396 最後の世界の謎
『光の女神が……! 二つに分かれていた……!?』
衝撃の事実に、私たち勇者は精神体だけで戸惑うしかなかった。
『しかしそれなら、先ほどシルティス殿が言っておられた矛盾にも筋が通るでござる』
光の女神様は、真魔王ルシファーを作り出して人間を滅ぼそうとすると同時に、この私――コーリーン=カレンを光の神勇者にして人間を守ろうとした。
この矛盾は、たった一人の光の女神様が行ったことだと考えるから辻褄が合わなかったんだ。
善の女神と悪の女神。
その二者がそれぞれ独立して起こした事柄だとすれば、こんなに単純なことはない。
『前にアタシんとこの水の神コアセルベート様が蒸留されて、綺麗なのと汚いので分離したけれど、光の女神様にも同じことが起ったってこと!?』
神とは、私たち人間の常識ではまったく計り知れない存在。
自分の中で荒れ狂う二律背反に耐えきれず、その身が二つに分かれてしまうこともありえる。
『そして今、悪しき方の光の女神インフレーションは、サニーソル=アテスとなってルシファーを創造し、人類抹殺を実行に移した』
『それを阻止しようと、いい方のインフレーション様は頑張っているんだす!?』
世界の謎が、ここに解けた。
【わたくしは……、アナタが自分から離れていったことにまったく気づきませんでした】
声……、善なる光の女神インフレーションは言った。
【たしかに人間を恨んだ時期はわたくしにもあります。闇の神エントロピーがわたくしを差し置いて愛する人間に、嫉妬しなかったわけではありません。ですがその醜い感情は、女王イザナミとして人々と過ごしていくうちに消え去っていった】
女神様はそう思っていた。しかし違った。
【そう、私はその時アナタから分離したのです。私からエントロピーを奪った人間どもへの媚びへつらいに我慢できなくなってね】
【その時からアナタは暗躍を始めていたというのですか? わたくしはアナタの存在にまったく気づかなかった】
かつて二人は自分自身だったというのに。
【騙される人間というのは、心の奥底で騙されたがっているのですよ。それと同じでしょう。アナタにとって私は、それこそ絶対に認められない存在。ゆえにアナタは無意識化で、私の存在に気づくことを拒否したのです】
【アナタはわたくしの醜い部分そのものですからね。たしかにこんなものからは目を背けていたいものです】
【でもそのおかげで私は自由に動くことができました。……ねえ、アナタは知っています?】
悪しき方の女神から、獲物を絡め取るクモのような気配が漏れた。
【アナタが大事にしてきたヨミノクニ。アナタが人間イザナミなどに身を堕とし、一生懸命大切に育ててきたヨミノクニ。そのヨミノクニを滅ぼしたのは四元素のバカどもですが……】
それは私も聞いたことがある。
この古代都市ヨミノクニは、今ある五大教団の地水火風四教団が滅ぼしたって……。
【ヤツらをそそのかしたのは、この私です】
【やはり、そうだったのですね】
【あら、驚きませんの?】
【アナタの存在に気づいた時から、薄々そうではないかと思っていました。仮に四元素たちがヨミノクニ発展に怒りを覚えたとして、当時の四元素たちは明らかに統率を欠いていた】
【たしかに、エントロピーとの戦争でコアセルベートは完全に他の神から信用を失っていましたしね】
【ノヴァは暴虐ゆえに統率して動くということを知りませんし、クェーサーやマントルはあのころ既に、人間に必要以上の危害を加える気はなくなっていました。そんな彼らをまとめて、一大攻勢に出させるには……】
【二極クラスの統率力がいる。まさにその通りです】
そして、闇都ヨミノクニは滅んだ、というの?
【ま、それでも直接姿を現したのはコアセルベートの前だけでしたけどね。まだあの頃は、アナタに存在を知られたくなかったですし】
【コアセルベートは、光の女神のお墨付きだと吹聴しつつ、わたくしが女王イザナミの体から戻ったことで、また神々の中で信用を失ったわけですか】
【加えて光の女神が二人いるなど夢にも思わなかったようで、結局私の暗躍は隠し通せましたしね。まったく、自分を賢いと思っているバカは本当に扱いやすい】
神が神を利用し、人間を責め苛む。
あまりのスケールの大きさに頭がくらくらする思いだった。
【そしてアナタも、私の思う通りに踊ってくれました】
【ほう】
【ヨミノクニを滅ぼしたのは、アナタがご執心の箱庭をブチ壊したいという思いもありましたが、本当に重要なのは、アナタに四元素への復讐をさせること】
【たしかにわたくしは、ヨミノクニを滅ぼした四元素たちを絶対に許しませんでした。だから罠にかけて祈りのエネルギーに依存させ、その力を弱体化させた】
【エーテリアルという小道具まで用いてね】
えッ!?
