表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/434

36 偶像勇者

「……知ってますよ。水の勇者シルティスさん」


 光の教団本部に戻って僕は、カレンさんに今日あったことを報告した。

 カレンさんは何やら微苦笑で答えた。


「凄い人ですよね。勇者としてモンスター討伐する傍ら、アイドル……ですっけ? 人に歌を聞かせたり踊りを見せたりして元気にする活動をしてるんですよね。尊敬します」

「フン、ヤツがやっているのは、そんな殊勝なことではない」


 カレンさんの横に座るミラクが苛立ちと共に出されたお茶を煽る。

 そう、あのミラクだ。


「ヤツが狙っているのはもっとあざとく、浅ましいものだ。それもわからず表面的な可愛らしさに騙される男どものバカさ加減に呆れるわ」

「あの……、ミラクさん?」

「なんだ?」


 火の勇者カタク=ミラクが答える。


「なんか超普通にいますけど、どうしたんですか? ここ光の教団本部ですよ?」


 アナタの本拠は隣の都市ですよ?


「馬鹿者かお前は? オレとカレンは先日の戦いで正式に協力関係を結んだ。情報交換のため、月に一回程度は訪ね合って当たり前ではないか」

「でもミラクちゃん、昨日もウチに来て……」

「当り前だろうが!」


 カレンさんのツッコミを勢いで押し流しやがった。


「凄いと言えばミラクちゃんも凄いんですよハイネさん。協力が成立してから、光都と火都周辺の地域を詳しく区分して、私たち二人でどうカバーするかとか詳細に決めてくれるんです。複合属性の練習も積極的ですし……」


 へぇぇ……。

「自分以外の勇者は敵だ」などと殺気撒き散らしまくりだった彼女が。


「なんだ? 文句あるのか?」

「いえ別に、ミラクさんも可愛いところありますよね」

「そのセリフ、宣戦布告と受け取った」


 まあ、険悪だった女の子二人が、昔通りにじゃれ合えるようになったのはいいことだ。


「それはともかく! ……水の勇者レ=シルティスの話だ。アイツは勇者の中でも見下げ果てた卑劣女だ!」


 どうやらまだ牙は残っているらしい火の勇者。


「どうして? アイドル活動ってそんなに悪いことなんですか?」

「ハイネ。お前は意外に賢いからもうわかっているだろうが、我ら勇者の活動は教団の宣伝の一環なのだ」

「それはまあ」


 勇者が教団の看板を背負ってモンスターを倒せば、助けてもらった人々の好意は否が応にも高まる。


「レ=シルティスのアイドル活動は、勇者のそうした側面を極限まで先鋭化させたものだ。アイドルとは要約すれば人気商売。人間そのものを広告塔にすることだ。シルティスは勇者である自分をアイドル活動を通じて売り込み。水の教団の看板としての価値を高めているのだ」

「それって……、水の教団の信者を増やすために?」

「当然だ。事実、シルティスのファンから入ってそのまま水の教団に所属することとなった者はたしかにいる。しかも噂ではけっこうな数だということだ」


 マジか……!?

 たしかにカレンさんやミラクを見ているだけでも、勇者が教団の顔であり象徴だという話は頷ける。

 水の勇者シルティスはそれだけに飽き足らず、さらに信者を獲得しようと自分に付加価値を付けた。それがアイドルってことなのか?


「実際、ベサージュ小隊長たちが神経質になるのもわかる気がします。あの人の本拠、水都ハイドラヴィレッジの中だけじゃなく、遠く離れたこのアポロンシティにまで人気が広がってるんですから」

「光の教団のお膝元から、水の教団の信者が出るかもしれないってことか」


 そう言われると凄くマズいことだって気がしてきた。


「五大教団には、いくつか協定みたいなものが結ばれてるんです。エーテリアルの兵器利用を全面禁止するってのもそうですが、もう一つの重要な協定は、他教団本部のある街での布教活動禁止」


 そりゃそうだわな。

 五大教団は、信者という限られたパイを奪い合う、いわば商売敵。ライバルの庭先で商売しだしたら、それはケンカ売っているようなもので仁義なき戦いへの発展は不可避だ。


「水の教団が、シルティスのファンを高確率で信者に抱え込める以上、シルティスのアイドル活動は布教と同義だ。そしてヤツの名声は今やここアポロンシティにも、オレのムスッペルハイムにも届いている。これらの都市からシルティスのファンになり、ファンを経て水の教団に入れば……」

「立派な協定破り」

「そうだ、しかし他教団はまだ違反行為への非難に決め手を欠いている。何やかんや言っても、アイドル活動と布教活動が同一である、と証明できないからだ」


 私も聞いたことがあります、とカレンさんが説明を受け継ぐ。


「実際にシルティスさんの話を広めてるのは新聞記者さんで。アイドルグッズですっけ? ……を各都市に持ち込むのは、それ専門の商人さんたち。正規の教団関係者が関わってるわけじゃないから布教活動には当たらないって」

「我が火の教団も再三抗議を送っているが、同じ理屈で上手くかわされている。結局のところ一番有効な対抗策は、今日お前が目撃したように都市内に入り込んだシルティス関連の事物を押収することぐらいだが、効果的であるとは言い難いな……」


 あんなアホみたいなやり取りが、五大教団を巡る権謀術策の暗闘の一環だったというのか。

 僕は、左手に持っていたポスターを広げてみた。

 今日のアイドル狩りの押収物で、何となくくすねてきたアイドル勇者シルティスのポスター(保存用)だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