408 力を合わせて
「きゃははははははは! 消えろ世界よ!! 私とあの方を引き裂く世界よ消えてなくなれ!! きゃははははははッ!!」
狂った笑いを撒き散らしながら、アテスこそが真っ先に暗黒に飲まれて消えてしまった。
髪の毛も一本も残さずに、サニーソル=アテスは完全に消滅した。
「…………」
しかしそんな彼女の最期に、哀悼を捧げている余裕もない。
彼女の末路は、ここにいる全員の皮きりなのかもしれないのに。
「ちょっと、あのデカブツが吐き出す黒いの! まったく収まる気配がないわよ!? むしろどんどん勢い増して噴出してるんだけど!?」
「あれに絶対触れるなよ! 神気どころか物質まで消滅させる、暗黒物質の超凶悪版みたいなものだ!」
「あんなのが際限なく湧き出し続けたら、それこそ世界が滅ぶだすー!?」
半壊した真魔王ルシファーは、もはや暗黒を噴き出すだけのスプリンクラーと化していた。
神気も物質も、あまねくすべてを飲み込んで消滅させるだけの超暗黒物質。
周囲で身構えるミラクちゃんたちも、その超暗黒物質を目の当たりにして戦々恐々としている。
世界滅亡。
ここに来てついに、その言葉が肌にまとわりつく実感となった。
「『聖光穿』!」
私は思わず、光の神気を超暗黒物質に向けて放った。
通常の闇の神気が、光に絶対勝てないならば、これであの闇も消せるはずだが……。
バチンッ! と。
光を吸った闇が大きく弾けた。
「いけませんカレンさん!!」
ヨリシロ様に怒られた。
「ルシファーを介して噴出される闇の神気は、闇の神エントロピーの愛を失った闇! 『光に負ける』という寛大さを失って、それこそなんでも消滅させる究極の悪意です!!」
そんな闇にとって対極の性質たる光は、互いを反発させて勢いを増加させる燃焼材になってしまった。
これまでは闇にとっての光属性が、火を消す水の役割を果たしていたのに。今ではそれが油に変わってしまった。
「何より一番まずいことは……!」
光まで効かないとなったら、どうやってこの闇を止めたらいいの!?
「どうするのだ!? これでは本当に、誰にも手に負えない闇が世界を覆い尽くしてしまうぞ!!」
「ルシファー本体もまた、愛なき闇の力で自分自身を焼き尽くされようとしています。それが限界を超えれば自壊し、自然と闇も止まるはず……!」
それを待てば……!?
「ダメだ……!」
魔王ミカエルさんも緊急会議に加わる。
「ヤツもまた、まがりなりにも魔王の名を持つ最高クラスのモンスター。加えてあの巨体だ。生命維持はともかく原形を保つだけなら、光と闇の反発に対しても相当長くもちこたえられる……!」
「世界とヤツ自身、どちらが先にくたばるか根競べできるぐらいにね」
ラファエルさんも加わる。
まさに今全員が、世界の危機に一丸となって立ち向かおうとしている。
「となれば今すぐ行動を起こして、一秒でも早くあの暗黒噴出を止めるしかない!」
「でもどうやって!?」
「それは、決まっています……!」
ヨリシロ様が静かに決意のこもった声を上げる。
「あの闇の源は、ルシファー体内の奥深くに囚われたハイネさんであることに間違いありません。ルシファー内部に突入し、ハイネさんを救出するのです」
「!?」
「ハイネさんとルシファーのリンクを切断すれば、自然とあの闇噴出も止まるはず」
「でもヨリシロ様……!?」
誰がそんなことをするんです!?
ルシファー内部に飛び込んで、ハイネさんを掘り出してくるなんて……!?
「今のルシファーは、それこそ凶悪な闇の塊なんですよ! そんなものの内部に潜ったら闇に触れずにはいられない。十数える間もなく消滅してしまいます!!」
「わたくしが行きます」
ヨリシロ様が進み出た。
「わたくしがこの命に代えてもハイネさんを救出し、愛なき闇を止めて見せます」
「ヨリシロ様……!?」
この人、まさか死を……!?
「カレンさん、あとのことはよろしくお願いいたします。光の教団のこと、ハイネさんのこと、ドラハのこと。アナタが引き受けてくだされば何も心配はありません」
「ダメです!」
私は勇んでヨリシロ様を止めた。
闇の噴出は今にも私たちの足元まで広がりそうだが、それでも慌ててこの人を行かせることなんてできない!
