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369 空っ風の帰り道

 式は滞りなく済み、風の教団本部の正門から二人の男女が姿を現す。

 一人は、教主の儀礼用正装に身を包んだ風の教主トルドレイド=シバ。

 もう一人は純白のウェディングドレス姿のブラストール=ジュオさんだった。

 いや、今日この時より晴れて彼女はトルドレイド=ジュオ教主夫人。


 結婚式を経て正式な夫婦となった二人は、そのことを同胞風の教徒すべてに報告するため、屋根なしのエーテリアル車に乗って風都ルドラステイツを一周パレードする予定になっていた。


「おめでとう!」

「ご結婚おめでとうございます!!」

「教主夫妻に幸多かれ!!」

「お幸せな結婚生活を!!」


 パレードコースを左右から囲む人の群れから、惜しみない祝福の声と拍手が飛ぶ。

 目に見える紙吹雪や紙テープなども空を舞い、普段重苦しくて殺伐とした印象の風都ルドラステイツは、まるで生まれかわったかのように華やかだった。

 誰もが笑顔。

 誰もが浮かれていた。

 新たなる教主夫妻は、エーテリアルオープンカーから周囲へ手を振る。

 そのたびに歓声が巻き起こる。


 今日は人々にとって紛れもなく記念すべき日だった。


              *    *    *


「どうだ……、見えているか?」

『ああ……』


 そんなパレードの中心から遠く離れた、ルドラステイツ内の一角に建つビルの屋上。

 そこにヒュエとラファエルがいた。


「こんなボロボロの姿でパレードに近寄るわけにはいかんのでな。この距離が限界だ。許せ」

『大丈夫だ。よく見えている』


 風の長銃術を修めたヒュエは、空気の屈折率を操って遠くのものを拡大して見ることができる。

 本来なら豆粒にしか見えないような距離でも、その幸福そうな笑顔をハッキリと見届けることが出来た。


『何故あんなに満ち足りた表情をしている? 私と同じように、体を回復不能なまで破壊されたのに』

「兄上様には、それに勝る宝がある。だからさ…」


 ヒュエもまた、幸福な兄と、その隣にいる女性を見詰めた。

 これからずっと隣同士になって歩む二人を。


「兄上様はそれを守るために、我が身を投げ打った。たとえ自分が壊れても、本当に大事なものが無事ならあの人に悲しみはない」

『そうか……、それが私と、ヤツの差か……』


 魔王ラファエルは、いまや鎧の頭部のみしか残していなかった。

 ヒュエに抱えてもらってルドラステイツに入るためにも、消耗しきったヒュエでは全身を抱えて運ぶのは不可能だった。

 他の者に代わってもらうことすらヒュエは拒否した。

 ラファエルと戦った者として、自分以外の誰にも譲れない務めだと。


『ヤツは、自分以上に大事なものを持っているから、自分が壊れても何とも思わない。私は、大事なものを自分より他に持っていなかった』


 だからこそ自分を壊され、憎しみに囚われた。


『その一事から見ても、ヤツが勝者で私が敗者なのは、明白なことだったのだな』

「そうだ……、そうだな」


 シバの様子を見たい。

 最期を迎える魔王ラファエルの、それが最後の望みだった。

 そしてヒュエはその望みを叶えた。


『礼を言う。風の勇者ヒュエ。お前は、私が最後に戦うにもっとも相応しい敵だった。シバよりも。クロミヤ=ハイネよりも』


 もはや頭部だけになってしまったラファエルに最期が訪れようとしていた。

 残り僅かな力も失い、頭部の代わりになる金属製の兜が、輝きを失った色に朽ちていく。


『お前は、憎しみに囚われた我が心を一心に受け止めてくれた。そんなお前と最後に戦えたことで、私も終わりも……。まあ、そんなに悪くなかったのだろう』

「それは拙者も同じことだ。拙者だってこの身に蟠る全部を吐き出して貴様にぶつけた。それを吐き出さずして、拙者もまた真の勇者になることはできなかった」


 ただ兄を援け、兄の背中を追うだけだった自分と決別し、自分一人で立って人々の先頭を進む勇者となるためには。


「あの時兄上の援けになれなかった自分への怒り憎しみを、貴様との戦いで清算するしかなかったのだ」

『それは……、できたのかい?』

「ああ、今なら何の蟠りもなく心から言うことができる」


 ヒュエは、遥か遠くにいる大切な二人に向けて言った。


