350 後方の守護者
「一人で戦ったことが、ない?」
その呟きに、僕もカレンさんも目がキョトンとなった。
「あの……、ヒュエちゃん? そんなこと言ったら私だって一人で戦ったことなんてないよ?」
とカレンさん。
そりゃそうだ。基本人間とモンスターの戦いは、種の存続を懸けた団体戦。
勇者はそれぞれの教団が組織する戦士団を率いて戦い。最近だって勇者同士が協力して戦う。
たった一人単独で戦うなど、よほどモノ好きでなければしないし。それで負けた場合失うものの大きさを思えば、それは罪深いモノ好きだ。
「いいえ、そういうことではなく。拙者の戦い方は、常に誰かのサポートをすることを念頭に置いておりますので……」
そうか。
ヒュエの使う風長銃エンノオズノは、長距離からの狙撃を想定して作られた武器。
そんな戦い方を順守すれば、まともな一対一の戦いなど起こりようがない。
起こり得るとしたら、相手に気づく暇もなく死んでもらう一方的な暗殺。もしくは集団戦で、前衛の味方をバックアップするサポート。
後方から戦場を俯瞰し、渦中にいては気づけない危険を事前に察知して排除する。
前にも語ったが、その有用性は最強クラスで、彼女の勇者同盟参加どれだけ頼もしかったか。
ただ、改めて考え直すと……。
「たしかにヒュエの戦闘スタイルって、先陣切って戦う勇者とは相性悪いような……」
勇者は、人類を守る象徴でもあるのだし。目立たないところから隠れて撃つ、となると格好がつきにくいというか……!
「ヒュエちゃんは、どうして、その……風のちょーじゅーじゅちゅ?」
風の長銃術ですね。
カレンさん可愛く噛まないで。
「……こほん、っていうのを習おうとしたの? 風の神気使いさんたちって、戦い方の流派が色々あって、それぞれ特色があって面白いよね」
たしかに。
以前、教主と勇者を兼任していたシバは風の双銃術なるものを使い、二丁拳銃で接近戦でも恐ろしい強さを発揮した。
先々代風の勇者ジュオは、風の乱銃術とかいうさらに特異な技を使っていた。
いずれも最前線で直接モンスターと渡り合うのに適した、派手で豪快な戦法だった。
「……拙者は、元々兄上様の援けになりたかったので」
あ。
「兄上様が前線に立って戦うならば、拙者はその後ろを預かり、兄上様を危険から守ろうと。それゆえ風の長銃術を学んだのでござる」
前を進む兄と、後ろを守る妹。
その形を最初からイメージして、彼女は修行していたのか。
「実のところ、拙者は自分が勇者になるなど夢にも思わなかったのでござる。拙者はただ、兄上様の援けになれればそれだけでいいと。強くなることも戦うことも、それだけが目標でござった」
敵を倒すことよりも、味方の安全を確保することに重きを置かれた狙撃手。
あ 彼女がそのポジションを選んだ理由は、やはり兄になったのか。
「ヒュエちゃんって、本当にお兄さんのことが大好きなんだね……」
「はい! 大好きでござる!!」
超断言するヒュエ。
……あの、そこは図星を突かれて慌てて照れるべきところでは?
「あとジュオには死んでほしいでござる!!」
「そこまで本心晒してほしいとは言ってないよ!!」
「……しかし、そのジュオが勇者に就任し、その代わりに勇者となった兄上様までもが体を壊して引退を余儀なくされた。その次にお鉢が回ってきたのが拙者でござった」
ヒュエが再び深刻そうな顔つきになった。
「正直、こんなことになるなど想像だにしていなかったのでござる。拙者の力は兄上様を守るためだけのものだったはず。なのに今、それだけでない風の教団すべての人々を、世界すべての人々を守らねばならぬと。それが今の自分で足りるのか? と……」
それはヒュエの口から初めてきいた、勇者になることへの戸惑いだった。
僕たちは、彼女が勇者になる場面をこの目で見た。
勇者は責任ある役職だから、当然それに就任するにも不安なり戸惑いなりはあってしかるべきだが、実際に弱音を聞くと彼女が不安であったことがわかる。
「だから新しい神具を作って別の戦闘スタイルを模索したり、単独で魔王を倒して実績を作ろうとしたの?」
だからって、あのロボットは迷走しすぎじゃないかと思うのだが……!
「……すまぬ、失言でござった。忘れてくだされ」
ある一定の地位に就く者は弱音を吐くことも許されない。
勇者だって充分にその地位にある者だ。ヒュエは気づいて威儀を正した。
「自分がその地位にふさわしかろうとなかろうと、勇者に抜擢された以上その義務を全力で果たすのでござる。そうでなければ拙者を勇者に選んだ兄上様の面目が保たれぬ」
「そこでやっぱりお兄さんなんだ……」
ヒュエのお兄さん大好きっぷりの深刻さがだんだん露わになっていく……!
「そんなわけで拙者は自身の練磨を弛まず進める所存。出来ますればカレン殿やハイネ殿にもご助勢お願いいたしたく」
と深々頭を下げるヒュエだった。
まあ助け合いの精神は大事だし、修行の手伝いぐらい吝かじゃないけれど。
でも、この気負い様。いざ実戦となったら助太刀も断りそうで不安だなあ……。
「でも、結局のところは大丈夫だと思うよヒュエちゃん」
ヒュエをなだめるような口調でカレンさんが言った。
「だって今の状況の流れから言ったら、魔王さんたちとは戦いにならないかも」
「え?」
「だってミカエルさんやガブリエルさんやウリエルさんとも和解できたんだもの。ラファエルさんもきっと……!」
カレンさんが言い終わるより前に、会話を中断する大声が割って入った。
「勇者様ー!! 風の勇者ヒュエ様ーーッ!!」
それは風の教団本部に勤める職員のようだった。
明らかに慌てた声。
「よかった……! こちらにおられましたか! ……あちこち探しました」
「何事か?」
うちに不安を抱えていても、それを表に出しては勇者失格。
同胞の前では声も態度も厳かにする。
「お願いです、今すぐ本部にお戻りください! 大変なことが起ったのです!」




