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366 憎しみに結ぶ

 凄まじい爆発が、僕の目の前で起こった。

 頬に叩きつける爆風。その高熱に耐えかねて、僕は顔を手で覆い庇う。


「うわッ……!?」


 それは風機動銃ククルカン最後の攻撃だった。

 みずからを爆弾と変えて、敵ごと消滅する……。


 自爆。


 ヒュエはこれを狙っていたのだ。

 無様に逃げ回って相手に有利を確信させ、充分に油断させる。その上でさらに相手のトラウマをあげつらい挑発して、冷静な判断力を失わせる。

 その挙句に雑な攻撃を誘発させ、相手が充分に接近して容易に離れられなくなったところからの最後の切り札。


「おおおーーーッ!?」


 自爆前に脱出を果たしたものの、ヒュエは爆風に煽られて宙を飛んでいた。

 充分に引きつけたとはいえ、万が一にも相手に回避の暇を与えぬため自分自身が安全圏まで逃れるのを待たずに起爆させた。

 勝負に逸ったのと同時に、恐るべき執念を感じた。


「ヒュエ!」


 僕もさすがにジッとは出来ず、彼女の落下地点を予想して駆けつけ、無事キャッチ。

 地面に叩きつけられるのは避けられた。


「まったくなんて無茶をするんだ!? 一歩間違えたら自分も爆発に巻き込まれていたぞ!?」

「かたじけない……! だが、こうでもしなければ。結局のところラファエルは、やはり最強の敵ゆえ。なにせ、ほれ……!」


 ヒュエが視線を送る。

 僕もその視線の方を追うと、燃え上がる爆炎の中にギラリと光る双眸を確認できた。

 魔王ラファエルが、人の形に戻って爆炎の中から現れた!?


「アイツ……、あの爆発を食らっても死ななかったのか……!?」

「壊れ物になろうと魔王と言うところでござる。……しかし、さすがに無傷では済まなかった模様。そうでなければ出来たてのククルカンをお釈迦にした意味がないゆえ」


 ヒュエは、抱きかかえていた僕の腕から降り、敵の眼前へと向かう。

 その足取りはフラフラで、余力がないのは見るからにわかった。


 対するラファエルの方も、やはりククルカン自爆によるダメージは深刻そうだ。

 ヤツが拠り所としている鎧は、爆発による高熱と衝撃で歪にボコボコとなり、罅すらあちこちにできている。

 右腕部は、それ自体消失していた。

 恐らく爆発の中心部にあって、粉々になったのだろう。


「ボロボロだな。……どうだ? 人間ごときにしてやられた気分は?」

「いい気になるなよ人間……! たしかに傷は受けたが、私はまだまだ戦える。ダメージの方はお前の方が大きいはずだ……!!」


 その通りだ。

 ヒュエはこれまででもククルカンの装甲越しとは言え数多の攻撃を受け、けっして無傷ではないはずだ。

 その上、風主砲ヴェートーベンや自爆などで神力も限界まで消費している。

 ラファエル以上に戦う力など残っていないはず。


「……拙者からも、貴様に言っておきたいことがある」


 それでもヒュエの闘志はまったく衰えがなかった。

 ククルカンに乗り込む時から携帯していたのだろう。彼女本来の神具、風長銃エンノオズノをかまえる。


「再起不能になったのは、貴様だけだと思っているのか。……兄上様も、風の教主シバも、お前との戦いで二度と消えぬ傷を受けた。……戦えない体になった!!」


 そうだ。

 風の教主にして、当時風の勇者まで兼任していたシバ。

 彼が勇者の座を退くきっかけは、初めて人類に現れたラファエルが原因だった。

 ラファエルの超絶神力を抑えるため、シバは限界を超えて神気を放出し、自分自身の体を苛むほどに放出し、結局体全体に回復不能のダメージを追ってしまった。

 それゆえに自分は戦線を退き、勇者の座をヒュエに渡したのだ。


「あの兄上様が、風の教団始まって以来の麒麟児と謳われた兄上様が……! 戦うこともできない哀れなお体に……! 拙者はな、兄上様をお援けするために神術を学んだのだ。力を得たのだ。それなのに、拙者がお守りすべき兄上様の背中は、もういない……!!」


 ヒュエ自身が言っていた。

 本来後方から味方を援護するのを主体とする風の長銃術。

 彼女がそれを学ぼうとしたのは、何より自分より先に風間忍として戦いの道に入ったシバを助けるためだった。

 彼女にとって、戦いとはシバがすべてだった。

 シバを補佐し援けることが彼女の戦う意味だった。


「拙者はもう、兄上と共に戦うことはできない。貴様のせいだラファエル! 貴様が兄上を壊したのだ!!」


 ヒュエの体から怨嗟の言葉と共に猛烈な気迫が噴き出した。

 それは感情だった。抑えがたい憎しみの感情だった。


「拙者は貴様を許さん……! 貴様をこの手で滅ぼすこと。それが兄上様から勇者の名を譲られた、この拙者がやるべきことだ! この役目だけは誰にも譲らぬ!!」

「ふざけるなよ……! 人間一人壊したところで何ほどのことか。私は人間そのものを滅ぼすつもりでいるんだ。そんな私を……!」


 ボロボロになったラファエルの体から、鎧中に走る罅の隙間から、やはり憎しみの烈気が漏れて噴出する。


「こんな矮小な姿に堕としてくれやがって……!! お前たちごときにはわかるまい。私が受けた屈辱を。魔王の中で一人落ちぶれ、他のヤツらから見下される悔しさ。……この私にこんな惨めな思いをさせたお前たち人間を、私は絶対に許さない!!」


 ヒュエはラファエルを憎んでいた。

 ラファエルは人間たちを憎んでいた。

 憎しみの烈気によって、二人は精魂尽きかけた体に、無理の力を込めて動かす。


「拙者は貴様を……!」

「私はお前たちを……!」

「「絶対に許さないッッ!!」」


 ここに来て、僕にもやっとわかりかけてきた。

 この戦いの意味。

 人間とモンスターという種全体としての争いが和解に向けて舵を切り始めた最中、何故この二人は戦わなければならないのか。


 憎しみだ。


 種と関係なく二人はそれぞれの個人的な憎しみから、争いの選択肢を捨てることができなかった。


 けじめをつけずして。

 落とし前をつけずして。


 結び合う手をヒュエもラファエルも持っていなかったのだ。

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