354 ドレスセレクト
何度見ても信じられんな。
この天女とあの亡霊が同一存在であるなどとは。
艶々に流れ落ちる黒髪。真珠のように輝く肌。
亡霊時はゴワゴワの髪に隠れてまったく見えなかったご尊顔も、今は表れ輝くばかり。
多少ぼんやりしたおっとり顔は、ヒュエのキリッと引き締まった顔とは好対照だ。
「……ちッ」
ヒュエさん。相手の顔を一目見るなり舌打ちするのはどうかと。
「そんな一瞬で戻れるのなら、日頃から気をつけて保っておけというのだ」
「あっちの方が基本フォームでいいんですかね……?」
まあ、その方が僕としても安心できるというか……。
綺麗な方が真の姿でいいよね?
「ハイネさん? 何を鼻の下伸ばしているんですかー?」
「あだだだだだだだッ!?」
痛い痛い!?
カレンさんが何故か僕のお尻をつねってくる!?
別の鼻の下なんか伸ばしていないですよ。ただ綺麗な女の人を鑑賞していただけですよ。
「ハイネ殿は女心を心得ておらんでござるな……!」
なんかヒュエにまでダメ出しされた!?
そして肝心のジュオさんはというと……。
「……フヒ」
やはり中身は元のままだった。
そりゃそうだよな、外見が変わって性格まで変わったら、もう僕は女性を一切信じられなくなる。
「まあいい。その姿になったのであれば、実際袖を通してサイズの調整もできる。早速試着と行くか」
「……とりあえずは候補を絞る。どれを結婚式当日に着るか。出来るだけ派手なヤツの方がいい」
「そうだな。招待客には他教団の使者もいるのだから。今まで秘密主義に凝り固まっていた我らが教団が方針変更したことを知らしめるためにも。思い切り派手なドレスを着ることとしよう」
「地味だと秘密主義が抜け切れてない印象がする……」
とヒュエとジュオさんは、二人して派手めの衣装を選ぶものの……。
「「ダメだーーーーーーッ!?」」
何故か選び出したのは完全地味目だった。
「ダメでござるッ!? 頭ではわかっていても、本能が地味なものを選び取ってしまうでござる!!」
「……私たち風の教徒は、できるだけ目立たず、空気の如き存在感がモットー……。それを今さらド派手な衣装を選べと言っても……!?」
難儀なサガを持って生まれたなあ風の教徒。
生まれてこの方ずっと忍び隠れることを義務付けられ、住む都市すら常に移動して所在を掴ませなかった教団だから。
それが急に目立てと言っても無理のないことかもしれない。
「あの……、もしよろしければ……!!」
ここまで同行してきたカレンさんが、おずおずと手を挙げた。
「私がドレスのお見立てをしましょうか?」
「カレン殿!?」
「派手なデザインをチョイスできないのは風の教徒だから。ならば光の教徒の私なら、違った見方ができると思います。せっかく居合わせたんですから、何か協力させてください」
「カレン殿!!」
ヒュエがガバッとカレンさんの手を取った。
「本当にありがたく存ずる! 光の教徒のカレン殿がお見立てをすれば、それこそ光り輝くキンキラピカピカの衣装が見つかるはずでござる!!」
「ちょっとヒュエちゃん!? アナタこそ光の教団のことなんだと思っているの!?」
まったくもってその通りだった。
光の女神インフレーションを信仰する光の教団が、そんな光りもの大好き集団だとでも……。
……そんなに間違いじゃないかな?
「もーいーです!! ホラ! これが私の選んだフェイバリッドウェディングドレスですよ!!」
とカレンさんが引っ張りだしたのは、あまりにも基本に忠実な純白ドレスだった。
ある意味で新雪のような白は、目のくらむような輝きを放っている。
「おお! 白い色は何よりも輝き目立つ! 基本に立ち返ることが最適解だったというわけでござるな!!」
「グッジョブ光の勇者……!」
カレンさんの解に、ヒュエもジュオさんも満足げだ。
「では早速試着してもらうぞジュオ! サイズに不備があれば早急に縫い直して調整してもらわないといけない! そのための時間は少ないのだ!」
「い、いえっさー……!」
と巻きのペースのヒュエたち。そこへ……。
「ちょっと待ってください」
カレンさんがさらに口を挟んだ。
「お急ぎのところすみませんが、私からさらに提案があります」
「提案?」
一体カレンさんは、何を提案すると?
