367 一度割れれば
僕の周囲に、三人の翼ある者たちが降り立った。
「……何が起こっているのだ?」
火の魔王ミカエル。
それに水の魔王ガブリエルと、地の魔王ウリエル。
魔王がこの地に勢揃いした。
「戦っているの……!? ラファエル!?」
「一体何故? 人間との戦いなど、もう必要ないのでは……!?」
彼らの僕の眼前では、いまだに激闘が繰り広げられていた。
風機動銃ククルカンを失い、再び風長銃エンノオズノのみに頼るばかりのヒュエに、ラファエルは再び体を分解して飛び回りながら襲い掛かる。
しかし戦いは佳境。
双方消耗し尽して、スピードも当初より随分と衰えた。
それでもヒュエの長年鍛え上げてきた長銃術だけは鋭いまま。飛び交う鎧パーツに狙いを定めては正確に撃ち落とすのだった。
「ラファエル!? あのバカめ! やられているじゃないか!」
「神気尽きて、精神力のみの勝負となれば、数多の窮地を潜り抜けた人間の方に分がある。それをラファエルのヤツは理解できていないのだ!」
「人間を甘く見ているからそうなるのよ! とどめを刺される前に止めるのよ! まったくあの壊れ魔王はいちいち世話が焼ける!!」
戦いを止めるため、渦中へ飛び込もうとするミカエル、ガブリエル、ウリエル。
間違いなく地上最強クラスを持つ三人がかりなら、息も絶え絶えのあの二人を取り押さえることも容易いだろう。
しかし僕は、手を広げ、魔王たちを押し留めた。
「クロミヤ=ハイネ!? 何故止める!?」
戸惑うミカエルに、僕はまず尋ねる。
「お前たち、どうしてここに来た? どうやって異変に気づいたんだ?」
「我ら魔王には、魔王同士にのみ通じる感覚のようなものがある。それによってラファエルが何か大変なことになっていると感じたのだ」
なるほど。
そういう感覚は、僕ら神同士の間にもあるから素直に納得できた。
ならば気づいたのはコイツらだけ。ルドラステイツにいるシバやカレンさんも、ここで起きていることを知ったのではないかと心配しないで済む
「手を出すな」
「何?」
「あの戦いに関わってはダメだ。あれはヒュエとラファエルだけの戦いだ。他の者が関係してはいけない」
僕の言葉に、魔王たちは納得できないとばかりに憤慨した。
ついさっきまでの僕と同じように。
「何を言っているの!? 私たち魔王は、もう人間と争うのをやめるのよ!」
「そう決めたからには、これ以上争っても何の意味もない。意味のないことはやめさせるべきだ!」
いや、意味はある。
「もう遅いんだ。お前たちと違ってラファエルだけは、人間たちとの争いを始めてしまった。始めてしまったことは途中でやめることはできないんだ。最後までやるしかないんだ」
「何を言っているの!? 私もミカエルもウリエルも、最初は人間たちと戦ったわ! でも最後には互いにわかり合えたじゃない!?」
僕も彼らに同じことを言った。
でも今では違うとわかる。
取り返しのつかないこと。
それが起って初めて、戦いは始まったと言えるのだ。
「ラファエルは、魔王の中で一番最初に人間と出会い、戦った。その中で一人の人間を壊し、再起不能にした」
もう取り返しがつかない。
「そしてラファエル自身も、この僕の手で体の大部分を消され、再生不可能なんだってな。いくら魔王と言えども限界はあった」
もう取り返しがつかない。
「もう取り返しがつかないもの。失った空白を埋められるのは憎しみの感情しかない。奪った者、壊した者を恨む以外に隙間を埋める方法はない。だから二人は争わないといけないんだ。心の隙間に染み込む憎しみの心が、一滴残らず枯れ果てるまで」
それが、僕が傍観者として理解したことだった。
だからこそ二人が、一人だけで戦おうとしている理由もまた。
「ヒュエも、そして多分ラファエルも、たった一人で戦い、加勢を拒否した。それは多分、憎しみを自分たちの外に漏らしたくなかったからだ」
「憎しみを……外に……!?」
「たしかに戦うことで互いを理解し合えることもある。勝つために敵を研究し、ただ友好を結ぶ以上に美点も欠点も知り尽し、それが絆へと変わることもある」
しかし結局、争うことによって必ず巻き起こるのは憎しみの感情なのだ。
傷つけ合い、壊し合って、そんな相手と憎しみ合うのは当然の感情ではないか。
「ミカエル、ガブリエル、ウリエル。お前たちもあの争いに参加すれば、必ず人間を憎むようになるだろう」
「バカな!? そんなことは……!?」
「憎しみは伝播するんだ」
愛する者を傷つけられれば憎む。
だからこそ憎しみは生まれる。ヒュエが、兄であるシバの大ケガに憎しみを持たずにいられなかったように。
たとえ正しい理由で戦うとしても。
戦いに参加した以上は憎しみと無関係ではいられない。憎みもするし憎まれもする。
それと無関係である方法はたった一つ。
戦いに参加しないことだ。
「あの二人はきっと、本能的に気づいていたんだ。既に心に憎しみを宿らせた自分たちは戦わずにはいられない。その憎しみをけっして外に漏らしてはいけない。だから自分たちだけで戦うしかないのだと……!」
戦いの日を今日に選んだのも、そのためだったんだろう。
シバに気づかれないまま戦いを終わらせるには、アイツの結婚式である今日戦う以外にないと。
「これはけじめだ。彼らだけで終わらせなければいけないけじめだ。憎しみの連鎖を完璧に終わらせるために、彼らだけで戦わなければいけないんだ!!」
神の援け――、神勇者の力すら断って!
「そこまでわかっていながら……! なんでヤツらは戦うのを止められないんだよ!? 賢いなら、もっと別のいい方法を思いつけないのかよ!?」
ウリエルが悲鳴を上げるように言った。
たしかに彼の言う通りだ。
「それでも……、二人は戦わずにはいられないんだ。きっと。賢いとか愚かとか、そういうのとはまったく別のところに二人の戦う理由があるんだ……!」
* * *
「しぇああああああああッッ!!」
「きぇえええええええええッッ!!」
みずからどうしようもない感情を吐き散らすように二人は戦った。
飛び交う鎧。撃ち出される空気弾。
まさしく嵐と呼べる秩序も何もない争いを、僕と魔王たちは傍観者として黙って見守るしかなかった。
やがて、ルドラステイツのある方角から鐘の音と、ここまで届くほどの大歓声が聞こえてきた。
シバとジュオさんとの結婚式が始まったのだろう。
憎しみは憎しみで、幸福は幸福で。
まったく関係ないよう区別されていた。




