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343 けじめを前に

「しかし貴君らは任務で来てくれたのだ。少しは真面目な話もしておこう」


 結婚を控えて浮かれていたシバが、ほんの少しだけ以前の雰囲気に戻った。

 まあ、しばらくもしないうちにまたすぐ目尻が垂れ下がるんだろうけれども。


「他都市で同時多発している戦闘状況は、無線通信を通じて我が耳にも入っている。実を言うとオレも所用でしばらく留守にしていてな。戻るなり多くの報告が入っていて戸惑ったぐらいだ」


 シバは、公には秘密にしているけれども創世六神の一人、風の神クェーサーの転生者でもある。

 地母神マントル復活の際は、彼にも風の神として大いに協力してもらった。


 ……あの時は、こんなに脳ミソ幸せ漬けにはなっていなかったように見えたが。

 ヨリシロと仲悪いから、それで中和されたのかな?


「四魔王のうち、既に三体が人類と激突した。しかもその結果が勝利でも敗北でもなく、和解とは。耳を疑う報告だ」


 シバがそう感想を漏らすのも、無理からぬことだろう。


 何しろコイツは、世界で初めて魔王と遭遇した第一人者。

 初めて人類の前に現れた魔王は風の魔王ラファエルであり、それを矢面に立って迎え撃ったのが他でもないこのシバだ。


 あの時は、居合わせた僕との二人がかりで、何とかラファエルを消滅させたかに見えた。

 その代償としてシバは、風の教主でありながら勇者をも兼任できるだけの戦士でありながら、それを続けることができなくなるほどの再起不能ダメージを負ってしまった。

 それが妹であるヒュエに勇者の座を譲り、自身教主職に専念するきっかけにもなったのだが。


「シバ、お前に聞きたい。人と魔は手を取り合えると思うか?」


 人間の中で唯一、魔王と取り返しのつかない段階まで争い合った彼の意見を聞きたい。


「それは俺よりも、魔王のヤツに聞くべきではないのかな?」


 シバは鷹揚に答えた。


「あの戦いで甚大なダメージを受けたのはお互い様だ。風の魔王ラファエルは、細胞一つ一つを羽虫に変えていくらでも再生できる能力を持っていたが、お前の暗黒物質で細胞数個分を残してすべて消滅させられた」

「たしかに、あれを全快させるのはいくら魔王でも容易じゃないだろう」


 そのせいか、ラファエルの行動は他の魔王と比べて若干鈍いようにも思える。


「普通なら、そこまでされて恨みをもたない者はいないな」

「そんな!」


 堪りかねたようにカレンさんが口を挟む。


「そんなの理不尽です! 魔王ラファエルが現れた時、先に攻撃してきたのは向こうなんですよ! こちらは応戦しただけ。それで大ケガを負わされて怒るなんて、逆恨みじゃないですか!」

「その理屈はもちろん正しい。しかし相手には相手の理屈があることもたしかだ」


 結婚して、違う考えを持つ他者の存在を認識できるようになったというシバは言った。


「しかも厄介なことに、理屈というのは正しい正しくないはそれほど重要ではなくてな。客観的に見て百人が百人間違っていると断定できる屁理屈でも。一人が正しいと信じ込めば行動原理になりえる」

「戦いにおいては特に」

「無論こちらとて、明らかに間違った理屈で滅ぼされて堪るか。攻めて来るなら真っ向から迎え撃つのみ。我々にできるのはそれまでだ」


 我々にできるのはそれまでだ。

 それが、シバの出来ることの限界を表す言葉だった。


「間違った主張に対しては、戦って打ち破る以外に方法はないと?」

「他の魔王や教団のように、手を取り合うことはできるかどうか。それは向こうの決めることだ。我々ではない」


 シバの教主として冷徹な判断力が示された。

 彼らと風の魔王との戦いは、もうずっと以前から始まっていた。

 それはこれから始まった他の魔王との戦いとはかなり違うものになるだろう。

 互い匂わせた傷は煙のように消え去ったりはしない。


「というわけで我が風の教団の武力、風間忍と風の勇者には引き続き警戒を命じてある。仮に今ここで魔王が襲ってきても、すぐさま対応できるようにな」

「街中お祭り騒ぎかと思ったが、引き締めるところはキッチリ引き締めてあるんだな」

「当然だ。というか今の危険なご時世で、我が結婚式もできるだけ簡素に行いたいと思っていたのだがな。下々の連中が、結婚する当人にかまわずお祭り騒ぎよ」


 苦笑顔のシバ。

 なんのかんの言って、皆から祝ってもらえるのが嬉しいようだ。


「あの……、風の勇者ってことは……!」


 カレンさんがモジモジしながら言う。


「その、ヒュエちゃんも……?」

「無論だ、ルドラステイツへ来たからにはアイツにも是非会ってやってくれ。アイツもキミたちのことを日頃から気にしているようだった」

「は、はい……!」


 おずおずから一転声を弾ませるカレンさんだった。

 彼女にとって同じ勇者の仲間は、大事な友だちでもある。火の勇者ミラクや水の勇者シルティス、地の勇者ササエちゃんとも交流を温めあって、残るヒュエのことも気になるのだろう。


「アイツも、来たるべき魔王戦に備えて色々準備をしているようだ。既に魔王との対戦を経験した者としてアドバイスをくれると嬉しい」

「はい、ではさっそく!」


 カレンさんはすぐさま席を立ち、今すぐヒュエのところへ向かう所存だ。

 まだ彼女がルドラステイツのどこにいるかも聞いていないのに。


「教団の者に案内させよう。俺は仕事が溜まっているゆえ、行くことができないとキミたちから謝っておいてくれ」


 マントル復活のために大分時間を割かせてしまったから、そりゃ仕事も溜まるだろう。

 しかもこれから結婚式を控えているという、あからさまに忙しそうな状況で。

 ……ゴメンねシバくん?


「わかりました! ハイネさんとドラハさんも一緒に行きましょう!! ヒュエさんはああ見えて寂しがり屋ですから!」

「わかりましたカレン様」


 部屋を駆け出すカレンに、ドラハも続いていく。

 室内に僕とシバの二人だけが残ったことを確認して、声を潜めて尋ねる。


「それで……、神勇者の方は?」

「問題ない。インフレーション――、ヨリシロのヤツは既に神勇者となるべき因子をヒュエの中に埋め込んでいる。あとはそれに向けて神の一部を流し込めばいいだけだ」


 本当にいつの間にそんなことをしたのか? とシバは訝っていた。


「ただ、それとは別に気にかかることもあってな」

「気にかかること?」

「そのためにも、お前も一度ヒュエに会ってみてくれないか。アイツは、風の勇者であると同時に、このトルドレイド=シバの妹でもある。アイツには納得のできる戦いをしてほしい」


 創世六神を分けて二極四元素。そのうち四元素の神の中でもっとも早く人間の可能性に着目した風の神クェーサーは、人間を学び己が力へと変えるために幾度も人間に生まれ変わった。

 そのたびに新しい家族を持ち、恋人を持ち。常に新しい気持ちで大切な人々と接してきた。

 風の神クェーサーが何度生まれ変わろうと。

 たった一度しかないトルドレイド=シバの人生においてヒュエはたった一人の妹なのだ。


「わかった、行ってみよう」


 僕も席を立って、先に部屋を出たカレンさんたちのあとを追った。


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