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342 家庭人の変貌

 僕らはこのお祭り騒ぎを掻き分けて、ついにその発端というか、中心となる人物へのお目通りを果たした。


「遠いところをよく参られた」


 風の教主トルドレイド=シバ。


「ヨリシロから既に要件は聞き及んでいる。無線通信でな。光の教団からの心配り、風の教主として感謝を表明する」

「はあ……?」

「風の教団は、貴君らの風都滞在を歓迎しよう。自分の故郷だと思っていくらでも滞在していていってくれ」

「………………」


 僕は思わず言ってしまった。


「お前気持ち悪い」

「ん?」


 訪問先の最高責任者に対する第一声としては、この上なくダメな文句だということは自分でもわかっている。

 しかし言わずにはいられなかった。

 いやだって……。


「キミそんなキャラじゃなかったでしょう!?」


 何そんな真っ当な歓迎の挨拶述べてるの!?

 初めて出会った頃の風の教主トルドレイド=シバは、もっと傲岸不遜で斬り味鋭く、触るもの皆傷つけるギザギザハートな人だったはず!!

 それが何このまろやかさ!?


「ハイネさん! いくらなんでも失礼ですよ! 他教団の教主様に……!」


 とカレンさんに窘められるのも当然のこと。


「いいのだ光の勇者よ。俺とハイネは、もはや数百年来の友人と言ってもいい。多少砕けた口調の方が親しみを持てるというものだ」


 しかしこの風の教主は聖人めいたセリフを吐いてきやがった。

 昔の斬れ味はどこへ行ったのシバさん!?


「何と言うか……! お前もルドラステイツの街もすっかり様変わりしちゃったと言うべきか……!」

「ああ、ここに来るまでに街の様子は目撃済みか」


 ここ、というのは、今シバが僕たちを応対している風の教団本部の応接室。


「大袈裟なヤツらだ。結婚など、誰でも一回は済ませる通過儀礼だというのに。それをやるのが教主というだけで都市を挙げての祝賀ムードだからな。……まあ、祝ってもらう側としてはとても嬉しいが……」


 と、かなり高得点な大人の対応だった。


「貴君らも、式には是非とも参加してほしい。それまでの滞在はこちらで保障させてもらうので、観光や交流など思うように過ごしていただければよかろう」

「やっぱり気持ち悪いな……! シバくん、なんでそんなに丸くなっちゃったの?」


 人間、角が取れたら終わりだぜ。

 しつこいようだが、初めて出会った時のエッジの利いたシバはどこへ行っちゃったの!?


「ハイネよ……。独身のお前にはまだわからんかもしれんがな、男というのは結婚することで人格に厚みが出てくるものだ」

「はあ……」

「独り身の頃は、若さに任せた烈気と独りよがりで、何でもできると思い込むものだが。愛する女が出来、家庭を営み、守るものを持つようになれば、自然と烈気も和らげられるのだ」

「……」

「根源的に女性というものは優しく穏やかだ。その女性と一緒になることで、男の根源にある粗暴さは息を潜める。人格的に成長できるわけだな。結婚というものには、そういう効果もあるわけだ」


 なんか……、話が説教的な流れに……!?


「加えて、パートナーを持つことで他者を認識し、自分とは違う考えの人間がいることを認めることができる。元々男と女は体の作りからして違うのだから、考え方も同じであるわけがない。そんな異性と一緒になり、些細な生活のことから意見をぶつけ合うことで、それを乗り越え和を成していく知恵を身に着ける」


 人として成長する。

 それもまた。


「結婚の意味だぞ、ハイネ」

「知ったこっちゃないよ!」


 なんで僕が教え諭される方向性になっているんだ!?


「素晴らしいです風の教主様! 私、アナタのお言葉に感動しました!!」


 カレンさんが乗っかった!?


「結婚にはそんな意味もあるんですね!? 好きな人と一緒になることで、自分も人格的に成長する! 素晴らしいお言葉です!!」

「光の勇者よ、それは少し違うぞ」


 おい教主。泰然自若と語るな教主。


「自分が成長するのではない。結ばれた人と一緒に成長していくのだ。家庭という単位で一つとなった男女は、まさに同体。一方だけが進むことなどあり得ない」

「ますます素晴らしいです! 私も何だか結婚したくなっちゃいました!!」


 やめて。


「あの……」


 そんなこんな言っていると、僕らに同行するドラハがやっと一言目を口にした。

 精神的に若い彼女は、こんな場で発言することも特にないので、黙ってコーヒーをチビチビしていたが。


「この黒い飲み物、苦くておいしくないです。紅茶はないんですか?」


 と言い出した。


「ドラハァァーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!?」


 僕は絶叫してしまった。

 何故なら今彼女が言ったのは、超コーヒー党であるシバをキレさせるセリフ第一位だからである。

 彼の前ではコーヒーにミルク砂糖を入れることすら許されないというのに、代わりに紅茶を出せとか言ったら必ずシバをキレさせる。

 今までのシバなら必ずキレる!

 と思ったが……。


「そうか、やはり若い舌に苦味は合わぬものだな。……おい」


 とシバは、傍に控えていたメイドに命じる。


「この娘に甘いカプチーノを淹れ替えてやってくれ。砂糖ミルクを多めにしてな」


 変わった!!

 このシバ完全に豹変した!!

 自分と味覚が違うものを許容できるなんて!! 既婚者シバ完全無欠か!?


「凄いですハイネさん! これが結婚の力なんですね、これは私たちもぜひ見習うべきです!!」

「覚悟が足りないので嫌です!」

「あとすみません! 私にもカプチーノを!!」


 人間、生まれてから死ぬまで同じ性格でいられるわけがない。

 様々に経験し、環境の影響を受けて、自由に在り方を変える。


 それが人間の凄さだと言えなくもない。

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