【知っていますよ、四元素どころかエントロピーすらまだ知らない秘密。エーテリアルを人間に与えたのはアナタでしょう光の女神インフレーション】
【さすがは光の女神インフレーション。わたくしの最後の秘密まで知っていたとは】
【この世界の人間に、機械文明を与えた純粋なるエネルギーエーテリアル。その源は闇都ヨミノクニ】
ええッ!?
今、私たちの体がある地下都市が!?
【ヨミノクニで隆盛した、光を影に変質させる術。それがエーテリアルの源】
【そう、疑似的な闇である影と、光との相克が、完全なる無属性エネルギーのエーテリアルへと変わるのです。その力はヨミノクニから地表を通して広がっていった】
【エーテリアルを元に文明を築いた人間は、益々神から離れていく。祈りのエネルギーに依存していた四元素はますます弱体化する】
【復讐は成った、というわけですか。ですがアナタの復讐心は、私の益にもなった】
【わたくしがエーテリアルを生み出して世界に影響を与えたように、アナタが生み出した影響も存在する。それが……】
【そう、モンスター】
もはや二人の女神は、私たちそっちのけで問答を続けていた。
女神たちは、私たちに何を聞かせようとしているの?
【やはりモンスター生誕の黒幕もアナタでしたか】
【ええ、コアセルベートは自分こそがコンダクターだと思っているようでしたけれど。自分を賢いと思っているバカは本当に利用価値がありますわ】
水の神コアセルベートの扱いがどんどん雑に……。
【アナタに吹き込まれたコアセルベートは、さも自分のアイデアであるかのようにモンスターの創造を五大神に勧めた。わたくしが乗らなかったこともアナタは予想したのでしょう?】
【ええ、祈りの罠を四元素に仕掛けたのはアナタですし、そのアナタが祈りの供給を必要とするわけがないですものね。仮にアナタが光属性のモンスターを作ったところで、いりませんでしたよ。アナタのは、私が元々持っていますから】
【ではやはり、アナタが求めたのは……】
【モンスターが何百と代を重ねることで、魔王という集大成が完成するのはわかっていました。そのように私が設計したのですからね】
【アナタが真に求めたのは魔王そのものではないでしょう。正確には、その魔王たちが持つ四元素神気の結晶というべき……】
その翼。
【ルシファーにその翼を奪って取り込ませるのは、最初から計画に組み込まれていたのです! 一体アナタは、いつからルシファーを創り出そうとしていたのですか!?】
【最初から、ですよ】
悪しき女神は、不敵に笑った。
【アナタと分かれた最初からです。正確には、もっと別のものを創りたかった。それが紆余曲折を経て、真魔王ルシファーという形に落ち着いたのです】
【創りたかった別のものとは……!?】
【新世界】
悪の女神は言った。
【新しい世界を創るのです。この世界は失敗した。人間という余計なものが神の王を惑わせてしまった。だから新しい世界を創るのです。人間を初め、余計なものが一切ない私とあの方だけの世界を……!】
【それがルシファーなのですね?】
【世界を創り出すためには、最低でも六つの要素が必要です。神の王たるエントロピーが、自分を含めた六人の創造神を生み出したように】
闇の神は世界を作りだすために、自分と対極をなす光の女神と、さらに地水火風の四元素の神を生み出した。
闇の神単体で世界を創れるなら、そんなこと最初からしなくていいはずだった。
その事実が示すように、世界を作り出すためには最低限、光と闇、そして地水火風の六属性が最低限必要だとういうこと?
だから悪しき光の女神だって、新しく世界を創り出したかったら自分の光属性だけでなく、他の五属性も取り揃えないといけない?
【でもそんなこと、わたくしにはできません。神すら創り出せる。それこそ全能神たる闇のエントロピーだけに許される所業】
【いかにも。だから創り出せないものは奪うしかなかった。四元素どもにモンスターを作らせ、魔王となるまで純粋高次化させる。百年をかけて】
【そして実った果実を収穫するようにもぎ取ったと言わけですか。ルシファーに取り付けるために】
【光を基礎とし、地水火風の力を得たルシファーは世界そのもの。あとはもっとも重要たる闇の力さえ取り込めば……】
世界は完成する。
悪しき光の女神インフレーションの願いを完結させた。余計なものの一切ない箱庭が。
あとは闇さえ取り込めば。
世界完成のカギと、世界に住まうべき愛する人が、同時に揃う。
* * *
【わたくしがアナタたちに伝えてあげられることは、これで全部です】
【アナタたちが何と戦っているのか? 何故戦わねばならないのか?】
【それがわかった時、アナタたちは新たな力を得るでしょう】
【アナタたちを守るもっとも強い根源の力を】
【なればこそ発ちなさい、この世界を救う、最後の戦いへ向けて!】




