37 聖女の嫉妬
「ん……? それ……?」
僕の行動にまず気づいたのはミラクだった。
背後に回り込んで、僕と同じ目線から広げられたポスターを眺める。
「……何だか目が痛くなるようなピカピカした女だな」
ポスターに映っているアイドルこと水の勇者シルティスを見た感想だった。
「これが五大教団を侵食する超人気アイドルらしいですよ」
「まったく嘆かわしい限りだな。……何だこの深々としたスリットは? パンツが見えるではないか、いやらしい!」
「しかし、ここまで見えそうなら嫌でも目が行きますよ。その辺の男の本能的なものがわかってますね」
「いやらしいな男は!」
「だったらミラクさんもその胸元開いた服装やめてください」
ポスターの中にいる水の勇者は、やはり十代後半程度の若々しい、何と言うかキャピキャピ系の美少女。
その辺、同じ美人でもカレンさんやミラクとは違うタイプで、弾け散る笑顔が写真越しでも殴りつけてくるような衝撃だ
「服とかアクセサリーとかは寒色系でまとめてきてますね」
「一応水の勇者としての自覚があるんだろう。青は、水の教団のシンボルカラーだからな」
「そういうのあるんですか? まあでも、この娘の場合服の生地がアレなのか表面がテカテカ光って、ますます体の凹凸を克明にしてるんですが」
「よく見てるな、いやらしい」
「総体的に手足は引き締まってますけど、胸だけ異様にデカくて、曲線に沿ったツヤが綺麗な弧を描いて……、というか。写真撮ったヤツは絶対計算してますね」
「お前そろそろ気持ち悪いぞ」
「そうですかね? でも、そうなるように計算して作られたものだから……、あっ?」
いきなり僕の手からポスターがひったくられた。
驚いて見上げると、僕からポスターを強奪した犯人はカレンさんだった。
「カレンさん?」
「…………」
カレンさんは無言で、ポスターをもったままツカツカと歩き去ってしまう。
かと思ったら、カレンさんが向かった先には部屋を出るためのドアがあるでもなく、窓すらない、ただの壁だった。
あんなところへ何しに……? と思ったらカレンさんは、その何もない壁にポスターを伸ばして当て、画びょうを四隅に打って貼り付ける。
まあ、ポスターって本来そうするものなんだけど。
「カレンさん……? 何を?」
「ハイネさん、こっち来てください」
「はい!?」
カレンさんの口調はいつもと変わらなかったが、どこか有無を言わせない迫力があった。
言われるがままにポスターの貼られた壁の前へ駆け足直行。
で。
「触ってください?」
「は?」
触る?
「触るって何を?」
「これです」
カレンさんが指差したのは、壁に貼られたポスターの、その中に写るアイドル勇者シルティスの、胸部。
胸を指さしている。
「待って。いくらポスター、つまり写真と言えども……」
その胸部を触るというのはどうでしょう。つまり女の人の……。
無論写真はイミテーションでしかないが、それでも犯罪的というか、いやむしろ余計に犯罪感が際立つというか……。
「つべこべ言わずに触ってください。私のおっぱいは触ったくせに」
「ヒィッ!?」
この人まだ根に持ってた!?
アレは二人乗りの際の事故だっていうのに!
「ちょっと待て。今のはかなり聞き捨てならんが……!」
とミラク。さらに面倒くさい人が話に絡んできたと思いきや、
「ミラクちゃんはちょっと黙ってて、取り込み中なの」
「はい……」
瞬殺された。
火の勇者弱い。
「さ、さっさと触ってくださいハイネさん」
「……ハイ」
カレンさんが何をしたいのかわからないが、とにかく今は逆らわないのが無難と見た。
僕は観念して、カレンさんの言うことに従う。即ち、壁に張られたアイドルの胸に、否、写真に、否、ただの壁に触る。
「…………」
ペタペタ、ペタペタ、ペタペタ。
思った通りの触感しか返ってこない。硬い。平たい。当たり前だよ壁だもん。想像以上に虚しい行為だ。
「どうですか感想は?」
カレンさんに問われた。
感想も何も。
「………………あの、すっごい、壁です。真っ平らです。何もないです」
「じゃあ私の勝ちですね」
「「何がッッ!?」」
ミラクまで一緒になって絶叫した。
「とにかく私、決めました」
「何をですか……?」「これ以上何をしようというんだ……?」
僕もミラクも、事態について行けずに正気がガンガン削られていく。
「行くんですよ」
「行くってどこへ?」
「水都ハイドラヴィレッジ。水の勇者シルティスさんに会いに行くんです」




