359 もう一つの会場
「ヒュエ!」
誰もいない廊下を追って、やっとヒュエの姿を確認した。
ドアの隙間越しではわからなかった彼女の服装を見て、僕はギョッとした。
「その格好……!?」
戦闘装束じゃないか。
勇者がモンスターなどと戦うために纏う、動きやすさと防護性を重視した服。
いつも見慣れた彼女の格好だが、今日に限っては異様だ。
今日は、シバとジュオが結婚するめでたい日。
それに合わせたハレの衣装というものがあるだろう。
カレンさんだっていつもの鎧を脱いで、年齢相応イブニングドレスで式に出席しているのに。
公私ともに新郎新婦とこの上ない繋がりのあるヒュエが、そんな服装でまさか。
「ハイネ殿。拙者は結婚式には出席しない」
単刀直入に結論から言ってきやがった。
そしてかまわずズンズン進んでいくので僕も慌てて追わざるをえない。
「出席しないってどうして!?」
「兄上様にはもう報告してある。たとえ祭事中であろうと都市の防衛を疎かにするわけにはいかん。最低限の警備兵を配置し、それを指揮する者がいなくては」
「その指揮する者が、ヒュエだって言うのか?」
「勇者は武力の先頭に立つ者。不自然な人選ではないはずだ」
そうかもしれないが……。
「他に誰かいないのか? ヒュエが出席した方がシバもジュオさんも喜ぶと思うんだけど?」
今回ルドラステイツを訪れてから見てきた一連のやり取りで、僕は確信した。
シバとジュオさん、そしてこのヒュエは超仲良しだ。
ヒュエの妹らしからぬ嫉妬が入って一見険悪のように見えても、ヒュエとジュオは互いを認め合っているし、尊敬もし合っている。
だからいきなりヒュエが結婚式への不参加を表明したからと言って、二人を祝福したくないとか、空気を悪くしたくないとか、そう言ったネガティブな理由ではないはずだ。
それに加えて実際今ヒュエが言ったような事務的な理由もないと思う。
そんな理由で実の兄の結婚式に参列しないなんて、そこまで朴念仁なヒュエじゃない。
「やはり逃れきれんなハイネ殿からは」
言っているうちに、目的地に着いたようだった。
離している間もずっと歩き続けていたから。
僕はただヒュエを追ってきただけだったが……。ここはジュオの研究室じゃないか!?
そして目の前にあるのはジュオとヒュエが共同開発した神具ロボ、風機動銃ククルカン!?
「式の準備中にも時間を作って完成させていてくれたのでござる。風機動銃ククルカン」
「しかしどうして、よりにもよって今日そんなものを?」
「必要だからでござる。コイツには完成早々、ポテンシャルを最大限に引き出して戦わなければならぬ!」
ヒュエは素早くククルカンに乗り込むと起動させ、その機体ごと格納出口から飛び出して行ってしまった。
「うわぁッ!? ヒュエッ! ちょっと待って!!」
僕は一瞬戸惑ったが、この研究室の格納出口はそのままルドラステイツの外へ繋がっていた。
もしこの騒ぎをシバなりヒュエに知らせようと戻っていたら、ヒュエを見失う可能性もある。
迷っている暇はなかった。
「クッ……! ダークマター・セットッッ!!」
僕は生み出した暗黒物質の斥力で身を飛ばし、そのまま研究室を出てヒュエのあとを追った。
ククルカンの機動性は、通常のエーテリアル車など当然のように凌駕していて、整地などされていない外の荒れ野をガンガン進んでいく。
それでも追いつけない速度ではないのでピッタリ後ろに引っ付いていると、やがてヒュエは止まった。
「ハイネ殿……! このようなところまで付いてくるとは、さすが兄上様が認めた御方……!」
いや、そんな御大層なものではないんですが……。
ルドラステイツから随分離れてしまった。移動都市の全貌をばっちり視界に収められるほどの距離で、ここまで離れてはどんな騒ぎを起こしてもまずあっちは気づくまい。
「こんなところで……、一体何をする気なんだヒュエ?」
ルドラステイツ警備の指揮を執るんじゃないのか?
「ここまで来た以上、ハイネ殿に隠すことはもうできまい。願わくば一切手出し無用のこととお願いいたす。それがヤツとの約束ゆえ」
「ヤツ?」
「ヤツは約束を守ってくれ申した。だからこちらも守りたく存ずる」
「それはいい心がけじゃないか」
突如、僕らの目の前に竜巻が起こった。
地面の土埃を巻き上げて、一瞬完全に視界が塞がれる。
「うっ!? なんだ!?」
竜巻はすぐさま散って晴れ、同じ場所には一人の異形が浮かんでいた。
極彩色の蝶の羽を持つ、全身くまなく鎧に包んだ鋼人。
「風の魔王……!! ラファエル!?」
まさかコイツが、よりにもよって結婚式の日に襲来だと!?
「しばらくだねクロミヤ=ハイネ。私が人間の前に現れる時は大体いつもお前が待ち受けている。私とお前の間には相当な悪縁があるようだ」
と全身鎧の魔王は皮肉めいた口調で言った。
風の魔王ラファエルは、僕が初めて出会った魔王。それは人類が魔王と初遭遇した瞬間でもあった。
あの頃のヤツは、今ともまた趣の違った異形で、蝶の羽を持った子供の姿をしていた。
それがあんな全身鎧となったのは、生まれたてで僕に殺されかけ、欠けた体をあの鎧で補っているのだとか。
「思えばあの時、お前にとどめを刺したと思い込んで見逃したのは完全なミスだった」
敵が現れた以上、戸惑いは封じて事態に集中しなければ。
「お前がシバたちの結婚式を台無しにするつもりなら、な。人間への敵対心を忘れていないというなら、今度こそ僕の暗黒物質で、欠片も残さず消し去らねばならない」
「望むところだ。クロミヤ=ハイネは人類抹殺に立ち塞がる最大の障害。それを乗り越えることなく目的達成はありえないのだから。今戦うもいずれ戦うも同じこと」
……やはりコイツは、人との戦いをやめる気はないのか。
ミカエルやウリエルたちが人類との共存に舵切りをしている以上、コイツも仲間に合わせて戦いをやめる方針に変わっているかもしれないと思ったが……。
虚しい期待だったか。
「おやめくだされハイネ殿」
踏み出そうとする僕を、風機動銃ククルカンの巨腕が押し留めた。
「先ほどもお願いしたはずでござる。一切手出し無用と。それがヤツと交わした約束でござるゆえ……!」




