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374 心の拠り所

 とまあそんな感じでグレーツ騎士団長の寿命を著しく削り取ってから、僕たちは大目的を果たさんと取り掛かった。


「あの……、ハイネさん」

「はい?」

「そもそもなんでアポロンシティに魔王さんたちを連れてきたんですか?」


 同行しているカレンさんの疑問ももっともだろう。


「カレンさん……! 魔王たちは今、仲間との死別という初めての衝撃に傷ついています。神気は強くても、生まれて間もないアイツらは悲しみをどう受け止めていいかわからない」

「はあ……!?」

「そんなデリケートな彼らだからこそ、救えるのはそれ相応のスキルを持った者じゃないと無理です。心を扱うスペシャリストを」


 そして、僕が知る範囲の中で誰よりもそう言ったことに優れているのは、コイツだ。


 光の教主ヨリシロ。


 光の大聖堂祭壇にて、彼女と三魔王が会見した。


「ちょっとおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!?」


 それを傍から見てあからさまに慌てだすカレンさん。

 同じく傍観の立場をとる僕に詰め寄る。


「なんでですか!? なんでヨリシロ様と魔王さんたちを対面させてるんですか!?」

「言ったでしょう、魔王たちには心をケアする相手が必要なんです」


 それに適任なのが、ヨリシロだ。


「心を把握するスペシャリスト。心の傷を診断し、処方する術をもっともよく知る。ヨリシロはまさにそんな女だと思いませんかカレンさん?」

「は、はあ……!?」


 何しろ、心の隙間を埋めることにかけては超一流なのが宗教だからな。

 光の教団に君臨する教主ヨリシロこそ、最高の心の操り手。


「元来マインドコントロールは教祖の必須スキルですからね」

「ヨリシロ様教主ですから! 教祖じゃないですから!!」


 しかし彼らはもう出会っているのだ。

 さあヨリシロよ!

 若くして光の教団教主となった口八丁で魔王たちの傷ついた心を癒してくれ!


「…………ハイネさんから大まかな話は聞いています」


 ヨリシロが厳かに口を開いた。

 横にいる僕たちすらも引き込まれそうな声。まして心に傷を負った魔王たちには効果覿面だった。


「むう……」

「何なのこの声……!? 引き込まれていくような……!?」

「神聖さが……!?」


 早速魔王たちが耳を傾けだした。


「初めて味わう離別。それは言葉にできぬほど耐えがたい苦痛でしょう。ここで仮に『アナタたちの気持ちはわかる』と言っても空々しいだけ。アナタたちの苦しみは、アナタたちだけのものでしかないのですから」

「ううぅ……!?」


 ヨリシロの一見突き放すような言葉に、魔王たちはたじろいだ。


「死者は甦りはしません。失ったものは二度と戻りません。あの時ああしていれば、最悪の結果にはならなかったかも? そう妄想しても、時は巻き戻りなどしない。過ぎ去った過去を変えることは誰にもできないのです」

「そんなことわかっているわよ!!」


 ガブリエルが耐えきれないというかのように反論した。


「でも私たちにはそれしかできない! どこかでラファエルを救うチャンスがあったんじゃないかと考えられずにはいられないのよ!?」

「チャンスがあったところでどうなります?」


 冷徹にヨリシロは問うた。


「そのチャンスを見逃した自分の無能さが浮き彫りになるだけです」

「その通りだ」


 ミカエルが重々しく呟く。


「我々は無能なのだ。どれだけ神気漲り、強大だとしても、仲間一人救うこともできなかった。我らはただ力に振り回されるだけの役立たずなのだ!」

「そうです。ですが……」


 ヨリシロ、ここで一度言葉を溜める。


「誰もがそうなのです」

「え?」


 ウリエルが顔を上げる。

 祈りの最中、神の存在に気づいた苦行者のように。


「生きれば生きるだけ……、人は必ず後悔を抱えます。『あの時こうしていればよかった』狂おしいほどに思いながらも、どうにもできない過去に後悔する。それは、みずからの意志で決定を下したことのある者なら誰でも経験することです」


 今の……。


「今のアナタたちのように」

「「「!?」」」


 魔王たちは揃って息を呑んだ。


「後悔したことがない者。失敗したことがない者。そういう人たちは例外なく戦うこと自体をしてこなかった人です。戦わない者だけが、戦う者を嘲笑えるのです」


 だからこそ戦う人間は、同じように戦う人間を笑わない。

 戦うことの痛みを知っているし、戦う哀れさも知っているから。


「だからわたくしたちは、アナタたちを嘲笑いません」


 同じ痛みを知っているのならば……。


「同じ痛みを知る者同士なら、わかり合うこともできるでしょう。互いに知っている痛みを繰り返さないための選択をすることができるでしょう。わたくしたちは、その選択を賢明だと呼ぶことができます」


 何故ならば……。


「それだけが、失ったものに対する唯一の慰めになるのですから」


 失ったものは、何があっても戻ることはない。

 ならばせめて、耐えがたい痛みと共に得た教訓を未来に活かすことができれば、その痛みに意味があったと自分を慰めることができる。


「おお……!」

「そうよ、この人間の言う通りだわ……!」

「教主様!」


 三魔王が残らず跪いた!

 苦痛の鎖から解き放たれたかのように!


「どうか、跪かないでください。わたくしたちとアナタたちは、これより対等な同胞なのですから」


 そしてヨリシロはちゃっかりと関係強化を図っている!

 抜け目ない!


「……あの、ハイネさん。たしかにヨリシロ様に諭されて魔王さんたち元気を取り戻しましたけれど」


 カレンさんが、ほんのり避難がましい色をにじませ言った。


「心の隙間に付け入られてません?」


 僕もそんな気がした。

 ヨリシロに任せたのはやっぱり失敗だったかな? と僕も後悔を感じた。

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