヘラしていた。
「本気かお前? あそこまで言いたい放題にされてすごすご引き下がるなど……!」
「そ、そうですハイネさん。せめてもう少し話し合えば、妥協点が見つかるんじゃ……!?」
ミラクもカレンさんも、まだまだ諦めきれない感じだが、それでも僕は二人を押す。
「ダメダメ。二人ともここまで無理して来てるんですから。望みがないとわかっててこれ以上居座らせるわけにはいきません。一秒だって惜しいです。今すぐ帰りましょう、明日を待たずに帰りましょう、明日を! 明日をね!!」
「そうだ帰れ帰れー。……………………………………ん?」
僕はわざとモタつくふりをしながら、少しずつ出口へと近づく。
まだか? まだ気づかないか? と思っていると。
「待って!」
よし釣れた。作戦成功だ。
どういうことかというと、まず慌てた態度を必死に押し隠そうとしているシルティスの動向を見てみよう。
「あのー、今すぐ帰っちゃうことなんてないんじゃないかなあ? せっかくのハイドラヴィレッジだよ、観光地だよ? せめて一泊……、イヤ二泊! ……していけば?」
「いいえダメです。勇者の務めは疎かにはできません。明日なんて絶対待てない。今すぐ帰らせていただきます!」
「待って! モーメント!!」
ついにシルティスが僕に縋りついてきた。
余りの態度の豹変ぶりに、何事かとカレンさんもミラクも当惑顔だ。
「……あのさあ、きっと多分、困るのよね? 誰が困るかというと、アタシが困るの。何故かというと。アンタたちが明日以降もいてくれないと。ホラ、アタシ言っちゃったじゃん? 明日のライブ、アンタたちがゲスト出演するって」
「「あ」」
これでカレンさんとミラクも気づいたようだ。今帰ることがもっともシルティスを窮地に追い込む得策なんだと。
「あの場を収めるために思い付きで言ったことだけど、意外にお客さんの受けがよかったというか。……ジャーマネ! ジャーマネ!!」
シルティスが呼ばわると、ドアを開けて優男風の男性が入ってくる。
「今チケットの売り上げどうなってる!?」
「それが、シルたんが宣伝を終えて戻ってから爆発的に伸びてます。緊急決定した追加公演の分も即時完売。それでも問い合わせが収まらず、席の拡大など対応を取っていますが間に合うかどうか……。企画部の方ではさらなる追加公演を検討してます」
「嬉しい悲鳴! 勇者二人がゲスト出演するってだけでそんなにハネ上がるの!? やっぱり勇者スゲエ!!」
「それから、既にマスコミが嗅ぎ付けてその件に関する取材申し込みが来ています」
「たった一つのアドリブでそこまで状況を激変させるアタシの才能がコワイ! ああでも! もしこれで当日カレンやミラクどもがいなかったら……!?」
「…………ブーイングの嵐」
ボソリと呟いた僕の一言にシルティスは凍り付いた。
ウソ宣伝。期待を裏切られたファン。会場を満たす悪罵。途中で帰る客。抗議殺到。戻らぬ信頼。人気は低下。落ち目になったアイドルに事務所側も切り捨てを考え始め…………。
「ぎゃあああああああああああああッッッ!!」
シルティスの想像力が限界を超えた。
そして無様に僕の足に縋りつく。
「やめてぇぇぇぇ!! 帰らないでぇぇぇぇぇ!! せめて明日! 明日一日だけでもライブに出演してぇぇぇぇぇ!!」
「えー? そんなこと言われてもー? 出演するのは勇者お二人で僕は補佐役だしー?」
「何言ってんの! 補佐役だとかしらばっくれて、実際はアンタが仕切ってるのはお見通しなのよ!! アンタがYESと言えばすべてYESになると見た! だからお願い、頷いて!!」
「NO」
慈悲はない。
「だって、こっちのお願い無碍に断られちゃいましたし。話も終わったからここにいる理由ないよね? そっちにはあっても、こちらにはないよね?」
「それは、そのぉぉぉ……!」
「配慮する理由がなかったら配慮しなくていいんでしょう?」
「ご……、ご……」
シルティスがアイドルにあるまじき表情と唸り声を上げた。
「わ、わかったわよ! アンタたちの要求については、こちらも前向きに検討します。お互いに損がないよう妥協点を探します! だからライブに出てください!」
「YES」
交渉が成立した。




