401 一への回帰
「ブラックホール……!?」
あのハイネさんが使う究極の破壊手段。
それをあのルシファーも使うというの!?
「くッ!?」
私はすぐさま『聖光穿』をブラックホールの卵へ放つ。
しかし光の道筋は、黒穴に到達することなく見えない力に捻じ曲げられ、あらぬ方向へと飛び去ってしまった。
「無駄ですよ。アナタごときの光の力では、既に形成された重力障壁に阻まれてブラックホールの核までは届きません」
「そんな……!?」
光だけが闇に対抗できる手段だと聞いていたのに……!?
「アナタたちが見たことのあるブラックホールは、地都イシュタルブレストでマントルを消し去ったものぐらいでしょう……!」
「うッ……!?」
「これからルシファーが作り出すブラックホールは、あれとはわけが違います。極々標準的なブラックホールです。世界を消し去るという本来の用途に合わせた規模のね」
世界を……、消し去る。
「ブラックホールの本当の役割こそ、それなのです。なのにあの方は、こんなくだらない世界をいたわり最小規模のブラックホールしか作り出してこなかった。……なんという悲しいこと」
と、アテスは表情を歪める。
「世界究極の力を持つはずのあの方が、人間などというくだらない生き物のためにみずから全知全能を制限するなんて。思いのまま全力を振るうこともできないなんて。その点から見てもアナタたち人間は罪深い……!!」
私たちに向けて憎悪の視線が向けられる。
「しかしそれももう終わりです。世界消滅の前にアナタたちを個別に潰して遊ぼうと思いましたが、もうやめです。やはりアナタたちもブラックホールで世界もろとも闇の彼方に消え去りなさい!!」
「なんでよ!?」
噛みつくようにシルティスちゃんが反論した。
「アンタの目的は知っているわ! 愛しい闇の神様と二人だけで永遠に過ごすため、そのルシファーを新しい世界にして、二人でそこに閉じこもろうって言うんでしょう!?」
相手の意思は度外視して。その辺りが悪の光の女神たる所以なんだろうけれど。
「だったら! 新しい世界を創りさえすれば、古い世界なんてどうでもいいじゃない。この世界の存亡は、アンタの目的とは何の関係もない! 放っといてさっさとアンタの理想郷に旅立ったらどうなのよ!」
「そんなことはありません」
言下にアテスは否定した。
「ルシファーを元に新世界を創造するのと同じぐらい、この世界を消滅させることも私にとって重要な目的」
「なん、ですって……!?」
「アナタたち下賤な人間どもも、引っ越しの際は古い家を綺麗に掃除するでしょう? そうしてスッキリしたあと新居へと移るでしょう? それと同じです」
古い家を、掃除……!?
「アナタたち人間は、私の愛する闇の神エントロピーを惑わすゴミです。ゴミはキッチリ一粒残さず消してしまわなければ、あの方の旧世界に対する未練も断ち切れませんし、私の復讐心も収まりません」
「コイツ……!! 何をぬけぬけと……!!」
「それに四元素やもう一人のインフレーションも、放置していては何をしでかすか知れませんのでね。この世界と一緒に消し去ってしまうのがいいでしょう。そうしてすべてをキッチリ精算し終えてやっと、私とエントロピーは永遠に二人だけの世界に浸れるのです」
この人は……、この神は……。
狂っている……!!