「ヨリシロ様! 命を粗末にしてはダメです! ハイネさんだって、ヨリシロ様を犠牲にして助かりたいなんて思いません!!」
「ハイネさんのためだけではありません。この世界すべての命運がかかっているのです。ならばハイネさんもきっと納得してくださるはずです」
「でも!!」
「カレンさん……!」
ヨリシロ様が真っ直ぐに私の目を見た。
若く美しいはずのヨリシロ様なのに、その瞬間の表情は何故か人生に疲れ切ったお婆さんのようだった。
「わたくしは責任を取らなければならないのです。長い長い道の途中で犯してきた罪の清算を、今まとめて行わなければならないのです」
「……どういう意味です?」
「アナタが知らなくてもいいこと。知ってはいけないことです。何利かずにわたくしを行かせてください」
「いいえ、私は知っています」
私はついに我慢できずに口走った。
「ヨリシロ様! アナタが光の女神インフレーション様なのでしょう!? アナタも光の女神インフレーション様なんでしょう!?」
その発言が、周囲にも衝撃を広げる。
「どういうこと!? 光の女神はアテスのあばずれなんでしょう!?」
「闇都ヨミノクニで見た過去の経緯。そこで光の女神インフレーションは、善と悪の二つに分かれたという……!」
「悪のインフレーションがあのアテスだったとするなら……!」
「ヨリシロ様が正しインフレーション様なんだすか!?」
その指摘にヨリシロ様はハッと息を止めたが、やがてすぐ冷静さを取り戻す。
「……知っていたのですか?」
「私、聞いたんです。ヨリシロ様とハイネさんの会話を……!」
魔王さんたちを光都アポロンシティに迎えた直後だった。
ハイネさんとヨリシロ様が二人きりで話し合っているのを、私は扉越しに盗み聞きをしてしまった。
そこで確かに聞いたのだ。
ヨリシロ様は光の女神インフレーションの転生者であり。
そしてハイネさんは闇の神エントロピーの転生者であることを。
「ヨリシロ様たちは盗み聞きを警戒してか、精神的な声で会話されていました。それが何故か私にも聞こえたんです……!」
「……そうでした。アナタたちには神勇者となるため、神と通じるチャンネルを開いていたのでした。その影響で、神々の魂による波動通信を感受することができたのでしたね」
ヨリシロ様は観念するかのようにため息をついた。
「ならばわかるでしょうカレンさん。アテスはわたくし。アテスの罪はわたくしの罪です。その罪を清算するためにも、わたくしがハイネさんを助け出さなければありません」
「違います! 悪いのはアテスです! ヨリシロ様ではありません!」
ヨリシロ様は光の女神として、ずっと人間を慈しんできたじゃない。
女王イザナミとして人間に文明を与え、それを阻害した他の神々を罰し、エーテリアルを作って人間の進歩を促してきた。
ヨリシロ様になってからも、人間たちへ様々な危機を乗り越えるために色んな助けを与えてくださったじゃない!
それに……。
「私はヨリシロ様が好きです! だから勝手にいなくならないでください! ヨリシロ様もハイネさんも、私の前からいなくなっては嫌です!!」
「カレンさん……!」
ヨリシロさまは呆然と立ち尽くす。
それでもわかっている。
私がヨリシロ様を押し留めても、事態は刻一刻と悪化している残酷なまでに。
一体どうすれば、誰の犠牲も強いることなく世界の危機を救えるの!?
『その通りだ……!!』
え?
何、今の声!?
『誰も犠牲にしない……! これぐらいのピンチ、代償なしで乗り切ってみせる!!』
「おい、この声……!?」
「ルシファー!?」
「ルシファーが喋った!?」
その声はたしかに、もはや原型すら失いかけていた真魔王ルシファーの口から漏れ出ていた。
他の魔王さんたちと違い、知性ももたない巨大モンスターであるはずのルシファーが。
今までだって言葉らしい言葉はまったく発してこなかったのに。
「いえ、まさかこの声は……!?」
「ヨリシロ様!? 何か気づいたんですか!?」
「わからないのですかカレンさん、この口調この発音。別の口を借りていても間違いようがありません!」
……ッ!?
まさかこれって……!
「ハイネさん!?」
ハイネさんがルシファーの口を借りて話している!?




