411 勇者完遂
ザシュリと。
刃が肉に食い込む音。
ただし影槍アベルが貫いたのはハイネさんの体でなく……。
この私――。
コーリーン=カレンの体だった。
「カレンさん!?」
間に合った。
寸前のところで私はハイネさんと槍の間に割って入り、我が身を盾にしてハイネさんを守った。
その代りに槍は、私に深々と突き刺さったけれど。
『おのれぇぇぇぇぇッッ!? おのれおのれ! このクソ娘がァァァァァッ!!』
どこからともなく轟き渡るアテス怨嗟の声。
『ここまで来てまだ私の邪魔をしますか!? いつもいつもいつも! お前さえいなければ! お前さえいなければァァァァ!!』
「アテス……! これがアナタの最後の目的だったのですね……!?」
駆け寄りながらヨリシロ様が言う。
私に突き刺さった槍そのものへ向けて。
「わざわざ人間に転生し、勇者になってまで光の教団に潜り込み、影槍アベルを作ったのはこのためだったのね……!?」
「どういうことだヨリシロ!?」
ハイネさんも、私の体を支えて必死の気遣いを見せていた。
彼に優しくしてもらうのは嬉しいけれど、あまり気持ちが高ぶらない。血と一緒に感情まで体の外に抜け出ていくみたい……?
「影の神気は、光の神気が変質したもの。その影の神気を専門的に操る神具が影槍アベルです」
「……」
「自身もまた神の転生者であるアテスは、肉体を脱いで神体に戻れば、極めて神気に近い神体となる。光の自分自身を影に変質させ、影槍アベルに宿り、それでハイネさんを突き刺せば……!」
「ど、どうなる……!?」
「闇と影は極めてよく似た性質の持ち主。影槍アベルを通して影と闇が交ざり合えば。アテスはハイネさんと一つになれたかもしれない」
「ヒッ!?」
それがアテスの最終目的。
そのために影槍アベルを作り出した。
『……そうです。この世界を滅ぼし、新しい世界を創って、その中で一つとなった私と闇の神エントロピーが、誰にも邪魔されず二度と分かたれず永遠を過ごす。それこそが私の理想、私の究極の目的だったのに……!』
漆黒の槍は恨めしげに語る。
やはり、肉体が滅んでアテスの魂は、この槍に宿った。
『何一つ叶わなかった……! 私の願いは、この虫ケラ人間一人のせいでッ!!』
「うるさいッッ!!」
ハイネさんが怒鳴った。
今まで聞いたことがないぐらい険しい声だった。
「お前のことなんかどうでもいい! それよりカレンさんを! 今すぐ治療しないと……!!」
「待ってくださいハイネさん! 今槍を引き抜くと大きく出血してしまうかもしれない! 治療の用意が整うまで……!」
「シルティス! シルティス何とかしてくれ! 傷の治療ならキミが得意だろう!?」
ハイネさんがあんなに必死になって、私のために。
なんだか嬉しいな……。
大切にされているって気がして……。
『どうでもいい……!? 私のことが、どうでもいい……!?』
黒い槍から、絶望の波動が届いた。
『そんな……! 私は、千六百年もアナタのことだけを想って……! アナタのためだけに行動してきたのに……!』
愛する人からの拒絶。
それこそ彼女に対する最大級の絶望だったのだろう。
すべての目的は頓挫し、武気も力もすべて失い。そのすべてを支えた想いまでも失ったアテスは――、いえ、もう一人の光の女神インフレーションは、力尽きて消え去った。
やっぱり彼女は、本当の光の女神インフレーションから分かれ影でしかなかったのかもしれない。
神の一部で、本体より遥かに小さな力しか持たないながらも、愛する人への想い一つで自分を支えてここまでやって来た。
一部でしかないから心も感覚も限られていて、愛する人を愛する以外の感情にも気づくことができなかった。
だから愛する人以外を憎むことしかできなかった。
もしかしたら、そんな彼女はきっと……。
『可哀想な人……』
……だったのだろう。
「しっかり! しっかりしてくださいカレンさん!! 息を止めてはいけません!!」
耳元で大声を出す人。
誰の声だろう?
ああ、ヨリシロ様か。
何だか思いだすのに時間がかかった。
「シルティス! 何とかしてくれよ! 神勇者の状態なら、体に空いた穴ぐらい水の神気で塞げるだろう!?」
「む、無理よ……! だって、この槍が刺さってるのって、カレンッちの……!」
心臓。
影槍アベルは、私の左胸を貫通していた。
「即死よ……! 刺さった瞬間に呼吸も脈拍も止まってる……! 現実を受け止めて……! ハイネッちもヨリシロッち様も見えないふりなんかしないでよ!!」
「嘘だ! カレンさんは助かる! そうだろう!?」
「目を開けてくださいカレンさん! 呼吸をして! アナタはこんなところで死ぬ人じゃないでしょう!?」
そうか……、私もう死んでいるのか。
じゃあこうして皆のことが見えているのは、魂だけになって空から見下ろしているような感じなのかな?
猶予があるのは少しだけで、すぐに天国に上らないといけないんだろうね。
ハイネさん。
ヨリシロ様。
そんなに哀しまないで。
私は勇者として世界を救い、大好きな二人のために戦えたんだからそれなりに満足です。
アナタたちは神々として、その肉体を脱いだらすぐさまお空の世界へ昇れるんだろうけれど。
アナタたちは闇の神エントロピー、光の女神インフレーションであると同時にハイネさん、ヨリシロ様であるのだから。
その人生をちゃんとまっとうしてから空に帰ってきてください。
私は光の勇者コーリーン=カレン。
勇者の仕事を無事果たすことができました。




