341 いわば春風
こうして僕たちは途中から進路を変え、風都ルドラステイツを目指すこととなった。
ルドラステイツは、世にも珍しい超巨大エーテリアル駆動機関の上に建っている都市で、その特性上常に移動している。
そのため所在を掴むことは非常に困難で、他教団からは『幻の都市』と謎めいて見られたものだった。
しかし教団間での友好が進んだ現在。ルドラステイツは行く先々から無線通信を発し、みずからの所在を伝えてくるので訪れることは比較的容易。
僕とカレンさんも列車を乗り継ぐことで最寄りまで到達し、あとは一日ほどの徒歩行程で、もう幻の都市が見えてきた。
それでも一応、都市内に入るための審査はあるらしいが、僕たちは教団の最高権力者から許可をもらっているので顔パス。
普通に入ることができた。
久方ぶりの風の都市。
初めて訪れたのは五教主会談が開かれた時のことで、その次は新旧勇者戦の時だった。
今回は三度目の訪問。
しかも今回は一度目、二度目の訪問から随分と印象が変わって……。
お祭り騒ぎだった。
* * *
『welcome toようこそルドラステイツへ!!』
そんな横断幕が、入管を通り抜けた僕たち一行を迎えた。
それだけじゃない。
ルドラステイツの街並みは、それはもう華やかなもの。
建物を飾る垂れ幕や、そこかしこに上がるアドバルーン。通り過ぎる店の軒先には一つの例外もなく花が飾られて、道行く女性たちは全員が「これから舞踏会にでも出かけるの?」と聞きたくなるぐらいに着飾っていた。
「……一体何なんでしょう、この騒ぎ?」
僕と一緒に街へ入ったカレンさんも、この街の狂態ぶりに呆気に取られてしまっていた。
「……僕が記憶するに、ルドラステイツってもっと静かというか、殺伐とした雰囲気の都市だった気がするんですが」
僕も負けず劣らず呆気に取られている。
ルドラステイツは、無機物の上に建てられた都市、という印象のせいか全体的に人工の硬さ冷たさが前面に出て、人間味が窺えない都市だったと記憶している。
元来強固な秘密主義を何世紀にも渡って徹底させてきた風の教団。
その頑なさを言い表すかのように、初めて来た時のルドラステイツは訪れた者を拒絶する、寒風のように冷たい都市だった。
それが……。
「今や南国の風……」
人、賑やかで温かい。
街並み、華やかで派手。
とても前来た街と同じだとは思えない。
一体僕たちが去ってまた来るまでの間にルドラステイツで何が起こったのか!?
「……ハイネさん、アレを見てください!!」
カレンさんが何かに気づいて指さす。
僕も、その指が示す先に視線を走らせると、そこには普通の商家があった。
やはり他の店同様尋常じゃない飾りつけでお祭り状態であったが、それは現在都市内のどこのお店も同じで、別段目立った風でもない。
……という感想を持つ時点で、街全体が狂気の沙汰なんだが。
「違います! 見てほしいのは、あの看板の方です!」
「看板?」
たしかに、店の軒先には急ごしらえっぽい看板があって、そこにはめでたそうな字体で、こう書き殴ってあった。
『教主様ご結婚記念セール!! 最大90%オフ!!』
「きゅうじゅっぱーせんと! おふッッ!?!?!?!?!?」
何という値引き率!?
いや待て、騙されるな僕!
そんな法外な値引きをしては店自体が崩壊する! 『最大90%オフ』の『最大』というところがミソだ。
つまり店内の数ある商品の中でも一個だけ定価の一割の値段で売っていれば『最大90%オフ』という触れ込みはウソにならない!
あとはそれ以外の商品を50%オフ? 30%オフ? もしくは定価そのままで売っていても『最大の範囲内の値引き』ということで許されてしまうんだ!
定価でも買わないゴミみたいな商品を法外な値引きして客寄せにし、本当に売りたい商品を適正な値段で売りつける周到な商売!!
でも、よく探せば客にとっても嬉しい値引き商品があるかもしれない!
店に入って探してみよう!!
「ハイネさん! ハイネさん! 違います注目すべきはそこじゃないです!」
何ですとカレンさん!
「見てほしいのは、値引き商品の上の方……! 『教主様ご結婚記念セール』ってところです!!」
「教主様……、ご結婚……?」
それを記念して安売りをしてるってことか……?
「教主って……、ヨリシロが結婚するんですか?」
「何でそこでウチの教主様が出てくるんですか? ここは風の教団の本拠ルドラステイツですよ!? そこで教主と言えば、風の教主様に決まっているじゃないですか!!」
あ。
風の教主トルドレイド=シバ。
そう言えばアイツ結婚するとか言ってなかったっけ?
だとすると、この風都の全体でのお祭り騒ぎは、それを記念して祝うためのもの!?
「そりゃあ、教主と言えば教団のトップだし、その慶事となれば教団全体を挙げてお祝いすべきだろうけれど……」
それにしてもクールで鉄面皮な人々ばかりだと思っていた風の教団がここまで湧き上がるとは。
意外にシバのヤツは教徒たちから好かれているのか?




