414 火のあれから
こうして、勇者を卒業したカレンさんの記念旅行にお供することになった僕――、クロミヤ=ハイネ。
僕らの最初の訪問先は、ここだった。
火都ムスッペルハイム。
僕らの本拠、光都アポロンシティからもっとも近くにある。
だからこそ火の勇者ミラクとも最初に遭遇して一悶着あったのだが、それも今となっては遠い思い出。
ミラクのヤツは、カレンさんより先に勇者を後輩に譲ったと聞く。
カレンさんより一足早くの引退。そして新たなる人生のスタート。
今は何をしているんだっけ?
* * *
「漢たるもの熱血たれ」
火の教団本部、火の大本殿にて僕らを出迎えたのは、火の魔王ミカエルだった。
彼ら魔王は、今では人間の様々なことを学ぶために各自、人の社会で学んでいた。
「おう、久しぶり」
「クロミヤ=ハイネ。息災なようで何よりだ」
コイツらとも最初に出会った頃は、こんな風に気軽に話しあえるなんて思いもよらなかった。
僕たち神は、魔王を殲滅するつもりだったのに。
その思惑を超えて魔王たちと手を取り合えるようになったのは、何より人間の素晴らしさのお陰だろう。
「ご無沙汰していますミカエルさん。ミラクちゃんはどうしています?」
カレンさんも挨拶をそこそこに、訪問の主目標を問いただす。
彼女にとっては、一番付き合いの古い友だちだ。
ここ最近、お互い勇者交代の引継ぎで忙しくて、長く顔を合わせていないはず。
「アイツならば、今日も興行に出ているはずだ」
「興行?」
「お前たちも見物してみるといい。ミラクのヤツめ。ああいう面白いことを思いつくのは人間ならではといったところだな」
「漢たるもの熱血たれ」
さらに火の教団本部の奥から、筋骨隆々の偉丈夫が姿を現した。
この人こそ火の教主。
かつて業炎闘士団の団長も務めていた現場叩き上げの教主は、老いてなお気骨が引き締まり、まだまだ現役といった風格だった。
「師匠」
そんな火の教主さんに、ミカエルが恭しく語りかける。
「漢たるもの熱血たれ」
「漢たるもの熱血たれ」
「師匠が、お前たちのために話をつけておくと仰られている。そのまま会場へ向かうといい」
ありがとうございます、とカレンさん引きつりながら礼を言う。
「……あの、ハイネさん」
「はい?」
「私今でもまだ火の教主様が何を言っているかまったくわからないんですが……。最近はミカエルさんもますます……!」
「漢たるもの熱血たれ、なんですよ」
男は、多くを語らないものなのだ。
* * *
そうこうしているうちに、僕らは火の教団の人に案内されて会場とやらにやって来た。
詰めかけたたくさんのお客。
その中心に据えられた四角い……、舞台みたいなもの?
「リング……、っていうらしいですよ?」
カレンさんが、入場の際にもらったパンフレットを見ながら言う。
「このパンフレットに書いてある説明によると、これは戦いを見て楽しむショーなんだそうです」
戦いを見て楽しむ、ショー?
「火の先代勇者が考案……、つまりミラクちゃんのことですよね? ミラクちゃんが思いついたイベントなんですって。専門の選手が一対一で戦うところをお客さんが好きな方を応援して楽しむ……」
僕も貰ったパンフレットに目を通してみる。
決められたルールで戦うので、選手にもお客さんにも危険はない、と。
「ミラク考案の新感覚ショー。その名は……。プロレス」
そこまで理解できたところで、急に会場の興奮が上がった。
気づけばいつの間にかリングの上に、司会者らしい男性が登っている。
「あー、皆さまお待たせいたしました! これより本日のメインイベント!!」
「「「「「「「「「「おーッ!!」」」」」」」」」」
司会者のアナウンスで、会場いっぱいの観客も大盛り上がり。
訳のわからない僕らを置いてきぼりにするぐらいに。
「まずは赤コーナーよりの入場です! 当ムスッペルハイムプロレスの代表にして先代火の勇者、世界を救いし炎の旋風、カタク=ミラク!!」
観客の大声援と共に、リングに上る見慣れた筋肉女。
この四年間でますます体格がガッシリし、腹筋の割れ方も克明だ。
「ミラクちゃん、相変わらずだなあ……!」
思わぬところで目撃した親友の姿に、カレンさんはほんわかしているが、同時にドン引きもしていた。
「続きまして対戦者は、これまた我らムスッペルハイムプロレスの顔! その人気は代表者のミラク選手を抜いてトップ! 高山の暴れウシこと! 炎牛ファラリス!!」
「「「「「「「「「「おおおおおおおーーーーーーーーーーーーーッ!!」」」」」」」」」」
物凄い歓声だ!?
