351 緊急事態
「大変!? 一体どうしたのだ!?」
風の教団の職員に促され、慌てて本部に戻るヒュエに、僕たちも同行せざるを得なかった。
今のご時世で起こる大変なことと言ったら魔王の襲来、それしかない。
ついに最後の魔王戦が、すわ始まる!
そう思って風の教団本部に踏み込んでみると、僕たちを出迎えたのは初めて会うメイドっぽい人だった。
「ああ、ヒュエお嬢様! やっと来ていただいた!!」
「フェーンさん、どうなされた?」
そのメイドと顔見知りらしいヒュエも困惑していた。
「ああ、皆様に紹介いたそう。フェーンさんは、我がトルドレイド家の使用人でござる。もう長く勤めていて家族同然の御方でござる」
「お嬢様……! なんと勿体ないお言葉……!」
そういえばヒュエの家って風の教団で指折りの有力部族なんだって?
だからこそその長男であるシバが風の教主になったのだし、同じく有力部族の娘であるジュオと結婚することにもなった。
「フェーンさんは、兄上様の結婚式の準備も進めてくれているでござる。当の二人が忙しい身ゆえ……!」
「はい……! あちらのブラストール家の方と協力して、準備させていただいております」
見ると、脇の方で執事風の人に黙礼された。
名家同士の結婚だから色々とあるんだろう。
「……だが、フェーンさんちょっと待ってくれないか? 今大変なことが起きているということで、本部に呼び戻されたばかりなのだ」
「私でございます! ヒュエお嬢様を呼んでいただけるようお願いしたのは私なのでござます!!」
「えぇ?」
なんか話が……、ドッと脱力する方向へ……!!
「大変なことというのも、私から本部勤めの方にお伝えしたことなのでございます! 大変なことなのです!」
「あの……、フェーンさん? 何が起こったというのだ?」
「大変なことなのでごいざます!!」
だから何が大変なのよ?
「結婚式の準備が全然できていないのでございますッッ!!」
……。
…………え?
「なんだそんなこと?」
すわ魔王襲来か!? と思っていただけに肩透かしを食らった気分で、ポロッと口出ししてしまった僕にメイドさんはキッと鋭く睨む。
「そんなこととは何ですか!?」
「うひゃあ!?」
「シバお坊ちゃまとジュオ様のご結婚は、風の教団屈指の名家であらせられるトルドレイド家とブラストール家の一大行事! その準備運営を任されたとあっては、この私、トルドレイド家に仕えるメイドとして一世一代の仕事です!」
すごい剣幕だ!?
「ましてシバお坊ちゃまは今や風の教主であらせられます! であるからには、その結婚式は風の教団すべてに関わる祝事! これを万が一にも失敗するようなことがあれば私、死んで詫びねばなりません!!」
大げさな! とも思ったが、名家ともなればそれくらいの責任は伴うのかもしれない。
そこで念のためにヒュエの方に視線を向けてみたら、ヒュエったら脱力した顔で首を左右に振っていた。
……このメイドさんの思い込みが強いだけか。
「で、その結婚式の準備が出来ていないというのはどういうことなんだ? たしか結婚式は……?」
「十日後でございます!!」
十日!?
けっこう近いじゃないか。
それだけ日が近づいているなら街を挙げてのお祭り騒ぎになるのも頃合いなのかもしれないが……。
いや早すぎるか?
「で、どの程度決まっていないのだ?」
「全部でございます!!」
全部!?
「全部だって!?」
「全部ってどういうことなんですか!?」
僕やヒュエだけでなくカレンさんまで驚いて食いつく始末。
メイドさんは自分で言ってて危機感を募らせたのか、顔が青くなってきた。
「それが……、シバ坊ちゃまもジュオ様も、ご自分のお仕事ばかり優先して式の準備にまったく関わらず……! いえ、それは別によいのです。お二人とも風の教団の重要人物ですし元からお忙しい御方たちです。だからこそ私たちが代わって準備を進めているのですが……!」
そこに何か問題が?
「それなのにお二人とも、自分たちの式なので重要なことは自分たちで決めたいとおっしゃられて。当日に着る花嫁衣装は元より、披露宴の内装、食事のメニュー、招待客の席次、引き出物を何にするか。何も決まっていないのです!!」
ええええええええ……!
もう十日前なんだよね!?
「式そのものは、風の教主の挙式ですので、場所はこの風の大工房礼拝堂で行うものと決まりきっておりますが、ただ式を取り仕切る司祭様もシバ様たちが決めると言ってまだ決めておらず、五人ほどの候補が宙に浮いている状態なのです!!」
うわぁ……!
「シバ様に至っては、ここ数日『光の教主と会ってくる』と言い残したまま行方がわからず、やっと帰ってきたと思ったらその分溜まっていた仕事を片付けると執務室にこもってしまったのです!! 私がいくら呼びかけてもお返事もなされません!」
「フェーンさんは昔からガミガミ煩いので、兄上様は聞き流す癖がついてしまったんだ」
「それもこれもお坊ちゃまに立派なトルドレイド家当主になっていただければと思えばこそ……! ですが事ここに至っては、私の他にシバお坊ちゃまに言うことを聞かせられそうなのはヒュエお嬢様しかおられません!!」
「父上様と母上様は?」
「大旦那様や奥様にこんな失態を知られては、私のメイドとしての沽券が!!」
メイドさんもいろいろ大変なんだなあ。
しかし話を聞くほどに、そんな慌ただしい時期にシバ所在不明の時期があったのは、明らかに僕たちが『無名の砂漠』に連れ出してた時のアレに違いない。
……これ責任の一端僕にもある?
「ジュオも同じ調子にて?」
ジュオのブラストール家から代行らしい執事さんへ尋ねると、ゲッソリした表情で頷くのみだった。
「……アイツには、ククルカンの開発で協力させていたから拙者にも責任の一端はあるな。…………わかった」
ヒュエは僕の方に向き直った。
何?
「ハイネ殿、貴君は何やら兄上様と仲がよい御様子。才気煥発すぎて同期の風間忍の中にも馴染みが作れなかった兄上様には非常に面妖なことなれど。だからこそアナタの言うことには従おう。拙者の代わりに兄上様を連れてきてれないか?」
「いいけど、ヒュエは?」
「拙者はジュオのところに行く。ただでさえ時間が差し迫っているのだ。手間は出来る限り省きたい」
一人で二か所を周るより、二人で同時に潰して行った方が早いということか。
よし来た。
さっきも言ったように責任は僕にも少しあるようだしな。
魔王戦と比べれば幾分平和なエマージェンシーだが、ルドラステイツの皆さんのお祭り騒ぎを守るため、一肌脱がせてもらおう。




