333 大将戦
「ファンタスティックだわ! ビーストだわ! これが戦いにおける人間の文化『兵法』ってヤツなのね!?」
なんかガブリエルさんが興奮されておるが、僕この魔王とあんまり面識ないし、そっとしておこう。
「ねえ、これ、もしかしたらこのまま終わるんじゃない?」
シルティスの意見に僕も賛同だった。
指揮官の実力は、こうして危機に陥った時に巻き返せるかどうかで示される。
しかしウリエルは包囲状態に置かれたと気づいた瞬間、戦列の薄くなる鶴翼陣形の弱点を見抜けず、正面突破の選択を捨ててしまった。
逆転を逆転で覆せるタイミングを逃し、状況はさらに悪くなる。
タイミングは見逃せば見逃すほど挽回し難くなる。
正直ウリエルに、これ以上悪くなった状況に対処できるほどの知恵や胆力があるとは思えない。
ならばこの先は、ササエちゃんの作った流れに押し流されていくのみだ。
「魔王……。いまだ、大きな神気に頼り切るだけの存在だったか」
同等の神気を持つ相手と対した時、こうも脆いとは。
雑感めいた僕の独り言に、ピクリと反応する者がいた。
* * *
「くそ……! くそぉぉぉぉぉーーーーッッ!?」
そしてウリエルの方は、いよいよダメな感じになっていた。
すでに自軍のゴーレムは五分の一程度が討ち取られ、新たなゴーレムを投入しても間に合わないペースだった。
「こうなったら密集して守りを硬くするんだ! 敵の攻撃を耐え凌げーーッ!!」
愚かな選択だった。
密集陣形で踏みとどまれば内側の味方は身動き取れず、外側から少しずつ削り殺されていくしかない。
ウリエルはまたしても、悪い状況で悪い選択をしてしまった。
女神ゴーレムたちは、もはや殺戮の首狩り女部族となって、ウリエルのゴーレムたちを虐殺するばかりだった。
ここに来て、さらにお互いの性質が優劣に影響した。
思えば、ライフブロックを核にして生まれる正真正銘モンスターとしてのゴーレムは、ライフブロック自体にある程度考えながら実行する自己判断機能がついている。
それに対してササエちゃんが生み出した女神ゴーレムは、体を構成した土くれ一片に至るまでササエちゃんの神気が通い、神気を通して動くマリオネットのようなもの。
いわばライフブロックに判断を任せた半自律型のウリエルゴーレム。
ササエちゃんによる完全操縦の女神ゴーレム。
その差は様々な局面において有利不利に繋がるだろうが、この場合完全にウリエルの不利に傾いていた。
ライフブロックに判断を任せることができるからこそ、指揮官たるウリエルへの負担が減るわけだが、ウリエルがここまで下手を踏んでは負担を減らしている意味がない。
むしろ追い込まれた状況ではゴーレム各自の奮戦が肝心なところなのに、半自律型のウリエルゴーレムは、半自律型であるがゆえに状況の即応できず、色んな方向から攻撃される包囲攻撃に混乱して撃破されていった。
それに対してササエちゃんの女神ゴーレムは、細かいところまでササエちゃん本人が操作してやらねば動かず、その分ササエちゃんへの負担は膨大なものとなるが、その問題自体既に神勇者となることでクリアされている。
となればあとは、女神ゴーレム軍団全体がササエちゃんの手足のようなもの。一軍そのものが一体の生き物のように動ける。
各自の連携が出来ている者といない者。どちらが勝つかなど考えるまでもなかった。
もはやウリエルの基本形ゴーレム軍団は、ササエちゃんの女神ゴーレム軍団に刈り尽されるのを待つばかり。
これが人間同士の戦争だったら、白旗上げて全面降伏で終わりになるところだろうけど……。
「こうなったら……! こうなったら……、僕自身が出る!」
お。
「というか何故そうしなかったんだ!? 僕は魔王、僕自身の実力は今まで吐き出したゴーレム全部を合わせたより高い! この僕みずから突っ込んで、敵軍を蹂躙してやる!!」
そこに気づいたか、軍が包囲された時点で取るべき選択肢でもあったが、今からでも充分間に合う。
ただし、見落としている点が一つ。
その切り札は、相手も同じものを持っている。
「ではお望み通り、お相手つかまつるだす!!」
「何ぃッ!?」
低空から襲い掛かってくる大鎌の刃を、ウリエルは何とかかわした。
なんとウリエルの目の前に、突如大人ササエちゃんが現れたのだ。
「お前ッ!? 何故ここに!?」
戦場におけるウリエルとササエちゃんの位置関係は、端と端。それこそ戦場を見下ろす大将として、両軍の一番奥に鎮座していたはずだ。
それがいつの間にかササエちゃん、敵陣深くに切り込んで敵将の目の前にいる?
「半包囲が完成したと同時に、回りこんできただす。最終局面は、大将同士の一騎打ちで一本締めだす!!」
地鎌シーターをかまえるササエちゃん。
これでもうウリエルは完全に王手を指された状態だった。
ササエちゃんは刃を収めたりはしないだろう。
元々正しいかどうかを勝負で決めるという、地の教団らしい考え方を実行に移したササエちゃんだ。
このままウリエルが無抵抗ならば、『魔王滅ぼすべし』というマントルの判断は正しいとしてウリエルを滅ぼしてしまう。
それがイシュタルブレストに住まう地の教徒の考え方だった。
「か……、か……!?」
「お手向かいなさらぬというのであれば、御首頂戴いたしますだす!」
審判の首切り鎌は振り上げられた。
ウリエルとササエちゃんによる地の頂上対決は、これにてお仕舞い……!
「何をやっておるかウリエルッッ!」
そこへ、思わぬ中断が突入した。
ウリエルとササエちゃん、二人の間合いのちょうど中間に火の玉となって飛び込み、地面を割る。
「ひぇッ!? 何だす!?」
「ミカエル!?」
最後の瞬間を止めたのは、火の魔王ミカエル。
筋骨隆々の巨体に炎の翼を広げた四魔王のリーダー格。
仲間であるウリエルを助けるために割って入ったかと思われたが……。
「情けないぞウリエル!!」
「ひぇッ!?」
いきなりその仲間を叱り出した!?
「魔王の一人であるお前が何たるざまだ! お前に根性はないのか!? 魔王とは神気の強さに頼るだけの腑抜けであると、お前のせいで思われているのだぞ!!」
もしかして……!
ミカエル、さっきの僕の呟き聞いてた? それでカチンと来てしまった?
「そんな……、そんなこと言われても……! 僕を助けるために来てくれたんじゃないのかよ?」
「甘ったれるな!! これはウリエル、お前の戦いだ! お前一人で戦い抜かねば意味がないのだ!! しかしお前自身は魔王全員の威信を背負っていることを忘れるな!! 無様な負け方は許さん!! 死力を尽くして戦え!! このオレが見届けてやるから……!!」
言ってることは無茶苦茶ながらも、さらに言った。
「諦めずに頑張るのだ! ウリエル!!」