そしてミラクの反対方向からリングに登って来たのは、まさにウシ!
コイツも僕らにとっては既に見慣れた、火属性のウシ型モンスター、炎牛ファラリスではないか!!
「何やってるんだアイツ!?」
リングでは、ミラクとファラリスが真っ向から睨み合って火花をバチバチ散らしている。
「さあ、ムスッペルハイムプロレスではお馴染みとなる好カード! 通算戦績は全五十七試合でミラク二十九勝、ファラリス二十八勝! 伯仲しております!!」
そんなに戦ってるのアイツら!?
「ファラリスは今日勝って勝ち星を並べることができるか!? それともミラクが元勇者の意地でもって引き離すか!? 今運命のゴングが鳴ります!!」
カァン!!
鐘めいた乾いた音と共に、ミラクとファラリスがリング上でぶつかり合う。
どうやらあれが試合開始の合図らしい。
同時に観客たちの熱狂も最高潮に達し、まるで会場全体が戦場であるかのような勢いだった。
「これが……、プロレス……!?」
ファラリスがぶつかり、ミラクが投げ飛ばす。
その戦いの一部一部に観客たちが熱狂し、気づけば僕まで声を震わせ応援していた。
* * *
試合終了。
僕たちは主催者の厚意で選手たちの控室にお邪魔することができた。
主催者って、まあ要するにミラクのことなんだが。
「おおカレン!! 実に久しぶりだな!!」
控室でミラクと再会。
既にシャワーを浴びて、試合で掻いた汗は流し終えたらしい。
そしてその足元で炎牛ファラリスのヤツがまた草を食んでいた。
「お前もついに勇者卒業か。皆どんどん変わっていくものだな」
「うん、特にミラクちゃんの変わりようにはビックリしたよ」
カレンさんは、今日見たプロレスとやらのノリに最後まで付いていくことができなかったようだった。
「おう、どうだったカレン? オレの考えたプロレスは? 面白かったか?」
「よくわからなかった……!」
実に正直な感想だった。
ミラクを始めとする他教団の勇者たちとは、この四年間であまり会っていなかったが、それだけに疎遠となっていた時間でどれだけ変わり果ててしまったのかと驚きだ。
「ミラクは伝説世代の中でも比較的早く勇者引退したって聞いたけど、勇者やめてこんなことしていたんだな」
伝説世代というのは、カレンさん、ミラク、シルティス、ササエちゃんヒュエの五人。
五大教団の歴史上もっとも過酷とされた魔王騒乱を戦い抜いた五勇者に贈られた称号だ。
実質的に人類とモンスターとの戦いに終止符を打ったのも彼女らだし、恐らくは歴代でもっとも偉大な勇者として後々まで語り継がれることとなるだろう。
「ああ、オレとしては勇者を辞めても最強を目指してく道が欲しいと思ってな。しかし皆で頑張ってつかみ取った平和な世に、改めて騒動を持ちこむなど愚かしいことだ」
強さは戦いによって磨かれるもの。
しかし今の世の中は、戦いがまったく消え失せてしまった。
「そこで決められたルールの中で戦い、同じ最強を目指す者同士で競い合うのがいいなと思ってな。それを興行にして、観客を呼んで金をとれれば、さらに得というわけだ」
「ミラクにしてはやけに上手く考えたな」
「まあ、興行云々のところはシルティスに相談したんだがな」
ああ、アイツか。
自身アイドル興行でしこたま儲けているんだから、いかにも言いそうだ。
「うふふ、ミラクちゃんとシルティスちゃんって、伝説世代の中でも特に仲がいいからねえ」
カレンちゃんが微笑ましく言って、ミラクを渋面にさせた。
