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世直し暗黒神の奔走 ――人間好きすぎて人間に転生した――  作者: 岡沢六十四
勇者ではないすべての人々編――もしくはエピローグ――
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415 水のあれから

「もー、やだやだ! 信じらんなーい!!」


 水都ハイドラヴィレッジに到着した途端、僕たちを出迎えたのは水の勇者シルティスの悪罵だった。

 ……いや、彼女ももう水の勇者を引退して元水の勇者シルティスになってしまったから。


「何よもー! ……あ、カレンっちもハイネッちもお久しぶり! ちょっともー聞いてんのーッ!?」


 僕らのことを歓迎しつつゴネまくっている。

 ややこしいので、やるのならどっちか一方にしてほしい。


「シルティスちゃん……! お久しぶりなのに、なんでそんなに駄々こねまくっているの?」


 カレンさんも再会したばかりで大荒れの親友に当惑するより他ない。

 シルティスのヤツだって、この四年間で著しく成長し、アイドルの溌剌さに女優の色気が備わったように思えていたが……。

 こんな子どもみたいにゴネまくっていたらどちらにしろ台無しである。


「……ハイドラヴィレッジに到着した途端。水の教団の人に案内されてここまで来たんだけど、一体どうしたのシルティスちゃん? シルティスちゃんも勇者引退したんだよね?」


 僕たちが今いるのは、水の教団本部、水の大神殿にある一室。

 そこは何故か窓を含めすべての出入り口を厳しく固めて、中にいる者を絶対外に出すまいとしているような気構えだった。

 そしてその一室にいるのは、シルティスただ一人。

 僕たちが訪ねてくるまで。


「……まるで座敷牢だな。シルティス一体何をやったんだ?」

「アタシが悪いことしたから拘束されてるって発想やめて!! 何もしていないわよ! 悪いこと何もしていないのに監禁されてるの!!」


 シルティスが冒頭から不機嫌であるのはこれが原因。

 僕らがこの即席座敷牢に案内された時にも水の教団関係者の職員さんから「どうかシルティス様を宥めてあげてください」などと、お願いされたし。


「じゃあ一体何が原因で、こんな監禁騒ぎになっているの? シルティスちゃん正直に言ってごらんなさい?」

「何イタズラした子を諭すような口調になっているのよ!? それでもアタシはやっていない! 強いて言うなら、こんなことになった原因は、アタシが勇者を引退したからよ!!」

「「?」」


 ますますわからない。

 なんで勇者という務めから解放されて、さらに自由を奪われることになるんだ。


「……それは、我が水の教団の習慣に関係があることです」


 ギィ……、とドアを開けて入って来たのは、水の教団の教主様。


「あっ! パパッ!?」


 ちなみにシルティスのお父さんでもある。


「もうパパ! いい加減にアタシのことを解放してよ! アタシにはアタシのやりたいことがあるんだから!!」

「そうはいかない。シルティス、キミももう水の勇者を引退したのだから、次の新しい道へ向けて邁進していかなければならない。そして我が水の教団において、引退後の勇者が取るべき進路は決まっているのだ」


 ああ。

 そういえば昔どこかで聞いたことがあるような。


 引退した水の勇者は、大体皆すぐに結婚してハイドレヴィレッジの有力者の下へ嫁いでいく。

 勇者というのは大体女性で、しかも教団のために長年勤めあげてきた実績を鑑みれば、教団そのものと大いなる繋がりがあることは明白だ。

 そんな元勇者を妻に娶れば、教団との太い太いパイプが出来上がるのは自明の理。


 要するに水の教団での引退勇者は、すぐさま政略結婚するのが一般的な習わしなのだそうだ。

 シルティスの一代前である勇者サラサさんも、引退してすぐハイドラヴィレッジの有力豪商へ嫁入りしたはず。

 シルティスも同じように、引退したからにはどこかへお嫁に行って、水の教団との関係強化に尽力せよということか。


「だから何度も言ってるでしょうパパ! アタシは、決められたレールに乗っかるつもりはないって!!」


 シルティスが昂然と対立姿勢を示した。

 つまりこれが、シルティスの座敷牢に監禁される理由になるわけか。


「勇者を辞めて別の道を模索するにしても、結婚なんかして貞淑な妻として日がな一日家でボーっとしているなんて真っ平だわ! そんな退屈な余生と過ごすぐらいなら死んだ方がマシよ!!」

「そうは言うがねシルティス。キミはただでさえ勇者として空前絶後の大功績を打ち立てた上に、教主である吾輩の愛娘でもあるんだ。こういう言い方はアレだけど、政略結婚の駒として、今までの水の勇者と比べても段違いの価値があるのだよ。見なさい」


 と言って、水の教主様はテーブルの上にドンッ、と多くの紙の束を乗せた。

 あまりに沢山束ねてあって厚いというか高いと形容した方がいいくらいで、その重さでテーブルがギシギシ軋むほど。


「何このたくさんの紙の束?」

「シルティスへ送られて来た見合い写真だ。全部で二百通以上ある」


 二百通以上!?


