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335 エウダイモニア

「おおおおッ!! 『樫木拳』!!」


 ウリエルの繰り出す拳が、ササエちゃんをフッ飛ばす。

 ヘタレであってもさすが魔王。基本的に戦闘能力は世界屈指のレベル。


「やっと接近戦を始めたわね。ウリエルが自分の体で戦うのって、初めて見た気がするわ」


 これまでスライムとかゴーレムとか使って、いつも何か越しの戦いだったから。

 これもヘタレ魔王と言われる所以か。


「しかし一度接近戦に持ち込めば、ウリエルは強い」

「元来、地属性はもっとも接近戦に適している。固体に作用して、硬軟、軽重、鋭鈍を思うがままに設定操作できるのが地の神気。その力は肉薄して殴りつけてこそ大いに発揮できる」

「でもそれは、ササエッちだって同じ条件よ」


 まして地の勇者ササエちゃんには技術がある。接近戦を有利とするため長い時間をかけて培われた大鎌の扱い方を、お婆さんやヨネコさんから受け継いでいる。

 それに対して、自身の代からやっとインテリジェンスをもつことのできた魔王ウリエルには、どう考えても積み上げられたノウハウなどない。


 技術において差は歴然。

 その差を埋められる代わりの何かは、意地しかない。


「クソッ! クソッ!! 何だよ、何なんだよ!? 皆してわけのわかんないことばかり言いやがって!!」


 ウリエルのヤケクソももはや限界を超えていた。

 彼自身の樹木の体を、人の型から解き放ち滅茶苦茶に伸張させることで、何とかササエちゃんに斬り刻みに対抗できている。


「僕は! 僕はただ、人間を滅ぼしたかっただけだ! 人間を滅ぼして、人間が占めていた支配者の座に、モンスターが代わって就く! それだけの戦いじゃないか!」


 ウリエルはわめき散らしながら、拳を乱打した。

 こんなはずじゃなかったと言わんばかりに。


「なのになんで、こんな苦しい思いをしなきゃならない!? こんな怖い思いをしなきゃならない!? 僕は魔王だぞ! 地上最強の存在だ! それが脅かされなきゃいけないのは何故だ!? いや、そもそも何故僕は、怖いとか苦しいとか思うようになった……!?」


 何故怖いのか? 何故苦しむのか?


「ずっと前は、そんなこと思いもしなかったはずだ……! 我が母も、僕の前に生まれてきた同族たちも、怖いとか苦しいとか思うことなんてなかった。それは……!」


『思うこと』自体なかったからだ。

 いかなる思考も感情も、『感じる』という根幹そのものがなければ存在できるはずがない。


 魔王が生命の危機を感じて怯えるのも、危機に必死に抗い苦しいのも。

 感じる心を持ったから。

 心を持つ生命となった魔王だからこそだった。


「なんてこっただよ! 僕らは、こんな思いをするために生まれてきたって言うのか!? 辛い苦しいを知るために生まれてきたのかよ!? こんな強い敵と出会って、痛い思いをするために……!?」


 ウリエルが何十本と根を伸ばし、鞭か棍棒のように振るっても、ササエちゃんの大鎌は片っ端から切断して無意味だった。

 人は、生命の危機を感じるからこそ、それに対して恐怖する。

 きっと魔王も。


「こんな思いをするなら……! 最初から心も命も持たなければ……!? そうすれば、思うことも、感じることも……!?」


 なかった。


「思うことも感じることも……!? 今こうして苦しい思いにヒーヒーしている自分自身を感じることもなかった!? 僕自身いなかった!? 存在しなかった!? 思うことは……! 存在することと同じ……!?」

「思うゆえに我ありだすか」


 鎌を振るう手を止めず、ササエちゃんが言った。


「祖母ちゃんの二番目の息子のレウシ伯父ちゃんが、そう言っとっただす。去年、病気で死んじまっただすが、最期まで哲学のお人だっただす」


 ササエちゃんの親戚本当に幅広いな。


「オラだってキツイことは嫌いだす。痛いこととか嫌なこととか、せずに済ませられればそれに越したことはないだす。でも、どんなにしんどかろうと感じること自体できなくなったら、それが一番悲しいことだす!!」

「そうだよな……! そうだ! 僕はもう魔王だ。心を持ってしまったんだ……! 今更心を手放せなんて、それが一番苦しくて怖いに決まっている……!!」


 戦いの手が、一時止まった。

 ウリエルは自分自身の、異形の樹体をたしかめ直すように見下ろした。


「僕は嫌だ。どんなに苦しくて怖いことがあるとしても、この心を手放すことは、絶対に嫌だ」

「オラもだす」

「何故僕は、こんな存在になってしまったんだ? 苦しい、怖いに苛まれて。こんな思いをするなら、最初から生まれてこなければよかった? 違う、違う!」


 生きることにどんな苦痛が待ち受けていたのだとしても、自分が生まれた事実そのものを間違いにはできない。

 そんな気持ちがウリエルの中にもあった。


「わけがわからない! 理論的ではないよ、こんなこと!!」


 矛盾。

 理論でしか物事を語れないものは、矛盾の前にただ無力だ。

 そして今ウリエルは……。

 魔王ウリエルは、それを乗り越えようとしている。

 理論では解き明かせない問題を越えて、その先へ。


「一体誰だ!? 一体誰が僕をこんな風に生み出した!? こんなわけがわからない、説明もできないものに! 誰だァ、僕を生み出したのは!?」


 その瞬間、ウリエルの目が一ヶ所に留まった。

 それは今の敵、ササエちゃん。

 いや、ウリエルが見ているのはササエちゃんのその奥にいる、別の存在。

 今はササエちゃんの中で力を与えている、神なるもの。


「そうか……、アナタだった」

「……?」

「アナタはたしかに言った」


 モンスターは神が生み出したのだと。

 神が道具とするために生み出してきたのだと。


 その言葉をウリエルは今、しっかりと思いだしたのだろう。


「僕たちを生み出してくれて……」


 地の魔王ウリエルは言った。


「……ありがとうございました」


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