「そんなムズムズすることを言うなカレン! オレとヤツは火と水だ! ウマなんて合うものか!」
『ワシはウシだがな』
ミラクの足元で、草を食みながら炎牛ファラリスが言った。
普通の人間には聞こえない、魂の波動による声だ。
「ノヴァ様もご無沙汰しています。お元気にしてましたか?」
『フンッ! こんなモンスターの体に閉じ込められて元気もクソもあるか! その上、この女の痴れ事につき合わされて迷惑この上ないわ!』
魔王騒乱における魔王に対する切り札、新勇者となるためにカレンさんたち伝説世代は神と繋がるための回路が魂の中に開かれていた。
そのため本来なら神同士でしか通じない魂の波動による会話も、カレンさんたちには筒抜けだった。
そして何より、もうお馴染みすぎて確認の必要もないんじゃないかレベルだが、このウシ型モンスターの正体こそ、火の教団が崇める火の神ノヴァ。
今ではすっかりウシとして教団の人気者だが、まさかプロレス興行にまで手を出していたとは。
「なあカレン、可愛げがないだろウチの神は、こうしていつも憎まれ口ばっかりだ」
呆れるミラクに僕もまったく同意だ。
抱いたそのウシの体が気に入らないと言いながら、もう四年もファラリスを続けている素直じゃないヤツ。
「我が発案のプロレス興行も、最初はオレとまともに張り合える対決カードがなくて盛り上がりに欠けてたんだが、コイツが参加するようになってワッと来たな。元々コイツは子供にも人気があったし、最高の客寄せウシだ」
「本当に、火の教団はいい神様に恵まれたねー」
談笑し合う二人に、ファラリスはフンと草を食み続けた。
「なあカレン、それにハイネ」
改まってミラクは言う。
「四年前の戦いから世界は変わった。モンスターは人間と争わなくなったし、五大教団の仲も良好だ」
「ああ」
まったくそうだ。
「そんな中でオレたち勇者の在り方も変わって来た。実働の戦力としての役割はほとんど消えて、教団の表看板としての役割がよりクローズアップされてきた」
「このプロレスは、その役割を延長したものだと?」
「その一面もある、勇者を引退してからもオレなりに世界に貢献したくてな。後輩たちには煙たいかもしれんが……」
「そう言えば、ミラクちゃんの後に火の勇者になったのって、あのヒニちゃんだっけ?」
カレンさんが思いだして言う
昔、現役勇者だったミラクの妹分というか、追っかけみたいなことをやっていた三人娘。
その一人が、次の勇者の座を勝ち取ったのだとか。
「ああ、ミツカやメガフィンが両脇から固めて何とかやっているようだ。勇者の名はヒニ一人に託されたが、結局アイツら三人揃ってでやっと一人前といったところだな」
「ミラクちゃん、昔のキョウカさんみたいな口ぶりだよー」
「勇者にとって、本当に先代が厄介だというのが改めてわかるな。なあカレン、お前はこれからシルティスやササエやヒュエのところも回るのだろう?」
「うん、そのつもり」
「ではオレからもよろしく言っておいてくれ。また近いうちに五人で集まろうとな」
勇者の座を退いても、ひたすら自分の目指す最強の道を突き進むミラク。
しかもそれはただ自分だけを強くするのではない。
人と交わり、互いに影響を与え合うことで世界丸ごと進歩して行こうという、健全極まる最強への道だった。
『おい、エントロピーよ』
お暇しようとする僕の背中へ、炎牛ファラリスことノヴァが語りかける。
『あとで、例の場所でな』
「ああわかっている。例の場所で」
こうして僕たちは次の目的地へと向かった。
 




