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324 斬艶

 魔王と神勇者。

 戦い合うべき二者が同じ場所に集った。


 そう言えばササエちゃんは、最初に「敵がいる」と言って飛び出していった。

 つまり彼女は地都の内にいながら、遠く離れたウリエルの気配を察したというのか?

 信じがたいが、だからこそ彼女はここにいる。


 ウリエルにとっては背後から現れたササエちゃんに、ヤツは踵を返して向き直る。


「背後から斬りかかって来るとは卑怯千万なヤツ。……だが、魔王たる僕を両断できるほどに強力な地の神気……!?」


 ウリエルは、何かに気がついたかのようにハッとする。


「なるほど、噂の神勇者というヤツだね? ミカエルを大いに手こずらせたのは僕も知っている。その牙が、地の領域にも侵食してきたというわけか」

「……」


 ササエちゃんは何も答えない。

 ただ地鎌シーターを脇構えにし、戦意があることだけは入念に示した。


「いいだろう! クロミヤ=ハイネの前に、まずはキミを餌食にしてやろうじゃないか! いかなる手段を用いても、人は魔を越えることはできないと教えてあげるよ!」


 戦意を告げると共に、ウリエルはササエちゃんへ真っ直ぐ指さし、言った。


「朽ちて土に還るがいい!」


 そしてすぐさま僕の方を向いて、ドヤ顔するウリエル。

 え? 何?


「魔王の強さを誇示するために、『決めゼリフ』というものが必要だという話を聞いてね。僕も一句考えてみたというわけさ! どうだい? カッコいいかな?」


 あー。

 アイツが地の魔王であることと、『土に還れ』がかかっているわけね。

 ……うん、まあよし。


「さて、出だしもよいことだし、前座はサクッと片付けて、主敵たるクロミヤ=ハイネを……ッ、うひゃあッ!?」


 しかしササエちゃんは何事もないかのように斬りかかり、またしてもウリエルの体を真っ二つに両断した。

 大抵のダメージなら瞬時に回復してしまう魔王じゃなければ、即座に終わってしまう攻撃ばかりだ。


「コイツッ!? 僕の決めゼリフを聞いてなかったのか!?」


 当然のように、鋭利に切断された断面を繋ぎ直すウリエル。


「いいだろう、風雅を解さないヤツはすぐさま叩き潰してくれるよ!!」


 ウリエルは、当面の敵と認めたササエちゃんに両腕をかざすと、その樹木の腕の表面から、粘性の高い液体のようなものを搾り出した。

 それは、ウリエルが樹木人間であるだけに漆のようにも思えたが、しかし地面に落ちて一塊になった半液体には見覚えが……!


「あれは、スライム!?」


 過去に新旧勇者戦に乱入した地属性モンスター!


「これまでの攻撃を分析し、キミの得意はその大鎌による斬撃と見た! 半分液体のスライムをどれだけ斬っても意味はないよ! しかもコイツは触れたものを何でも溶かす!!」


 たしかに、ササエちゃんの斬撃攻撃にとってあれは天敵というべきだろう。

 スライムの猛威は、新旧勇者戦に割って入った時存分に発揮された。大きさ自体は、あの時のものより遥かに小さいが、それでも大人になったササエちゃんを丸呑みにするくらいの体積は充分にあった。


「さあ、ドロドロに溶けろ!」


 ところで、これ僕も参戦した方がいいのかな?

 流れ的にササエちゃんとウリエルの一騎打ちみたいになってるけれど、人類のためには僕も参戦して確実に魔王を潰すべきだし。

 でも、あのササエちゃんが得体の知れなさ過ぎて、迂闊に手を出すのも怖い。

 ここはウリエルを生贄に、神勇者ササエちゃんの出方を窺うタイミングと見た!


 とか言ってる間も、スライムがササエちゃんを飲み込もうと襲い掛かるが……。


 ヒュヒュン、と。


 虫の羽音のような音をたて、地鎌シーターが躍った。


「な?」「は?」


 僕もウリエルも一言呻くのが精一杯だった。

 瞬きする間に何百回と斬りつけたのだろう。スライムは細切れをさらに細切れにされたぐらい細かく斬り刻まれ。千々の飛沫となった。

 あれでは半液体のスライムと言えど元通りにはなるまい。あまりにも細かくなった切れ端は、森の間を流れる微風に流され散り、二度と元には戻らなかった。


「な……! なんだ……? なんだ……!?」


 これにはさすがのウリエルも動揺し、無意識だろう、一歩退いた。

 かつて一睨みするだけで勇者を金縛りにしていた魔王が、逆に勇者に圧倒されている……!?