「シルティスへの結婚の申し込みは、ハイドラヴィレッジ内に留まらず世界中から来ている。世の中が変わって五大教団同士の交流が活発になったのと、やはりシルティスのアイドル人気も大きな影響があったんだろう」


 気疲れしたように言う水の教主様を余所に、ちょっと興味を惹かれて僕は出された見合い写真をパラパラ眺めてみる。

 いずれも撮影の瞬間だけ精一杯背伸びしたような即席イケメンの写真が貼ってあったが。

 ……あれ? なんか見知った顔を見つけてしまった。


「ベサージュ騎士団長じゃないコレ!?」


 我が光の教団に所属する光騎士で、この四年でついに騎士団長にまで出世した人。

 それが何見合い写真送ってるの!? 教主の許可は取っているの!?


「吾輩も父親として、シルティスをしっかり任せられる相手と結婚してくれたら、これほど安心できることはない。シルティスどうか、吾輩を父親と認めてくれるなら孝行と思ってよい嫁ぎ先を見つけてくれないか?」

「うぅ……! そう言われると……!」


 シルティスと教主様の父子は、ある事情があって十数年と互いを親子と認識せずに暮らしてきた。

 その辺りも、商業と政治的思惑の入り混じるハイドラヴィレッジならではの事情があるのだが。

 それでも二人は親子の情がなかったり薄かったりせず、むしろこれまで離れていた時期が長いからこそお互いを深く愛している。


「そりゃあ、アタシだって出来る限りパパの希望には応えたいけれど……! でもこればっかりは譲れない! アタシの人生は、アタシ自身の手で彩りたいの! その権利を他の人間の手に委ねたくない!!」

「シルティス……!」

「パパ聞いて! アタシ、アイドルも辞める!」


 その発言に、教主様どころかもはやただの傍観者になってしまっている僕やカレンさんも衝撃を受けた。

 シルティスと言えばアイドル。

 勇者でありながらアイドル業まで務めるという破天荒さで、歴代勇者の中でも特に異彩を放っていた。


 彼女自身アイドルはライフワークのように大切にしていたのを、ここに来て急にやめるなんて!?


「元々考えていたの、さすがに二十歳過ぎてまでアイドルやるのは無理があるって、勇者引退を機に、アイドルも卒業しようって前々から計画していたのよ」


 まあ、そういう風に現実的に考えているのもシルティスらしいと言えばらしいが。


「そしてアタシは、次のステージに上がりたいの! アイドルと勇者という自分に区切りをつけて、新しい自分に挑戦したい! お願いパパ! アタシの我がままを許して!!」

「うぅ……!!」


 シルティスの本気は充分に伝わって来たので、教主様もたじろぐ。

 しかし彼も、水の教主という自身の政治的立場を弁えるお人だ。

 父親であることと教主であること、どちらを取るべきかと大いに揺れる。

 そこへ……。


「いいじゃないですか、アナタ」


 さらに新しい人物が部屋に入ってきた!?

 この期に及んで僕が初めて会う人だ。シルティスにとてもよく似た女の人で、だから壮絶に美人。

 随分お歳を召されているが、その年増が完全に色気へと変換されている。絶世のマダムという風格だった。


「ママッ!?」

「ママとな!?」


 シルティスの言葉に驚愕。

 この火とシルティスのお母さん!?


「元はハイドラヴィレッジを席巻した高級娼婦で、アタシを身籠ってからパパに操を立ててた女丈夫よ。最近やっと教主の第二夫人に収まったの」


 噂には聞いていたが、この人が……!?

 つまり、シルティスの父親である水の教主にとっては生涯共にすることを誓った愛妻。


「し、シャール……!」

「シルティスは、アナタと私の両方の向こうっ気を受け継いでしまったんです。そんなこの子が、普通の家庭を気づいて、その奥様で一生を大過なく過ごせるわけがないでしょう?」


 その口振りは……。

 褒められているのかけなされているのか?


「無理にどこぞの大富豪へ嫁入りさせたって、嫁ぎ先でトラブルを起こして出戻ってくるのが関の山です。だったらいっそ、大暴れするにもアナタの目に届く場所で暴れさせた方が被害を最小限に食い止められるじゃないですか」

「さすがママ! アタシのことよくわかってる!!」


 シルティスは母親からの評価がそんなのでいいんですか?


