394 創世実話
まず、何もなかった。
『無』すら存在しなかった。
世界が生まれる以前とは、それほどに何の概念も存在しない『無』を越える『無』だった。
そこへやっと、ちゃんとした『無』が生まれた。
それは闇という名の『無』。黒一色の『無』は闇という名で世界に存在した。
闇という『無』の空間が生まれることで、初めて世界は存在を示すことができた。
その闇は、世界の意思としてやがて人格を持ち、闇の神エントロピーとなった。
エントロピーは考えた。
『この「無」しかない世界に、たくさんの「有」を創り出したい』と。
そこで闇の神エントロピーは、まず自分と対極なる存在『光』を生み出した。
陰と陽。正と負。対極なるものが向かい合うことによって世界は規定され、それに伴ってあらゆる概念が生み出されるからだ。
闇の神エントロピーの対極者として生み出された光の女神インフレーション。
その二極の従属者として生み出された四元素の神。
火の神ノヴァ。
水の神コアセルベート。
地母神マントル。
風の神クェーサー。
ここに創世六神が揃い、神々は本格的に世界を創造し始めた。
エントロピーとインフレーション――、闇と光が規定する空間の中で。
マントルが大地を創り、コアセルベートが海を創り、クェーサーが空を創り、ノヴァの炎がそれらすべてを溶かし合わせた。
こうして世界は誕生した。
次に神々は、その世界に住まう生物も創り出した。
様々な動物、植物。そして最後に人間を創り出した。
多くの生物の中でも、飛びぬけて豊かな感情心情を持つ人間を、神の王であるエントロピーは何より気に入った。
闇の神エントロピーは、この世界を人間に任せ、どのように発展させるか見守ることにした。
しかし他の神々は、その決定に反対した。
世界を生み出したのは神々であり、ゆえに世界の正当な所有権は神にこそある。まして人間もまた世界の一部なのだから神の所有物であり、人間が神の管理を離れることなどあってはならない。
……と。
闇の神とそれ以外の神々の考えは決裂し、ついに神々の戦争が勃発した。
争いは地を揺らし、海を割って、空をも砕かんばかりであった。
それを見た闇の神エントロピーは、このまま神々の戦いが続けば世界が崩壊してしまうと恐れ、みずから敗北を宣言した。
勝者となった五人の神は、その権利によって闇の神エントロピーを封印。世界から隔離した。
主となる闇の神を排除し、五人の神は思うがままに振る舞うようになった。
* * *
『……!!』
意識体のみとなった私――、コーリーン=カレンと四人の仲間たちが見せられたもの。
それはまさしく世界の始まりにあった出来事だった。
『六人の神様が……、世界を創って……』
『人間が生まれ……』
『その人間の扱いを巡って神々が争い……』
『闇の神が敗北しただすか?』
ミラクちゃんもシルティスちゃんもヒュエちゃんもササエちゃんも、告げられた事実に衝撃を受けていた。
『しかも闇の神は、実力で負けたわけではなく、世界への被害を抑えるために降参したと?』
『戦いを始めたのも、終えたのも、すべて人間を第一に考えてのことじゃないか!?』
『何よそれ!? アタシたちが崇拝している五大神なんかより、闇の神様こそ圧倒的にいい神様じゃない!?』
『だすだすぅ!?』
と、闇の神の世界を慮る心に誰もが感銘しまくりだった。
『でも……だからこそ私たちは闇の神様を知らなかったんだね』
世界の始まりに封印されてしまったから、闇の神エントロピーはこの世界にまったく関わることがなかったし、人に知られることもなかった。
もっとも人間を大事にする神が、人に存在すら知られなかったなんて……!
【神の王たるエントロピーが封じられて後、神々は飼い主のいなくなった獣のごときものでした。それぞれが思うがままに振る舞い、人と世界を支配していきました】
と、謎の声は続きを語り出した。
でもこの声……、もしかして……。
【でも、創世の五大神と呼ばれる中でただ一人、他とは違う心情を持つ者がいました。闇の神エントロピーを封印したことを後悔し、自分たちこそ間違いを犯していたと嘆く者が】
その神こそ……。
【闇の神に並ぶ二極のもう一方。光の女神インフレーション】
私たちの意識は、創世以後の人の初期の歴史をこれから覗いていく。
* * *
光の女神インフレーションは、神の王エントロピーと並んでもっとも重要な神。
その女神は、パートナーたる闇の神に敵対したことを心の底から悔いていた。
光あるところに闇はあり、闇あるところに光は必ずある。
けっして引き離されることのない光と闇が分かたれ、一方が封印されたこと、光の女神にとっては我が身が裂かれる心地だった。
神々の秩序を守るため、あえて四元素の味方をしたインフレーション。
エントロピーはそんな彼女の判断を察し、決定的な戦いとなる前に治めてくれる。そう信じていた。
しかし闇の神は最終的に人間の方を選び、戦いを始めた。
それどころか人間のために戦いを終わらせようと、四元素たちの無茶苦茶な要求に従ってみずからを封印した。
エントロピーは、すべてにおいて人間を優先し、インフレーションを一度も選ばなかった。
それは神の頂点に立つ彼女にとってこの上ない苦痛であり、この上ない屈辱だった。
「何故、私の愛する闇の神は、私よりも卑小な人間どもを優先するのか?」
想いは嫉妬となり、嫉妬は人間たちへの憎しみとなった。
しかし憎しみのままに人間を迫害すれば、いつかエントロピーが封印から目覚めた時、彼女を絶対に許さないだろう。
人間を憎み、闇の神を愛する。
両立できない二つの感情に苛まれた女神。
その感情に整理をつけるため、インフレーションは人間を深く知ることにした。
人間に触れ、人間と交わり、人間が本当にそこまで闇の神に愛される資格があるのかどうか確かめようと。
そこで光の女神インフレーションはみずから人間に転生し、人の中で生きることにした。
元より人を遥かに超えた力と知恵を持つ女神。
人の身体に収まろうと万能叡智は変わることなく、人々を率い、生まれ落ちた村落をどんどん大きくしていった。
そうして何時しか村はそれ以上の規模となり、この世界初めての都市国家として成立した。
その都市の名こそ闇都ヨミノクニ。
そしてヨミノクニを興したインフレーションの転生者こそ、女王イザナミ。




