40 緊急告知
「……フレイム・バァァーーーストッッ!!」
容赦なしの業火が宣伝船を襲った。
犯人は当然、炎を操るこの人。
「ミラクさん!? 何やってるんですか!? アホですか!?」
「咎めるな! お前だってこの奇天烈な雰囲気に堪えがたくなってるんだろう!!」
たしかにそうですが。
しかし、だからと言って街中で炎上沙汰に及ぶのは勇者としてどうかと。
「案ずるな。ヤツにとっては屁でもない」
見ると、無秩序に広がっていくかと思われた炎は、まるでそれ以上に大きな怪物に飲み込まれるかのように消滅していった。
その、炎を飲み込んだ巨大な怪物とは、水。
ちょうど足元の運河の水が、意思のあるヘビか何かのように盛り上がって飛びかかり、炎を食い尽くしてしまったのだ。
「……何よ、もう。いくら興奮したからってステージに物を投げ込まないでください、お客様?」
ステージの上で、美麗な少女が青い衣をはためかせる。
「一見ただの踊り衣装に見えるあの衣は、水絹モーセ。カレンの聖剣サンジョルジュやオレの炎拳バルバロッサに並ぶ水の教団の最強神具だ」
マジかよー。
「元来、神気の相性から見てオレにとってヤツは最悪の相手だ。火を消すのは水。水の勇者であるヤツにとって、あの程度の炎を消すなど造作もない」
ミラクってば、ブチ切れたように見えてちゃんと計算していたのか。
イヤ、ブチ切れてなきゃ神気攻撃なんかしないか。仕方ないよな。あんな精神侵食されたら。
そして、この派手な炎水衝突で人々の注目は先ほど以上に集まり、僕たちの存在も浮かび上がる。
「オイ、アレッて……?」「火の勇者カタク=ミラク様?」「光の勇者様もいるぞ。オレ、アポロンシティの出身だから知ってる!」
注目高まってる。
さて、この状況をどう収めるべきか。シルティスほど露骨ではないがミラクやカレンさんも各教団の顔と言っていい存在。
一般市民の皆様に印象悪くなるような去り方はしたくないが……。
「みんなー! ここでスペシャルゲストの登場だよーッ!!」
再びステージから上がる高い声。
「今回の海上ライブには、特別に他教団の勇者ちゃんも出場しちゃうんだよー! 当日まで秘密にしたかったけど、我慢できないから先走っちゃうぅ~!!」
「「なにぃーーーーーーーーーーッ!?」」
驚いたのは僕だけではない。
周囲にいる地元民や観光客の皆様、一般市民が驚きと興奮に湧き上がる。
「ウソ!? マジで!?」「勇者三人のコラボレ―ション!?」「絶対見に行く! 今からでもチケット取れる!?」「今日帰る予定だったけど列車キャンセルして延長するぜー!」「女房を質に入れてでも見に行かねば―!!」
ハイドレヴィレッジの街角は興奮のるつぼと化したのだった。
* * *
そして。
「…………で?」
カレンさんとミラク、そして僕の三人は、シルティスに同行して水の教団本部へやって来た。あの場に残っていては混乱をいつまでも長引かせることになるからだ。
一応ここは水の勇者の詰め所ということになるのだろうが、さっきドアを潜った時ルームプレートに『楽屋』と書いてあったのは……?
「勇者が二人も雁首揃えて、アタシのシマに何の用? ケンカ売りに来たって言うならパスよ。大事なライブ直前なんだから」
「……喋り方普通ですね?」
「あ? ったりまえよ。仕事とプライベートは使い分けないと肩凝っちゃうわ。体硬くなったらパフォーマンスにも支障出るでしょう?」
仕事に対して不真面目なのか真面目なのか。
そして、自分の意志とは関係なくここまで連れて来られる結果になったミラクなどは露骨に不機嫌だ。
「……フン、お前のいかがわしい副業のことは、かねてから耳に入っていたが、ここまでいかがわしいとは思わなかったぞ。実際この目で見て顎が外れそうになったわ」
「だったら本当に顎外してみなさいよ。できたらリアクション芸人として雇ってあげるから」
「なんだと!?」
「ハイハイ、すぐカッカする火の勇者さん。ところでさあ、なんでアンタ光の勇者とつるんでるの? アンタたち仲悪いんじゃなかったっけ?」
「うぐっ!?」
シルティスの指摘に、ミラクが一気に押し黙る。
そう、今じゃ想像もできないが、ミラクとカレンさんはつい先日まで犬猿の仲といっていい関係だった。
と言ってもミラクの方が一方的にカレンさんを邪険にする関係だったのだが、それを思い出させる一言に、さすがのミラクも怯んでしまう。
「……………………………………お、オレたちは、このたび協力関係を結んだのだ」
「は? 協力? マジで!? 凄いじゃん、光と火の教団が手を組んだってわけ?」
「イヤ、教団は関知していない。あくまでオレとカレンの独断だが、それでもモンスターの対処には有効だと思ってな」
「はー、それでも凄いわ。今の勇者の中じゃアンタら二人がダントツで仲悪かったのに。よりにもよってそのアンタらがねぇ」
シルティスの「仲悪い」発言連発に、ミラクはしょっぱい顔になっている。
言ってる当人に悪気はないのだろうが、その言葉はボディブローのようにミラクにダメージを溜めている。
「で、今日来た要件はその報告ってわけ?」
「そのことなんですが……」
かなり弱ってきたミラクに代わってカレンさんが出てきた。
入室してからここまで沈黙を守っていたカレンさん。それが逆に空恐ろしい。
「お、カレンちゃんもおひさー。っつってもちゃんと話すのって今日が初めてだっけ? 光のいい子ちゃん勇者の噂はウチにもよく届いてたけどさ」
「はい、今回お邪魔したのはシルティスさん、アナタに大事なお願いがあるからなんです」
「え?」
「アイドルやめてください」
「「直球!?」」
僕とミラクは揃って絶叫した。