「……足りんだす」

「え?」

「これくらいじゃ斬り足りんだす。手応えもないし量も少ないだす。もっと斬り応えのあるものを、たくさん斬り刻みたいだすぅぅぅーーーッッ!!」


 と言い終わるや否や、その時にはウリエルは、ササエちゃんの間合いの中だった。

 ヤツ自身も僕も、ササエちゃんの足運びをまったく捉えられなかった。

 ザンッ。

 またさらにウリエルの体が、輪切りになった。


「バカめッ! どれだけ斬ろうと僕の体は再生し……!」


 ザンッ。ザンッ。ザンッ。ザンッ。ザンッ。ザンッ。ザンッ。ザンッ。

 忠告されようとササエちゃんの手は止まらない。やはり魔王の体は硬いのかスライムの時ほど瞬息ではないが、それでも勢いのままに大鎌はウリエルの体内を何十往復もする。


「え? ちょ、その……!」

「斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす……!」


 ササエちゃんは何を思って斬っているのか?

 魔王を倒し、世界の平和を守るため? 違う気がした。ササエちゃんは今、純粋に斬ることだけを目的に斬っている。

 斬ることに快感を感じている?


「斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす……!!」

「いや、いや……!」


 どれだけ細切れにしようと、魔王の再生力はそれを上回る。

 しかし神勇者ササエちゃんにとってそれは、むしろ朗報ではないのか? 斬っても斬っても尽きないオモチャが、目の前にあるということだから。


「コイツ……、僕のことを敵だと見ていない? いや、生命だとすら……!」


 ウリエルもまた斬られ続けながら、相手の瞳を覗き込んで、気づいた。

 その瞳に映りこんでいるのが、ただの細切れの断片でしかないことに。


「僕を、ただの斬り刻めるだけの何かだとしか……!」

「斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす。斬るだす……!」

「うわ……! うわひゃあああーーーーーーッッ!!」


 魔王が悲鳴を上げた。

 まさしくそれは恐怖の悲鳴だった。

 得体の知れないもの、自分を脅かすもの、自分の何もかもを否定するもの。

 人はそうしたものに恐怖を抱くが、ウリエルにとって今のササエちゃんはその全部だった。


「わひゃおーーーーッ!!」


 ウリエル、渾身の地の神気を放ってササエちゃんを跳ね飛ばす。

 そうして距離が開いた一瞬で、ウリエルは相手のいるのとは逆方向へ走り去る。

 逃げたのだ。

 魔王ウリエルがササエちゃんから逃げ出した。


「あっ、待つだす!」


 ササエちゃんはせっかくのオモチャを逃すかとばかりに飛びかかり、鎌を振り下ろす。

 その刃はウリエルの膝から下を斬り落とすが、それもかまわずウリエルは逃げた。繋げば戻るはずの、切断された下肢も置き去りにした。


「嫌だ! 助けて! 助けてぇーーーーッ!!」

「待つだす! もっと斬り刻ませてほしいだすーーーーッ!!」


 逃げるウリエルを、ササエちゃんは追う。

 そうしてすぐさま、遠ざかる二人は豆粒のように小さくなって見えなくなってしまった。


「…………」


 ってか呆けてる場合か!

 僕も追わなきゃ。いくらなんでもあのササエちゃんを放置していいわけがない。

 一度イシュタルブレストに戻って小型飛空機に跨り、すぐさま僕は二人が走り去った方向へ飛ぶ。


 大変なことになったと思った。

 神の一部を分け与えパワーアップさせる神勇者。

 しかしササエちゃんのあの異常なまでの強化ぶり。神と言えども一分ぐらいを付加されてあんな狂態になるわけがない。

 全部だ。

 地母神マントルは自分の全部をササエちゃんに注ぎ込んだんだ!


 まったくあの地母神は毎度毎度加減ってものができないのか!?

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