358 祝いの友
僕――、クロミヤ=ハイネが風都ルドラステイツにやってきてからの十日間。
それは当初想像していたものとはまったく趣が異なっていた。
僕らは戦いに備えてやってきたはずだった。
この地に襲来してくるかもしれない魔王との戦いに備えて。
実際僕らは悪戦苦闘を強いられたが、それは魔王との戦いではなく、結婚式の準備という戦いによってだった。
式本番まで十日と迫った時期に、思った以上に準備完了していないことが発覚。
その原因は、当の新郎新婦であるシバ&ジュオの仕事中毒ぶりにあった。
シバは風の教主として、ジュオは風の教団最高の研究員として山ほど作業を抱え込んでいて。
また当人たちの性質として、仕事の中に埋もれている方を自然としている傾向があり、そんなヤツらを引っ張って式の準備に参加させるのは大変手間のかかることだった。
無論準備自体は専門の業者や風の教団の人たちが代行してくれるのだが、やはり本人たちでしか決められないことはあるため、シバやジュオにお伺いを立てなければならない事態が、どうしても出てくる。
そんな時、主にジュオを引っ張りだしてくる担当がヒュエ。シバのヤツを引っ張りだしてくるのが何故か部外者の僕になってしまった。
「だって兄上様は、ハイネ殿の言うことには素直に従うでござるし」
さも当然に言うヒュエだった。
そんなわけで準備担当者の人から要請を受けてはシバを求め。アイツがいつも執務室にこもりきりなわけではないので、都市中を探し回っては視察や訪問に出ていたアイツを引きずってくることはザラ。
その間カレンさんはドラハと一緒にルドラステイツの観光を満喫し、そしてあっと言う間にその日はやってきた。
* * *
結婚式当日。
十日前から風都ルドラステイツに充満していたお祭りムードは、もはや最高潮に達していた。
皆もうテンションの極みに達しちゃっててノリと勢いで死人が出そうな空気。
まあお祭りなんてそんなもんだし、精々気をつけて踊り狂うのがよかろう。
で。
「ようこそお越しくださいました。招待状を拝見できますでしょうか? ……はい、はい。では式場へお進みください。こちらパンフレットになります。注意事項なども書いてありますので式が始まる前にお読みください」
何故か僕は受付の仕事をしていた。
なんでだよ? と思わないでもないが、人手不足だと言うので仕方がない。
「お帰りの際に引き出物をお渡しいたしますので、どうか立ち寄りください。……では、どうぞ式をお楽しみにください」
それでも招待客を大分さばけて来て余裕が出てきた。
「ハイネさん!!」
そこへドラハを伴ってやってくるカレンさん。
彼女も結婚式に参加するため、今日はおめかししてどこぞのお嬢様みたいだ。
「式が始まる前に、花嫁さんのところに行ってみませんか?」
と仰る。
受付の仕事も離れて大丈夫と言うことで、僕はカレンさんと共に花嫁の控室へと向かった。
花婿の方?
どうでもいいわそんなもん。
* * *
控室に着くとそこは既にけっこうな人口密度となっていた。
「ジュオ! 結婚おめでとう!!」
「お祝いに来てあげましたよ」
「これで堂々と子作りできるってもんだよぉ。今夜のうちからバンバン仕込んでもらいなよ」
純白の花嫁ジュオさんを取り囲んでいるのは、同年代というべき溌剌とした二十代女性たち。
それだけ見ると普通に新婦の友人御一同歓談と映るが、よくよく注意して見てみるとそこにいる面子がやや最強。
先代火の勇者アビ=キョウカさん。
先代水の勇者ラ=サラサさん。
先代地の勇者イエモン=ヨネコさん。
これで花嫁のジュオさんが実質先代風の勇者だから先代勇者チーム揃い踏みだ。
「ああ……、皆さんも結婚式に招かれていたんですね……?」
僕が尋ねると、皆様ハレの日に相応しい晴れやかな表情をなされて……。
「当たり前だ。友人の人生最高の日に立ち会わなければ、元勇者の名折れだからな!」
と先代火の勇者キョウカさん。
先日魔王ミカエルとの戦いで重傷を負ったそうだが今ではすっかり回復とのこと。
「丁寧な招待状もいただきましたしねえ。どちらにしろ風の教主さんの結婚式ですから、他教団からも祝いの使者を出さねばならないのは当然のこと。ウチらが出向けば一石二鳥ですわ」
先代水の勇者サラサさんが言う。
「留守は現役のササエちゃんに任せてきたよぉ。あの子ら最近オラたちに留守任せて外で遊び呆けとったから、今度はオラたちが羽伸ばさせてもらうからね」
先代地の勇者ヨネコさんも。
それを言うと、先代光の勇者が失踪してしまったのにいまだ外でフラフラしているカレンさんは耳が痛く。
「は、はは……!」
苦笑いするしかないのだった。
「まあ、留守を預けられる者がいなくても、意地でも今日は来たがな」
「そうですとも、何せ大事な友だちをお祝いしてあげなくてどうします」
「ジュオさんとは、同じチームで戦った仲間同士だからよぉ。喜びを皆で分かち合わないとねえ」
と口々に好意的な物言い。
「皆……!」
それを聞いて涙ぐむジュオ。
「私、新旧勇者戦に出場してよかった……! こんな素敵な人たちと出会えて友だちになれたなんて……! 皆との絆を一生大事にする……!」
「おう、そうしてくれ。今日嫁入りする旦那の次にな」
「ブーケはウチらに向かって投げんでもいいですよ。何せウチらもう全員既婚ですから」
「皆も早いとこ子ども産んで、うちの子の友だちを作ってほしいもんだよぉ」
とヒッシリ抱き合う四人。
……おわかりになりますでしょうか?
アレが登場当初、お互いを蛇蝎のごとく嫌い合っていた先代勇者たちの慣れの果てです。
よくまあ人間ここまで豹変できるものだと言うか、人が仲良くなれるのに難しいことないんてないんだな。
やっぱり。
「これも世界が変わっていく証ですよ。人とモンスターだって仲良くなろうとしているんです! 勇者だって仲良くなって当たり前ですよ!!」
感動屋のカレンさんはやっぱり感無量しておられた。
そんな心温まる光景の端に、チラリ、と不穏なものが僕の目に映った。
ほんの少しだけ開いたドアの隙間からこちらを覗く視線。
一部しか見えないが、ドアの隙間方垣間見えたその顔はたしかにヒュエのものだった。
ヒュエ、部屋にも入らずどうしたんだ?
結局ヒュエはそのまま去って行ってしまったので、和気藹藹な若奥様チームやカレンさんは置いておいて。
僕はヒュエを追って部屋の外へ出た。