自分と自分の愛する人さえいれば、あとはいなくてもいい。いや、いてはいけない。
だから残さず消え去ってしまえと言う、究極の我がまま。最悪の自分勝手。
「なのでアナタたちも、ちゃんと消え去ってくださいね。アナタたちを創り出した神の命令です。当然従いますよね?」
「お断りです!」
私は言った。
「たとえアナタが神でも、私たちの運命を勝手に決めさせはしません。自分の運命を決められるのは、自分以外にいないからです」
「傲慢な。いつからそんなに人間が偉くなったというのです?」
「最初から」
人間が神の手でこの世界に生み出された、その瞬間から。
「私たち人間を生み出してくれた神は、私たち人間を祝福してくれました。私たちに素晴らしい力と可能性があることを認めてくれました。その祝福こそ、私たち人間が持てる誇りの礎」
私たちは見てきた。
あの闇都ヨミノクニで起こった精神世界の旅。創世の出来事をこの視覚この聴覚で追体験した。
だから知っている。
私たち人間の一番最初が生まれた時、それを何よりも喜んでくれた神がいたことを。
その神が人間に、祝福と誇りと可能性を与え、あらゆる理不尽から守ってくれたことを。
「闇の神エントロピーが、私たち人間に与えてくれた祝福を、私たち自身が蔑ろにすることなんてできません!! それは神を裏切ることであると同時に、自分自身を裏切ることです!!」
「……ッ!!」
アテスの表情が凄まじく歪む。
「アテス……! いえ悪しき光の女神インフレーション! アナタの行いこそ、闇の神の祝福を踏みにじり、泥を塗るも同じ! この世界においてもっとも闇の神エントロピーに背く者はアナタです! アナタこそ、闇の神からもっとも遠い者です!」
そんなアナタに……!
「私たちは負けない! 神々の子どもとして!!」
「いかにも!」「カレンッちの言う通り!」「まったく同意だす!」「子細まで承知!」
ここに集う勇者たちも、私と同じ気持ちだった。
闇都ヨミノクニで見た精神事象は、私たちに過去の歴史を知らせると共に、私たちに誇りを与えた。
その誇りが後退しようとする足を押し返し、前へと進ませる。
歴史。過去から未来へと受け継がれるものが私たちに誇りを与える!
「なんですって……!」
静かに、アテスが呻いた。
それは地の底から迫ってくる地響きのような声だった。地獄からの呻き。
「この私が、エントロピー様に背くですって? 私がエントロピー様からもっとも遠いですって!?」
まるで怨霊のごときアテスの形相。
「言ってはいけないことを言ったな!? 人間ごときが、よくもこの光の女神を侮辱したなぁぁぁぁぁぁッッ!?」
「アナタは本当の光の女神じゃない! 本当の光の女神は……!」
ずっと私たちを見守って来た。
不在の闇の神に代わって、泣きたくなるほどの後ろめたさと一緒に私たちを見守ってくれた。
あまりに可哀想で、こちらから抱きしめてあげたくなるほどの悲愛に満ちた、本当の光の女神。
「あの人のためにもアナタを倒す! ここにいる私たち全員の力で!!」
光の力よ!
「火の力よ!」「水の力よ!」「地の力だす!」「風の力よ!」
五属性すべてが合わさる複合属性。
この集中によって、ルシファーの闇を打ち砕け!
「バカな! 調子に乗りすぎというものです! たしかに複合属性は有効な戦法。それは認めてあげます。しかし闇の力の前で何の意味があるでしょう!?」
アテスが嘲りを込めて言う。
「神々ですら実現できぬ異属性の融合を人間が成し遂げるとはおこがましい限りですが、どんな複合属性だろうと闇の前では無力!! 大人しくブラックホールに飲まれてしまいなさい!」
そんなことはない。
私たちは知っている。ヨミノクニで世界の始まりを知った私たちは既に。
闇の神エントロピーこそ世界の始まり。
最初にその神が生まれ、その神こそ世界を創ろうと思い至った。
色とりどりの世界を創り出すために、黒一色では足りないとエントロピーは、自分自身を様々に分け、自分以外の神を創り出した。
それが光の女神。
火の神、水の神、地母神、風の神。
「それらの神々の力を、元の一つに戻せばどうなるか……!」
私たち五人の勇者による、五大複合属性。
過去にさかのぼり、答えを知ったからこそ、私たちはそれに至る筋道を見いだせた。
「皆行くよ!」
「「「「おう!!」」だす!!」」
地水火風光、五属性が複合されて……!
「生まれ出でよ! 『ダーク・マター』!!」