「ヒュエさんもドレスを試着してみてはどうでしょうか?」
「はいいぃぃッ!?」
それを聞いて当のヒュエが大困惑。
「どういうことでござるカレン殿!? 結婚するのは拙者ではなくこの女にござるぞ!? コイツ以外がドレスを着ても意味がないではござらんか!?」
「意味ならあります、ドレスの着映えを、異なる体型で見比べてみるんです」
「「!?」」
「服って、着る人の体型によってかなり印象が違ってきます。ふくよかな人の方が映えるデザインもあれば、細い人の方が似合う時もあります。私が選んだドレスがどっちなのか、実際に着て見比べるんです」
「つまり……、拙者とジュオで?」
言われてみれば、二人の女性としての体つきはけっこう対照的だ。
ジュオさんは研究者という職業柄、ふくよかでフニフニ感があり、おっぱいお尻もボリュームがある。
それに対してヒュエは、こちらも風の勇者として体を鍛えてきたゆえだろう手足はほっそり引き締まり、駆けるのが得意な草食獣であるかのよう。
そしてそれに対応するかのように、おっぱいも……。
「……(バスン)」
「うおぉッ!? あぶねえ!?」
ヒュエが無言に風長銃エンノオズノで撃ってきた!?
当たる寸前、暗黒物質でガードしたが意外にやること辛らつだなヒュエは!?
「……フヒ、貧乳おつ」
「うるさい!」
ジュオとヒュエの間で小競り合いが起こった。
「大丈夫だよ! ヒュエちゃんの貧乳は機能的な貧乳だよ!! 勇者のお仕事に合わせて邪魔にならない作りになっているんだよ!!」
「同じ勇者でけっこう大きいカレン殿から言われても説得力ないのだが!?」
ただ機能的貧乳は何やらときめくネーミングの響き。
「その証拠にヒュエちゃんは体全体が均衡をとれていて、ネコちゃんみたいな滑らかさだよ! まるで貧乳であることがもっとも美しいと宿命づけられたかのような体型だよ!」
「褒められているのかケンカ売られているのか、わからんのだが!?」
「そんなヒュエちゃんだからこそ、ジュオさんと同じドレスを着てきばっを比較することができるんだよ!! さあ、二人ともレッツ服チェンジ!!」
カレンさんの時たま発動する究極レベルの強引さが今発動した。
ああなったカレンさんを止められる人間がいるとしたら、ヨリシロぐらいのものだ。
「わかった……! わかったので、カレン殿の言う通りにするので。ただ……!!」
ヒュエの恥ずかしげな視線が僕の方を向いた。
ああ、そりゃそうだな。
「男の僕がいたらとても着替えなんてできませんよね。なら僕は外に出てますから」
「その必要はないです」
「え?」
「『聖光ねこだまし』」
一瞬のことだった。
僕の眼前、すぐ近くにまで寄ったカレンさんの両手が凄まじい光を発して、僕の目をくらませた。
「目が!! 目がァァァァァーーーーーーーーーーーッッ!?」
何も見えない!!
あまりにも強い光で網膜を焼き尽くされたかのようだ。
「この『聖光ねこだまし』で機能を失った視覚は、しばらく戻りません。これで覗かれる心配なくお着替えが出来ますね」
「そんなことする必要あったんですか!? 単に席を外せばいいだけなんじゃないですか!?」
くっそ、これちゃんと視力回復するんだろうな? 絶対後遺症残る気がするぞ?
とにかく目の前真っ暗闇で立ってるだけなのは心細すぎるので、壁にでも寄りかかろうと手探りしていたら……。
……フニッと。何か柔らかいものに触れた。
「きゃああああああああああああッ!?」
そしてカレンさんの可愛い悲鳴。
一体僕は何を触ったんだ?