「お前の言いたいこともわかる。しかし教主としてはだな、ここまで多くの方から娘を望まれている以上、無碍に断るわけには……」


 そう言って水の教主様は、例のお見合い写真の一部を抱えた。

 一部ではあるけれど、それを掴むために教主様の手が限界まで広がっている。


「世間の期待に応えようというの? 出来るんですか、そんなこと?」

「ど、どういう意味だ!?」

「本当にたくさんのお見合い写真ねえ。無数の婿候補に対し、たった一人のシルティス。これだけ競争率が高ければ、選ばれるのはそれこそ他教団の教主クラスでないと皆納得しないでしょう」


 そりゃたしかに。

 今の五大教団の教主たちは皆既婚者か同性だけれど、将来教主の座を狙えるような立場にいる人は、このお見合い写真の中にゴロゴロいる。


「シルティスを政略結婚の駒と使うにも、やはり他教団の教主に嫁がせるのが一番有効な手立てでしょう。そうなれば、シルティスはハイドラヴィレッジを出て行きます」

「う……!」

「そしたらアナタは、シルティスのいない寂しさに耐えられるんですか?」


 針で急所を刺すような言葉だった。

 水の教主様は即座に無言になり、ついで脂汗をダラダラ流して、ついに爆発した。


「嫌だぁ~~~~~ッッ!! シルティスお嫁に行っちゃ嫌だァ~~!!」


 と床に倒れてのたうち回った


「生まれてから成長するまでの一番可愛い時期を一緒に過ごせなかったというのに、すぐまたお嫁に行って離れ離れになるというのか!? そんなのダメだ! シルティス! 一生パパの傍にいなさい! どこにもお嫁に行っちゃいかん!!」

「ラジャー! さすがママ! パパの操縦の仕方が上手い!」


 大喜びのシルティスと、親指をグッと立て合うお母さん。

 こうしてシルティスは、勇者引退して早々嫁に出される危機を回避できたのだが。

 本当にこれでよかったのかなあ? とも思う。


「そ、それでシルティスちゃん?」


 今回終始空気という、僕らにとっては実に慣れた立ち位置となったカレンさんが沈黙を破って尋ねる。


「結局、アイドルと勇者を辞めてやりたい次のことって何なの?」

「よくぞ聞いてくれました! アタシが次に挑戦するのは、それまでのアイドル勇者の経験を活かすことのできる発展的職業! プロデューサーよ!!」

「「プロデューサーッ!?」」


 なんかまた訳のわからない用語が飛び出した。


「アイドルの特徴を把握し、より効果的な売り込み方を企画する軍師的な存在よ! かつてアイドルとして表舞台に立ったアタシが、今度は裏で後進を支え指揮する立場に!! アタシはこれからも立場を変えて、ガンガンアイドル業界を支えていくわ!!」


 そ、そうですか……!


「で、もう既にプロデュースする新アイドルは見つけてあるの。彼女の才能と、アタシの知略が合わされば、かつてのアタシ以上の大ブームを起こすことが可能だわ!!」


 そう言いながらシルティスが、監禁のために雨戸まで固く閉ざされた窓へと向かう。

 そしてバーンと開け放った。


「見て! あれが私の推す新逸材よ!!」


 開けた窓から即見られるんですか!?

 水の教団本部は、港町でもあるハイドラヴィレッジの一部で海に面しており、開けた窓からすぐさま海を一望することができた。


 その海から、輝く水しぶきを上げながら、虹色の光彩放つ人魚が飛び上った。


「おーほほほほほほほ!! 文化だわ! 非常に文化的だわ!!」


 いや、出てきたのは人魚というより……!

 水の魔王ガブリエルじゃないか!!

 アイツを新アイドルとして売り出そうと!?


「人間とモンスターが共存する新世界に、アイドルモンスターは話題性充分! ガブちゃん自体見た目もいいし女性型だし! 大ヒットの可能性は充分だわ! ……ガブちゃん!!」

「はいプロデューサー!!」


 なんか二人の呼吸が合っておる!?


「言い渡しておいた自主練はこなしているみたいね! じゃあ、これからは具体的なパフォーマンスを企画していくわよ!! パパママから許しを得た以上、新生シルティスは留まらないわ!! 今度はプロデューサーとして! ガブちゃんと共にアイドル界の頂点を極めるわよ!!」

「はい! プロデューサー!!」


 いくつになろうと野望尽きぬアグレッシブの人。シルティス。

 彼女の新しい野望は、まさに今始まったばかりなのだった。

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