「兄上様、ジュオ。……結婚おめでとう」

『……結婚おめでとう』


 ヒュエに抱えられた兜も、同じ言葉を放った。

 苦笑いしながらヒュエは問う。


「何故、貴様まで言うのだ?」

『さあ、何故か言いたくなった。お前との戦いのおかげで、私もまた怒り憎しみを清算できたからだろう』


 その心は今や空。

 だから、どんな感情でも湧いて出る。


『お前は私と戦うことで、私の憎しみを受け止めてくれた。私の心から惨めさを取り去ってくれた』

「お互いさまでな」

『やはりお前が私の最後の敵でよかった。認めよう……』


 生命の輝きが、朽ちて、消えた。


『お前こそ真なる風の勇者だ……』


 今魔王に、死が訪れた。

 生ける者ならば誰にでも訪れる、それで当然のものが。


『勇者とは……、魔王を……、たおす、もの、だか……』


 その勇者の腕の中に抱かれて。

 風の魔王は息を引き取った。


              *    *    *


 ラファエルのことはヒュエに任せ、僕――、クロミヤ=ハイネは戦場に残らざるをえなかった。

 コイツらを放っておくわけにはいかなかったから。


 魔王ミカエル、ガブリエル、ウリエルの三人は、皆等しく初めて経験する仲間の喪失に打ちのめされていた。


「ウソ……! ウソよ……! あのラファエルが死ぬなんて。私たちの中で一番しぶといラファエルが……!!」

「なんで僕は……! あの時もっと優しくしてやれなかった! アイツが悔しいのを察して、もっと励ましてやればこんなことには……!!」


 彼らの心は今、自分たちではどうしようもない状態になっていた。

 そんな彼らを孤独にはしておけないし、万が一にも暴発する可能性を放置もできない。


「……愚かなことを考えてしまう」


 僕と一緒に仲間を慰める役に回るミカエルが、それでも感情を抑えきれずにいる。


「あの時、ラファエルの心境をもっと察してやれば。ラファエルにかけてやれるもっと上手い言葉があれば。こんな結末にはならなかったのか? と。本当に愚かなことだ。そんなことを考えようと過去など変えられないのに……」

「皆そうだよ」


 僕は言った。


「誰もがそうやって後悔を抱えて生きていくんだ。生まれてから、一度の後悔も経験せぬまま死んでいく者などいない」

「後悔……、死か……」


 ミカエルが何かに気づくように顔を上げた。

 当然ながら表情は晴れていなかった。


「心を得ることは、そうした恐ろしいものとも向かい合っていかなければいけないということだな。ラファエルはそれを我々に教えてくれた。ラファエル自身もそれに真っ向から向かい合ったのだ」


 そうだ。

 本当に、そうだ。


「ならば我らも、みずからの面前にあるものと向かい合わねばなるまい。クロミヤ=ハイネよ。我らがここに来るのが遅れたのは、城に向かっていたからだ。真魔王ルシファー様が眠る繭の城に」


 ああ。

 たしかに前回の別れ際そんなことを言っていたな。


「ラファエルが姿を消し、大きな感情の放出でもない限り探し出す術もない。ゆえにルシファー様への謁見を優先した。その選択が正しかったのかと後悔する気持ちもあるが、今は今のことだ。オレたちはルシファー様の城へと戻った。しかしそこで信じられぬものを目にしたのだ」


 信じられないもの……?


「何もなかったのよ……!」


 溢れ出る涙を止めぬままガブリエルが言い放った。

 ウリエルも。


「ルシファー様の城があった地点は、何もかも消えて平地しかなかった。煙のようにすべて消え去っていた。ルシファー様も、ルシファー様を囲む城も。そして当然あの女も……!!」


 あの女?

 前にも言葉の端々に昇っていたが、一体誰のことだ?

 魔王の他にも自意識を獲得したモンスターがいるとか?

 それとも……!?


「ソイツは、ルシファー様の意思を伝える代理人だと我々に名乗った。『ルシファーの巫女』などと。人間でありながらモンスターに味方し、人間を滅ぼすのを手伝うと。その名は、たしか……!」


 その名を聞いて僕は驚愕した。

 そんなことがあり得るのかと。

『ルシファーの巫女』を名乗り、魔王たちに接近した人間の女性の名は。


 サニーソル=アテス。

 先代光の勇者。

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