35 アイドル狩り
「だめぇぇぇぇぇぇ!! 持って行かないでぇぇぇぇッッ!! オレの宝物を、シルたんグッズを奪わないでぇぇぇぇぇッ!!」
「黙れ異端者め! ポスター! トレーディングカード! 写真集! デビュー曲から最新曲まで漏れなく揃ったレコードに……、フィギュアまで!? どれも一級の異端指定物ではないか!!」
よくわからない。
ベサージュ小隊長が踏み込んだ家の中から、見たこともないシロモノを次々押収されている。
家主らしい二十代ほどの男性は泣きながら抗議しているも、ベサージュ小隊長は聞く耳もたない。
総括すると、わけがわからない。
「小隊長! これをご覧ください!」
一緒に家宅捜索しているベサージュの部下らしい騎士が慌てている。
「これはッ……! ライブ会場限定プリントシャツだと……! ということは貴様、ライブに参加したのか!?」
「違うんですぅぅーー! これは同志のシルたんファンから買い取ったもので……! でも宝物なんです返してぇぇぇッ!?」
「異端の上に転売品とは……! ますますもって許せん押収だ! この分ならまだまだ出るぞ! 床板を剥がしてでもくまなくさがせ!」
「「「「了解、小隊長!!」」」」
部下さんたちもやる気たっぷりだ。
さて、そろそろ……。
「……ベサージュ小隊長?」
「しかし、何という物量だ。これは私が取り扱った中で最高のヤマになりそうだな!」
「ベサージュ小隊長……」
「もっと探せ! イヤ、待て……!? これは! シルたんファンクラブ会員証!?」
「おい、ベサージュ」
「ハハハ! ついに決定的な証拠を上げたぞ、この異端者め! ひっ捕らえろ! コイツにはファンクラブの背後関係を洗いざらい吐いてもらうぞ!」
「……」
イラッと来たのでベサージュくんのふくらはぎを狙ってローキックした。
「ごほッ!? 痛い!? 何をするハイネ補佐役!? 我々の任務を邪魔するのか!?」
「どこが任務ですか? 僕には罪ない人の家に押し入って部屋荒らしているだけにしか見えないんですが?」
「何を言う! アレもコレも! 言い訳できないほどド真ん中アイドルグッズではないか! しかも保存状態超良好!!」
と言って、先ほどから掘り出しまくっている意味不明物質を次々突きつけてくる。
「エーテリアル機器の発達で、こういうのが簡単に大量生産されて出回るようになったからな! 写真にレコード、印刷物! すべて人を堕落させる異端物だ! アイドルという、さらなる恐怖と組み合わさることで!!」
「イヤ、だから……アイドルって何です?」
「は?」「は?」「「「「は?」」」」
この場にいる全員から「は?」って言われた。
ベサージュやその部下たちだけでなく、被害にあってる家主の男性からまで。
「ハイネ補佐役……。貴様アイドルを、シルたんを知らんのか?」
「可哀想な人を見る目やめろ」
「ま、まあ貴様は数日前に田舎から出てきたばかりのお上りさんだからな。知らないのも仕方がない。では私が直々に教えてやろう! アイドルとは!」
「アイドルとは?」
「……………………女の子のことだ」
やっぱりわからなかった。
「女の子が、アイドルなんですか? そしたらアイドルなんてそこら中にいるんじゃ……?」
「バカァ! シルたんをそんじょそこらの女どもと一緒にするなよ! アイドルはな、綺麗で可愛い女の子のことだ!!」
「……それでも割とあちこちいるんじゃ? カレンさんだって綺麗で可愛い方だし……」
「ぐぼぁッ!?」
ベサージュがいきなり倒れた!?
「ハイネ貴様!」
そして起き上がった!?
「アイドルカレン様なんて、どんだけ恐ろしい想像をさせるんだ! 危うく意識が飛びかけたわ!」
「さっきからベサージュ小隊長が別の世界の人に思えてならないんですが……」
「わかった。私の説明がまだまだ至らなかったことは認めよう。それを踏まえてより精密な説明をするとだな。……歌って踊れる可愛い女の子だ」
「それって酒場にいる踊り子とか、旅芸人とかそういうヤツですか?」
昔、故郷の村に住んでいた頃、父さんのお供で何回か行った隣町でチラッと見かけたことがあるし、村にもお祭りのある年に一回旅芸人の一座が来ることがある。
それを思い出して言ってみたら……。
「シルたんを場末の芸人と一緒にするなブッ殺すぞぉぉーーーッ!!」
「うっせえ! 職業に貴賤はねえよ芸人バカにすんな!」
ますますわけがわからなかった。
* * *
事態が収束するまで、さらに数十分かかった。
「……つ、つまりアイドルというのは自身の魅力で人々を癒し、それを仕事にする若い女性のことだと? で、その一環として歌ったり踊ったりすると?」
「……そ、それで行こう。それだけのことを説明するのになんでこんなに疲れるんだ?」
そりゃこっちのセリフだよ。
部下の騎士たちや、家主の男性すらも同じように疲れて部屋のあちこちに転がっていた。
「……でも、なんでアイドルを騎士団が取り締まるんです? 聞くだけではたいへんけっこうなお仕事じゃないですか。人々に癒しを与えるんでしょう?」
「それが問題なんだよ! シルたんはな、この世界中全部の人々を癒す究極のアイドルなんだ! だから我々光の教団の恐ろしい敵なんだよ!!」
「は?」
というかベサージュ小隊長、さっきから誰よりそのシルたんとやらにご執心なきが。
……ええと、シルたん、って名前のアイドルなのか?
さっきから「シルたん」「シルたん」うるさいが。
「でも、なんで世界中の人々を癒したら、光の教団の敵になるのか……? まさか信者を取られるとでも?」
「そう、その通り!」
「え?」
「シルたんが、正真正銘ただのアイドルなら問題なかったんだよ! でも違う、シルたんことシルティスちゃんにはもう一つの顔があるんだ!」
一番重要な事実がここで知らされた。
「レ=シルティスちゃんは水の勇者なんだよ!!」




