388 絶望の状況確認
「そんな……! ハイネさんが……!?」
私――、光の勇者コーリーン=カレンは、告げられた報告に耳を疑った。
ハイネさんが、自分の作り出したブラックホールに飲み込まれて消えた……?
「そんな、本当なんですか? 本当にハイネさんは消えてしまったんですかヨリシロ様!?」
「残念ながら、事実です」
それを告げたのは、我が教主たるヨリシロ様。
私たちが光都の防衛準備と、ダメージを受けた風都ルドラステイツへの救援でてんやわんやしている間、この人は光の神気を使って遠く離れた戦場の様子を窺っていたらしい。
「アテスさんが……、いえ、光の女神インフレーションが生み出した光の魔王ルシファーは、我々の想像を超える最悪のバケモノでした」
ヨリシロ様が語るところでは、ルシファーは魔王たちを取り込み地水火風の神気を操れるようになったとか。
「まず最初に、死亡した風の魔王ラファエルの力を掠め取り風の神気を得たルシファーは、神気の相性を利用して次々と魔王たちを撃破し、その力を奪いました。今やルシファーは、大元である光だけでなく、地水火風の四元素も自在に操れる完全存在」
「一体のモンスターが……、全部の属性を操れるだと……!?」
「それ無敵じゃない。自分は弱点なしで、相手の弱点は突き放題できるんでしょう?」
そう呻きを上げたのは、火の勇者ミラクちゃんと、水の勇者シルティスちゃんだった。
彼女たちだけじゃない。
地の勇者ササエちゃんと、風の勇者ヒュエちゃんもこの場に馳せ参じている。
彼女たちは、光都アポロンシティの危急を伝えられて、一斉に駆けつけてくれたのだ。
「せっかくウリエル殿が、新しい御神体になってくださる約束になっていたのにだす……!」
「拙者が、ラファエルを葬ったせいでこんなことになってしまったのか……!?」
今は地母神マントルと分離して、幼女形態に戻っているササエちゃん。
ヒュエちゃんも、人知れず行われたラファエル戦での傷も言えていたが、悔恨の念が大きい。
私たち五人の勇者。
久しぶりに全員集合となったのに、空気は今までになく重々しかった。
「……だが、どんなに強力な敵だとしてもハイネのヤツなら苦も無く倒せるはずではないのか!?」
「そうよ! ハイネッちこそアホかバカかと言いたくなるぐらいデタラメすぎる強さじゃない! アイツの闇の力? は魔王たちだって怖がって逃げ隠れしていた。そのハイネッちにかかれば全属性まとめたって……!?」
ミラクちゃんシルティスちゃんの抗議も、虚しいものでしかなかった。
「ハイネさんの力といえど、完全無欠ではないのです。すべてを消し去るはずの闇の力。その闇が通じない相手がたった一種存在します」
「「「「!?」」」」
「それが光の神気。闇では光に絶対勝てないのです」
それは、私以外の勇者たちに初めて告げられた事実。
これまで、モンスターは地水火風の四属性しか存在していなくて、光属性のモンスターなどいなかった。
さらにハイネさんが世間に出て、初めて身を寄せたのが私たち光の教団。
だからこそますますハイネさんは光と戦う機会がなく、闇の弱点がことさら露呈することもなかった。
だからこそ完全無欠の無敵に見えた。
「ですが、ここに来てついに究極の光。ルシファーが現れました。光の魔王であるアレはハイネさんにとってまさに天敵。あの人がアレに対して取れる手段はごく限られています」
「それが、ブラックホール……?」
かつて地都イシュタルブレストでマザーモンスター、グランマウッドを消滅させた究極の闇攻撃。
「暗黒物質の第二性質たる重力操作を極限まで突き詰め、発生させた超重力は光をも捻じ曲げます。その超重力圏を光の神気は突破できず、ブラックホールの核となる超圧縮暗黒物質を消し去ることもできない」
「やっぱりムテキングじゃないハイネッち!?」
シルティスちゃんのツッコミも今は虚しかった。
「ですが、光の魔王たるルシファーを消し去るには、グランマウッドの時を超える遥かに強力なブラックホールが必要です。そんなものを放てば、この世界そのものも無事では済まない」
「……ッ!?」
「無事では、って……!?」
「最低限、人類が滅ぶ程度の余波ですね」
余波で、人類が滅ぶ……!?
「ブラックホールは、本来世界を消滅させるためだけに使われる技なのです。ハイネさんはそれを避けるために、最小限のブラックホールを放った」
それが、今の状態。
私たちがいるのは、光の教団本部の作戦会議室だが、そのテーブルの上に何枚かの写真が投げ放たれていた。
極光騎士団偵察班が撮ってきたという、ハイネさんたちと真魔王ルシファーの戦場跡となる場所の写真。
それは、黒い球体が浮かぶ、この世のものとは思えない光景だった。
「アタシら自身、ブラックホールはイシュタルブレストで見たことがあるけれど……!」
「これは、異様だな……!?」
それはただのブラックホールではなかった。
なんでも吸い込むはずの黒い球体から、ぺろりとヘビの尾がはみ出していたから。
「真魔王ルシファーの尾です」
ヨリシロ様が解説していった。
「ルシファーは巨大なヘビのような姿のモンスターです。世界を傷つけない程度の小さなブラックホールでは巨体すべてを飲み込むこともできず、尾が半ばはみ出しているのです」
野生のヘビが、獲物のネズミを頭から飲み込み、それでも飲み込み切れずに尻尾が口から漏れている。
そんな様子を連想させた。
「この程度のブラックホールですから、程なくルシファーは這い出て来るでしょう。そうでなくても闇に対して絶対優位をもつ光属性の魔王です。時間さえかければ、ブラックホールそのものを壊すことだって充分に可能」
「時間って……、どれくらい……!?」
「一ヶ月とかからないでしょう。ヘタをすれば数日程度」
たった数日!?
ハイネさんが我が身を挺してまで打った手段が、たった数日で無に帰してしまうの!?
「カレンさん、思い違いをしてはいけません」
私の心を見透かすかのように、ヨリシロ様が窘める。
「ハイネさんは、その数日を獲得するために自分からブラックホールに飛びこんだのです。アナタたちならばこの危機を、必ず打破してくれると信じて」




