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世直し暗黒神の奔走 ――人間好きすぎて人間に転生した――  作者: 岡沢六十四
勇者ではないすべての人々編――もしくはエピローグ――
423/434

412 勇者去る

 あれから四年の月日が経った。


 真魔王ルシファーの滅亡によって終結を迎えた、魔王騒乱。

 あの長く激しい戦いは、この世界に存在するすべてにとって大いなる転機となった。


 人間にとっても。

 魔にとっても。

 神にとっても。


 ルシファーを倒し、それを操っていた悪しき光の女神インフレーションことアテスの消滅を見届けてから。

 しばらくはその事後処理に全員が追われた。


 あの戦いにおいて、真魔王ルシファーが闇の力を解き放ち、それに対して五人の勇者たちも力を合わせて闇の力を紡ぎ出した。

 二つの闇のぶつかり合いは想像以上に大きな余波を放ち、世界中にその影響が広がった。

 その物理的な被害もさることながら、人々は改めて心に大きな疑問を叩きつけられた。


『あの力は何なのだ?』


 地水火風光。


『創世の五大神。そのいずれの属性にも当たらない、あの力は一体何なのだ?』


 と。

 今回、その疑問に対して明確な答えを持つ人たちはいた。

 そしてその人たちは、疑問に答えることに躊躇わなかった。


 今ここに、全世界のすべての人々へ向けて。


 闇の神エントロピーの存在が明らかになった。


              *    *    *


「ハイネさん、こちらにいらしたのですか」


 あの事件から四年の月日が経っても、光都アポロンシティの街並みはあまり変わらない。

 その街並みを眺める僕――、クロミヤ=ハイネへ、光の教主ヨリシロが声をかけた。


「最近アナタは、よく街の風景を眺めるようになりましたね」

「もうすぐこの街を去るからな」


 僕にとって。人間クロミヤ=ハイネにとって、この街は思い出深い街だ。


 生まれ落ちた山奥の村から初めて出て、最初にやって来たのがこの街。

 この街に来て僕は初めて世界全体に触れ、人間たちが長い時間をかけて築き上げていた成果や、神々がその身勝手によって生じさせた歪みを、同時に知った。


 僕はその成果を賞賛するため、神々の歪みを正すために戦った。

 その戦いは、このクロミヤ=ハイネの人生を一部費やして、もうすぐ終わろうとしていた。


「本当に、この街に来てから色々なことがあった」


 楽しいこと、ビックリすること、怒ることや憤ること。


 僕は人間クロミヤ=ハイネであるが、同時に闇を司る神エントロピーでもある。

 闇の神にとって、この体に宿る一生はほんの僅かな瞬き程度のものでしかないが、それでも僕にとっては、この世界を生み出してからの千六百年に匹敵する濃厚さがあった。


 この体に生まれ宿ってから二十年ほど。まだクロミヤ=ハイネとしては半分以上の時間が残されている。

 それなのに、僕は充分以上に満足した。

 人間に転生して、本当によかった。


「さあ、そろそろ行きませんと式典が始まってしまいます」

「本当に僕出なきゃいけないの? 全然関係ないと思うんだけど……?」

「何を仰います。あの子の晴れ姿をアナタが見届けなくてどうします。何より今日の式典が終わってから旅立たれると決めたからには、けじめをつけるためにも出席は不可避でしょう」


