368 友よ
そして戦いは終わった。
どちらがどちらに勝った。そんな明白な形ではなかった。
どちらも力尽きただけだった。
体力はとうになくなり、気力で奮い立たせても限界は来る。
その限界を超えてなお戦って、二人は同時に停止した。
二人の力。風。
戦いに吹き荒れた暴風に周囲はグチャグチャになりながらも、その中心に二人はいた。
互いに抱き合うような形で、各々を支え合うように直立するのだった。
ただ、それでも勝敗を決める証はあった。
ヒュエの操る風長銃エンノオズノ。
その銃身の先から鋭い風の刃が伸びて、ラファエルの胴体を貫いたのが戦いの最後を告げた。
今なお風長銃は、ラファエルの胴に突き刺さったままだ。
「ヒュエ!」
「ラファエル!」
もう辛抱できぬと僕たちは駆け寄った。
僕はヒュエを、魔王たちはラファエルを。それぞれ引き離して介抱する。
まず僕が抱きかかえるヒュエの方は……!
「か、かたじけない……!」
相当消耗はしているものの、大丈夫なようだ。
命に別状とか、そういうことはない。
対してラファエルの方は……。
「ラファエル! しっかりするのだラファエル!」
彼を抱えるミカエルの切迫ぶりが尋常ではない。
既に突き刺さった風長銃エンノオズノは引き抜かれて、鎧の胴部分にぽっかりと空いた穴が、ひたすらに虚ろだった。
しかし、そんなものはラファエルの死命にはまったく関わりないはずだ。
何故ならあの鎧は、体の大部分を失ったラファエルが拠り所にする殻。
本体は、わずかに残った細胞が虫化して蠢いているもので、鎧はその住処に過ぎない。
鎧がいくら壊れようと、ラファエル当人は無事なだけで住まいを別に移せばいいだけの話だ。
そのはずなのだが……!
「何故!? どうしてラファエルの神気が薄くなっていくの!? これ以上薄まったら……!?」
「オイしっかりしろ! 集中して神気消失を押し留めるんだ!! でないと……!」
ミカエルも、ガブリエルも、ウリエルも、その先の言葉を口から出せずにいた。
死。
魔王もまた死ぬのだ。
この世から生まれ出でた者は必ず死ぬ。終わりなくして始まりもないことは、当たり前の当然のことだった。
しかしそれでも生まれたばかりの彼らは、その当たり前のことを受け入れる準備ができていない。
「……いいんだ、私は死ぬ」
ごくあっさりとラファエルは言った。
自分自身の目前に迫る運命を、あるがままに。
「少し前からわかっていた。やはり、自分を存続させるために最低限必要な細胞数があったらしい。それを下回って体を消された私は、即座に絶命せずとも少しずつ消え行くしかなかったのだ」
「……僕のせいか?」
ヒュエを抱きかかえながら僕は尋ねた。
ラファエルの大部分を消し去ったのは僕の暗黒物質の為した業。
「……そうだクロミヤ=ハイネ。お前はこの魔王ラファエルを滅ぼして多くの同類を救ったんだ。それは誇るべきことだ。そうだろう?」
「…………」
「『共存できないなら、どちらか一方が消えるまで戦うしかない』。お前が言った言葉だ。その言葉に間違いはない」
ラファエルを覆う鎧が、急速に表面の輝きを失い始めた。
その身から生命が去っていくかのように。
「ヒュエよ……! 風の勇者ヒュエよ……!」
初めてではないだろうか。
ラファエルがヒュエの名を呼んだのは。
「……なんだ?」
「お前は言ったな、私とお前が同類だと。たしかに私たちは双方憎しみを抱え、それにけじめをつけるために戦わねばならなかった。……しかし、違う。少し違うところがある」
「…………それは?」
「私は結局、私自身の傷を理由にお前たちを恨むことしかできなかった。しかしお前は、自分自身ではない。他者のために怒りを覚え、憎しみを向けた」
自分ではない誰かのために怒り、憎むことができる。
「それが人間の愚かさであり、また力でもあるのだろう」
今にも終ろうとしている。魔王ラファエルに残された時間が。
「しかしミカエル、ガブリエル、ウリエル。お前たちが人間と共に歩むなら、憎しみに飲まれてはならない。私のように。共存などという綺麗言は、憎しみを乗り越えることなくして語ることはできない」
「ウソよ! アナタが死ぬわけないじゃない! アナタは私たち四魔王の中でも、一番しぶとい……!!」
「キミが消えてなくなるなんて、何かの冗談だろう!?」
魔王たちが泣き叫んでいた。
これまで想像したこともない仲間との別れを前にして、心を粉々に砕かれている。
「悲しくても、それを憎しみに変えてはいけない。何かを失い心にできた空白は、憎しみではない別の何かで埋めることができるはずだ。私にはできなかったが、お前たちが人間との共存を目指すなら、出来るようにならなくては……!」
ラファエルの視線が、ミカエルと交じり合った。
「……我が友よ」
「ああ、我が友。お前は間違いなく我らの友だ!!」
「私は満足だ。たとえこの心、憎しみに囚われようと。それに決着をつけることはできた。あの向こうっ気の強い勇者のおかげで」
ラファエルの視線がこちらへ移った。
正確には僕が抱えるヒュエに向けて。
「風の勇者ヒュエ……。お前に最後に頼みたいことがある」




