392 矛盾プリズム
そうしてやって来ました、闇都ヨミノクニ。
その入り口。
最初にやって来た時は、同行したヨリシロ様の体調を慮って涼しい夜になってから行動したけれど。
今回は余裕もないということで、日没を待たずにやってきた。
今のメンバーは全員屈強な勇者だし、それに目的地であるヨミノクニは地下にあって、砂漠の厳しい暑さから逃れることができると前もってわかっている。
ヒュエちゃんの風の力で砂を払ってもらうと……。
再び私の眼下に現れた、闇都ヨミノクニへと続く地下の扉。
「たしか……、こう……!」
以前ヨリシロ様がやったのを思い出して、扉に手を置き、光の神気を流してみる。
扉は、主の帰還を迎えるかのように独りでに開いた。
「おおー……!」
「スゲーだす……!」
さあ、降りよう。
地下へと続く階段は、以前来た時に崩壊してしまったので、今回は最初から小型飛空機で乗り入れることにした。
光都アポロンシティから、ここ『無名の砂漠』まで私たちを運んでくれた小型飛空機。
死の大地とも言える砂漠に、命の危険を感じることなく踏みこむことができるのも、この子たちのお陰。その威力は大きく地下でも発揮された。
狭い階段通路を注意しながら飛び、崩壊部から開けた場所に出ると、そこには発光性の原始植物によって仄かに輝く都市の屍が広がっていた。
「おおお……!?」
「スゲーッ!? 何これ!? 何この幻想的かつ雄大な!? これが闇都ヨミノクニ!?」
私以外は全員初めて目にする遺跡都市。
悠久を感じさせる遥か昔の建築様式が、地下に埋もれ数百年と保存されてきた。
この風景はたしかに見る者を圧倒させるだろう。
「話に聞いただけでは半信半疑だったが……! 本当にあったのだな闇都ヨミノクニ……!?」
「この古代都市のどこかに、真魔王ルシファーを倒す手がかりがあるのでござるか?」
小型飛空機で地底都市の天井に触っちゃわないよう注意しつつ、死んでしまった都市の上空を飛ぶ。
「ところでだす」
まだ小さくて小型飛空機を運転できないササエちゃんが、私の小型飛空機の後部座席から言った。
「なんでヨミノクニは、闇都って言われているだすか?」
「え? そこから?」
それはこの都市が、闇の神エントロピーを崇拝していたからでしょう?
「なんと! 闇の神エントロピーは実在していたんだすか!?」
と驚くササエちゃん。
そう言えば、この子と初めて出会ったきっかけは、地母神マントルから『闇の神エントロピーの化身を抹殺せよ』っていう神託を貰ったからだったっけ。
それから色々ありすぎてすっかり忘れてしまったけれど。
こないだその神託を出した張本人に会ったんだから、その真意を聞いておけばよかった。
「闇の神エントロピーでござるか? そんな神を、この都市に住んでいた昔の人々が崇拝していたと?」
「今、我々が創世の五大神をそれぞれ崇拝するようにな」
「神様に六人目がいたなんて、それが本当なら世間がひっくり返るような大スクープだけど。ハイネッちの闇の力を見ていなかったら誰も信じなかったでしょうね」
そう、私が最初にこの闇都ヨミノクニへやって来た目的も、この世界に存在するのかどうかわからない闇の神エントロピーの手掛かりを探すためだった。
もしかしたら、この地にあるというルシファー攻略の手がかりも、闇の神様と関係しているのかもしれない。
「でも、この都市のどこにお目当てがあるのか……?」
「闇雲に探していては、何年かかるかわかったものではないぞ? ルシファーがハイネの拘束から脱するのは、明日の話かもしれないんだ」
大丈夫。
「その点なら任せて」
私は言いながら、腰に下げた聖剣サンジョルジュを引き抜いた。
「光の聖剣よ! 我が神気を源に、探し求める真理への道を示して!」
私が神気を込めて訴えると、聖剣は答えてくれた。
その刀身から一筋の眩い光の道が、ある方向へ向かって一直線に伸びる。
「おお! なんか光って伸びた!?」
「ハイネさんから貰った『ダイヤモンド』を取り込んでから、神様が近くにいなくても神勇者化できるだけじゃない。色んな機能が聖剣に追加されたみたいなの」
かつてこの古代都市を見つけ出した『導きの針』と同じ機能が、聖剣サンジョルジュにも備わったみたい。
実際、一度来たことがあるとしても広大な砂漠に埋もれたヨミノクニの入り口を見つけ出すのに、聖剣のこの機能が大いに役立った。
「やっぱり光の女神インフレーション様の力は偉大なんだよ」
「でもさあ、それってなんかおかしくない?」
「え?」
何シルティスちゃん?
いきなりの異教批判?
「ここに来る前、今回の敵の話を色々聞いたじゃない。その中でも一番驚いたことは……!」
ルシファーを裏で操る黒幕サニーソル=アテス。
その正体は光の女神インフレーションが人に転生したものであること。
「たしかにそれを聞いた時が、一番驚きがデカかった……!」
「でも、魂消るほど驚いたってわけじゃないのよ。アタシたち何やかんや言って神様に何人かお会いしてるしね」
たしかにそう。
火の神ノヴァ、水の神コアセルベート、地母神マントル。
「何と言うか……! 実際に会ってみて……!」
「神様も思ったほど完璧じゃないのよね。アタシたち人間と同じで、感情もあれば間違いもする。だから光の女神様がトチ狂って人を滅ぼそうとしても、別に絶望するほどのことじゃないわけよ。徹底的に抗いはするけれど」
邪悪な水の神様や、限度のない地母神様との騒動を乗り越えた私たちは、精神的にも相当タフになっていた。
むしろ、そんな神様だからこそお互い助け合って一緒に進んでいこうと思える。
「でも、今回出てきた光の女神様は、今までの神様に輪を掛けて支離滅裂だわ」
「え?」
「だってそうでしょう? あんな巨大モンスターまで作り出して人類を滅ぼそうとしているのに、その一方ではカレンッちに甲斐甲斐しく世話をかけている」
こうして聖剣を通じ、私たちに進む道を示してくれているのも、光の女神様の加護。
「そもそもカレンが光の神勇者になれるのも、光の女神が人を助け守ろうとする意思の表れに他ならない」
「光の女神様は、人間を滅ぼそうとしつつ救おうとなさっとるんだすか?」
「わけがわからんでござるな……!」
たしかに今回の騒動において、光の女神インフレーション様の意思と行動は著しく矛盾している。
私自身、今この瞬間にもなろうと思えばいつでも光の神勇者になることができる。聖剣サンジョルジュに同化した『ダイヤモンド』を通じて。
それは、光の女神様がいまだ私を――、人を見捨てていないという証明。
人を滅ぼそうとしているのか?
人を救おうとしているのか?
まるで光の女神様が二人いるみたいに。
「その謎の答えも、この光の先にあるんじゃないかな?」
聖剣サンジョルジュが発する光の導きの先に。
その光は、闇都ヨミノクニの中心部へと続いていた。