 と言われてもなあ。


「さあ、お急ぎになって。ここで遅れたら一生の弱みになりますよ」

「そんな結婚式みたいな……」


 まあ、彼女にとっては、人生の節目という意味で結婚式と似たようなものか。

 今日は光の教団において、重要な式典がある。


 新しい勇者の就任式だ。


              *    *    *


「ここに、新たなる光の勇者ライト=レイセリルの就任式を行います」


 光の教団本部、光の大聖堂の礼拝堂に多くの人々が詰めかけていた。

 今日から新たに光の教団の看板を背負って立つ、新光の勇者を一目見るために。


「レイセリル、こちらへ」

「ははは、はひッ!?」


 教主としての役割を果たし中のヨリシロから呼びかけられて、年齢十五ほどの幼さが残る少女が起立する。


 彼女こそがライト=レイセリル。

 光の教団の総意によって選び抜かれた、新しい光の勇者だ。


 光の教団に入信し、その実力を評価されて極光騎士団に所属してから二年。それだけの短い期間で勇者にまで上り詰めたのだから、その才能豊かさが窺い知れる。


 それでも若輩のレイセリルは、はた目にもわかるほどガッチガチに緊張していた。

 やはりまだ本質は十五歳の可憐な少女。

 これだけ大勢から注目される場には慣れていないに違いない。


「ライト=レイセリル。アナタは今日より我が教団を代表する光の勇者となり、光の女神インフレーション様の威光そのものとして光の加護を世界に広げなければなりません。その覚悟はおありですか?」

「ありましゅ……ッ!? あります!!」


 また噛んだ。

 元々肝が小さい子だから、今日の式典は荷が重かったのかなあ。

 やはり僕も参列して正解だったか。


「レイセリル、頑張れー」


 式典の邪魔にならない程度の小声で声援を送る。

 僕は何故か明確な肩書きもないままに光の教団祭事重要人物に据えられていたため。教主のかたわらに立って、レイセリルとの距離も充分に近かったので、声はしっかり届いた。


「!?」


 そして僕の励ましをきっかけに、レイセリルの表情がしっかり引き締まる。


「……ご安心ください教主様! このライト=レイセリル。偉大なる先代勇者様に恥じぬためにも、全力で職務を果たします!!」

「見事な覚悟の表明です」


 ヨリシロは満足げに頷いた。


「では、新たなる光の勇者に、専用の聖剣を授与いたします。同時に……」


 同時に。


「新勇者の就任によって引退となる先代光の勇者に、聖剣を返還していただきます。今は先代光の勇者コーリーン=カレンさん」

「はい、教主様」


 僕と並んでヨリシロの傍らに控えていたカレンさんが、自分の出番を迎えて前に進み出た。

 年齢も二十代を迎え、女として美しく成長したカレンさん。


「カレンさん。新勇者の就任によって、アナタの勇者としての責務も今日ついにまっとうされました。今まで本当にご苦労様でした」

「勿体ないお言葉です教主様」

「かの魔王騒乱最終戦、真魔王ルシファーとの戦いにおいて、一時は絶望的かと思われたアナタが生還してくれて本当によかった。あれからもアナタは、教団代表としての光の勇者をよく勤め上げてくれました」


 そんなカレンさんも、今日ついに勇者でなくなる。

 僕にとっては出会った時からずっと光の勇者だった。そのカレンさんがもう勇者でなくなるというのは、実に不思議な感覚だ。


「教主様、光の女神インフレーション様。アナタより授かりし聖剣サンジョルジュをここに返還いたします」


 周囲の人から見れば、教主であるヨリシロと、教団が崇める光の女神インフレーションを並べ讃えた言い方だが。

 僕を含めてほんの僅かな人だけが知っている。

 その二つが同一であると。

 カレンさんもそのつもりで言った言葉だ。


「カレンさん。これが新たなる勇者に授けられる新たなる聖剣アーサーです。アナタの手から渡してあげてください」


 ヨリシロから新聖剣を預けられたカレンさんは、自分の後を受け継ぐ少女へと振り返った。


「レイセリル。極光騎士団に入団してきたばかりのアナタを一目見た時から、こうなると思っていた私の直感は正しかった。これからはアナタが光の勇者です」


 そう言ってカレンさんは、新しい聖剣を新しい勇者に渡す。


「きっと大変だと思うけど、アナタならできるわ。頑張って」

「任せてください! カレン姉様に負けない光の勇者になってみせます!」


 こうして光の教団から一人の勇者が去った。

 カレンさんは、ただ一人のコーリーン=カレンとなったのだ。

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