380 魔王戦線
しかし、このまま彼らだけを行かせるわけにはいかないと、僕は何故か思った。
そして思うや否や、行動に出てしまった。
「とーう!」
僕は大きくジャンプする。
飛び立ったばかりでまだそれほど地表から離れていない魔王に、何とか飛びつくことができた。
「きゃあーーーッ!?」
が。
なんと飛びついた相手がたまたま女性型魔王のガブリエル。
……いや、本当にたまたまですよ?
無作為に飛びついたのがコイツというだけで、でも結果的に僕は傍目に見ても紛うことなき変質者!?
「きゃあ! 何なのコイツ!? 断りもなくレディに抱きつくなんて文化的じゃないわ!?」
うっせえ!
シルティスの影響か最近めっきり色気づきやがって!? 最初の頃は外見以外まったく違いはないように見えて今では性格まで千差万別だよ!
「ハイネさーん!? 一体何してるんですかー!?」
地上からカレンさんの戸惑いながらも咎める声。
当然ながら真魔王ルシファーの下へ出陣しようとする魔王に掴まっているため、どんどんカレンさんから遠ざかっていく。
「すみませんカレンさん! 僕は魔王たちに同行します!!」
「「「「!?」」」」
その宣言に、カレンさんばかりでなく周囲の魔王も驚いたようだ。
「どういうつもりだクロミヤ=ハイネ? モンスターの問題は、モンスターでケリをつけると言ったはずだ」
非難めいた口調のミカエルに僕が答える。
「魔王同士の戦いにも見届け人が必要だろう。その役目を僕が務める。一緒に連れて行ってくれ……!」
「…………」
本当のところは違うのかもしれない。
あの時聞いた、サニーソル=アテスの正体。
あれを知った以上、僕は何としてでももう一度彼女に会わなければいけない。そんな気がしたから。
「……よかろう。それでも手出し無用だぞ」
「ありがとう。お前たち魔王の落とし前には決して水を差さない」
こうして僕は、見届け人として魔王たちと同行することになった。
「は、ハイネさーーーん!?」
それを慌てつつ、見送るしかないカレンさん。
僕は地上の彼女へ声を張り上げる。
「カレンさん! 極光騎士団を率いてアポロンシティの防備を固めてください!! それからルドラステイツへの救援も割けるように何とかやりくりを!」
そう言い残して、僕は魔王たちと共に大空へと去った。
ところで僕自身、暗黒物質の斥力で飛ぶことができたのを思い出したのは、それからしばらく進んでのことだった。
* * *
そして……。
僕たちはやって来た。
地を這うバケモノ。真魔王ルシファーの下へ。
「これは……!?」
空中に浮かぶ僕と、ミカエル、ガブリエル、ウリエルが見下ろすのが、まさに地獄が現実化したと言わんばかりの風景。
地表が、蛇身に覆われていた。
真魔王ルシファーの持つ長い長い長いヘビの尾が、のたうったり波打ったりとぐろを巻いたりしながら、地面をくまなく覆っている。
長いだけでなく巨大だから、元々あった木々やちょっとした丘などは無残に薙ぎ倒され、破壊と暴虐の限りを尽くされている。
そうしてくまなく見渡される、ヘビの鱗のヌロヌロテカテカ。
「まさに……、地獄みたいな光景ね……!?」
魔王の一人であるガブリエルですら、無残なる地上の様相にたじろいだ。
「どうするんだ? 見渡す限り一面敵の体だ。眼をつぶって攻撃しても敵に当たるが……?」
僕が見届け人なりに意見を差し挟むと。
「黙ってて変質者」
「容赦ない!?」
すっかりガブリエルから警戒されてしまった。
今はもう僕自身コイツから離れて暗黒物質の斥力作用で浮遊しているのに。
「頭部……、というべきか、それを探そう。さっき遠目から見えていたものを」
あの人みたいな上半身か。
「これほどの巨体を闇雲に攻撃しても、大した成果はあるまい。まして山脈と見紛い、地表を覆い尽くすほどの巨大さだ。考えなしに神気を放っていたら、我ら魔王といえど致命傷を与える前にエネルギー切れにもなりかねん」
正式にリーダー就任したミカエルの的確な判断だった。
「生物の急所と言えば、とにかく頭か。いいだろう、ヤツの先っぽを探そうじゃないか」
「でも、それも何かしら考えてからかかった方がよさそうよ? こんなに長いんですもの、どっこか適当なところからたどって行ったとしても、ヘタすりゃ何年かかるかんじゃない?」
ガブリエルの言うことももっともで、蛇身ならではの長く、しかもくねった体は迷路のようで、それを辿って頭部を見つけ出すのも一苦労に思えた。
しかし……。
「ようこそ、役立たずのクズ部品たちよ」
求めるものは向こうから現れた。
地表ばかりを見下ろす僕たちに、頭上から降りかかる声。
「その声は……!?」
いつの間にか、僕たちより上の位置に怪物が鎌首をもたげていた。
獲物を狙うコブラのごとく、頭部を高く上げたヘビ。
それだけでヤツは雲にも届かんばかりの高みに至る。
「ルシファー……!」
「偉そうに見下しやがって……!!」
僕らを見下ろす巨人は、人としての上半身もまたよく見れば異形だった。
爬虫類めいた瞳に耳まで裂けた口。その隙間から覗く歯はノコギリ状に鋭い。細い舌がチロチロと、高速で振れながら口の中から出入りしていた。
そして何より、そのルシファーの頭部に立つ、一人の女。
艶めかしい女性。
その姿は、見落としようがない。
「やはり出てきたな……! サニーソル=アテス……!?」
悪しき光の女神として、初めて僕の前に現れた瞬間だった。




