389 人の手で
「オレたちが……?」「この危機を……?」「打破するのでござるか……?」「だす……?」
私の他に集結した勇者たちも、ヨリシロ様の言葉に困惑するしかなかった。
ミラクちゃん、シルティスちゃん、ササエちゃん、ヒュエちゃん。
そして私――、カレン。
いずれも勇者の称号を得て、人々を守る資格と自覚をもった人たちだけれども、今回ばかりは心が奮い立たない。
「そうは言っても……、さすがにアタシたちで何とかなるような相手なの?」
まず最初に不安を口にしたのが、この中で一番理知的なシルティスちゃんだった。
「あのハイネッちですらどうにもならない相手。……ううん、ハイネッちだけじゃない。魔王たちまでルシファーに手も足も出ずに負けてしまったんでしょう?」
かつて敵として魔王たちと出会った時、あんな強大な相手とどう戦っていいのか? という絶望感が私たちを支配した。
その後、神勇者という奇跡によって何とか魔王との戦いを乗り切った私たちだったけれど。
その魔王すら容易く超える脅威が、ルシファーなんだ。
「魔王たちを取り込んだということは、少なくとも四人の魔王の力を純粋に合わせ、その上に光の力を足したのが真魔王ルシファーなのだろう」
ミラクちゃんの声も、いつになく弱々しい。
「たとえ拙者たち全員が神勇者となって立ち向かっても、巧みに弱点属性を突かれたら一気に崩されかねぬ。全属性を備えた敵など……!」
「今まで戦ったこともないだす……!?」
全員が、意気消沈していた。
その理由はわかっていた。
ハイネさんが戦って倒すことができなかった。
その事実が想像以上に私たちに衝撃を与えているんだ。
ハイネさんは物凄く強い。
闇という特別な力を振るい、今までどんな敵にも臆することがなかった。
そんな強さなのに、勇者である私たちに華を持たせて必要以上に出しゃばらなかったけれど、私たち全員、心のどこかではハイネさんの存在に安心しきっていた。
――どんなに危険なことになっても、最後にはハイネさんが何とかしてくれる。
と、無意識のうちにそう思っていた。
そのハイネさんが、自分もろともたった数日封じるだけが精一杯の敵。
それが真魔王ルシファー。
そんな相手と戦わなければならないという事実に、私たちは驚くぐらい動揺してしまっていた。
「何を甘ったれているのです?」
「!?」
突然の厳しい言葉に、私は思わず身をすくめた。
「よ、ヨリシロ様……!?」
この人が、これほど直接的に叱責してくるなんて。
「カレンさん、アナタは一体何ですか?」
「えッ……!?」
「答えなさい」
答えなさいと言われても……!?
私は一体何なのか? そんな漠然とした聞かれ方をされても……!?
……あ。
「あっ、あの……!!」
「……」
「…………ひ、光の勇者です」
そう、光の勇者。
光の教団によって選ばれ、光の女神インフレーションの名と力を背負って人々を守る、光の勇者……!!
「ミラクさん、アナタは何です?」
私だけじゃない。
ヨリシロ様は、そこに集う一人ずつにそれぞれ同じ質問をした。
「問われるまでもない。オレは、火の教団に選ばれた火の勇者だ!」
「シルティスさん、アナタは何です?」
「もちろん水の勇者よ。当たり前だわ!」
「ササエさん、アナタは?」
「不肖ササエ! 地の勇者だす!!」
「ヒュエさん」
「風の勇者でござる。ラファエルと風を交えて、やっと胸を張って言うことができる。このヒュエは風の勇者でござる!!」
私たち全員が、各々の教団から選ばれた勇者。
勇者の務めは、人々を守ること。
「そのアナタたちが率先して敵を恐れてどうします? 人々を脅かす敵を戦って破ることこそ、アナタたちの務めではないですか」
「は、はい……!?」
「ハイネさんが自分諸共ルシファーを封じたのは、時間さえ稼げばアナタたちが何とかしてくれると信じたからです。これまで数多くの危機が、アナタたちを襲いました……!」
ラドナ山地の炎牛ファラリス。
水都ハイドラヴィレッジを襲った大海竜ヒュドラサーペント。
地のマザーモンスター、グランマウッドの反乱。
ベルゼ・ブルズと風の魔王ラファエルの連戦。
先代勇者たちと主張をぶつけ合った新旧勇者戦。
そして魔王たちとの激突と融和……。
思い出すだけで、よくまあこれだけの騒動が起こったものだとゲッソリする。
「しかしアナタたちは、そのすべてを乗り越えてきました。あらゆる危機を乗り越えたのは、すべてハイネさん一人の手柄ですか?」
「いえ、そんなことは……!?」
「アナタたちは強いのです。そしてみずからの力で危機を乗り越えようとする強い使命感があります。その使命感を、ハイネさんは信頼しているのです。今再び、アナタたちはその信頼に応える時です!!」
…………ッ!?
そうだ、ハイネさんはいつだって私たちを信じてくれた。
私たちなら必ず危機を乗り越えられると信じていた。
「信頼に応えるのが勇者……、そうなんですね?」
ハイネさんだけでない、この世界すべての人々が、いかなる危機でも勇者なら打ち破ってくれると信じている。
それこそが勇者なんだ。
「どうやらオレたちは、らしくない振る舞いをしていたようだ」
「考えてみれば、ここはハイネッちに恩を売るチャンスよね。たまにはアタシたちがアイツを助けてやりますか!」
「ハイネ殿はイシュタルブレストの恩人だす! ウリエル殿もしっかり助け出してお祭りするだす!!」
「風の勇者ヒュエの真骨頂を見せる時が来たようだ!」
皆も一気に活力を取り戻した。
ここにいる子は誰しもピンチになんて慣れたものだから、一喝されるだけで即座に復活する。
「わかりましたヨリシロ様! ハイネさんが稼いでくれた時間を最大限に活用してルシファーを迎え撃てと言うんですね!?」
「魔王たちもしっかり助け出すわよ! ガブリエルには文化を教える講座がたっぷり残っているんだから!」
ムードはすっかり高まっていた。
「……考えるべきは、その時間を使って何をすべきかだな。やはり特訓か? 神勇者になって五人で組み合うコンビネーションを研究し直すか?」
「敵を充分に研究するのも欠かせぬでござる。我らが風の教団の科学力で、ルシファーを徹底的に調べれば新たな弱点が見つかるやも知れぬ」
「斬るだす! 徹底的に斬り刻むだすよ!!」
活発に意見が飛び交う。
しかしその流れを押し留めたのは、またしてもヨリシロ様だった。
「……いいえ、アナタたちにはこの時間を利用して、是非とも行ってほしい場所があります」
「?」
行ってほしい場所?
「そこに行けば、きっとルシファーに対する方策が見つかるはずです。アナタたち勇者五人で、これからすぐにでもその場所に旅立ってください」
「そ、その場所とは……?」
本当にそれでいいの? と思いつつ恐る恐る尋ねると、ヨリシロ様は思いもしなかった、その地の名前を口にした。
「闇都ヨミノクニ……」




