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323 エンカウント

 こうして飛び出したササエちゃんを追う僕だったが……。


「早速見失った!」


 ササエちゃん走るのが速すぎて、油断してたらアッと言う間に引き離されて霞のように掻き消えた。

 地の神気は、火や風のようなド派手なのとは違って移動力にブーストかからないはずだから、純粋に脚力なのか?

 神勇者化したことで筋力そのものが桁違いに上がったのか?

 実のところ僕は神勇者を直に見るのは、これが初めてなので比較対象もなく何とも言えないが、パワーアップしすぎなんじゃないだろうか?

 だんだん心配になってきた。

 組み合わさったのがあのマントルと、あのササエちゃんだし。

 だからこそ見失ったのは痛く、一刻も早く見つけなきゃなんだけど。彼女を追ってやってきたのは、既に地都イシュタルブレストから随分離れた森の中。視界も悪くなって余計見つけにくい。


 なんかもう無理かな? と諦めかけていた矢先。

 何か別の気配が森の奥から漂ってきた。


「……!?」


 しかもかなり禍々しい気配。

 ここからササエちゃんを発見するのは困難だったため、一度捨ておき禍々しい気配を探ることにした。


              *    *    *


「魔王ウリエル!?」


 そして気配を手繰っていって、遭遇したのは樹木人間の魔王だった。

 今、人間たちが直面する問題そのもの。四魔王の一人、地の魔王ウリエル。

 コイツが何故こんなところに?


「おやおや、ついに行動を開始したら、真っ先に出くわすのがキミとはね。まったく運がない。それとも試練なのかな?」


 全身が歳経た古木のように黒々とした樹木の魔王は、幾分警戒を漂わせつつ、ハッキリと威厳を示していた。


「我らモンスターが、この世界を支配するため、乗り越えなければならない試練だと」

「お前……、何故こんなところにいる?」


 散歩がてらに偶然エンカウントするようなザコモンスターじゃないだろ魔王は。

 ならばコイツがここにいることも、何か意味があるに違いない。


「……クロミヤ=ハイネ、キミにやられて剥げた樹皮がやっと再生してね。どうだい、この黒さ? 樹齢千年を越えているかのようだろう? このヴィンテージ感を出すのにけっこう苦労してね。時間もそれなりにかかってしまった」


 と、ウリエルは、みずからのファッションを自慢するかのように樹木の体を見せつける。

 なんか拘りがあるのか。


「新しい衣装も完成したことだし、僕もついに人間抹殺のために始動するところだったのだよ。この先にある人間どもの都市を壊滅させてやろうとね」


 ッ!?

 地都イシュタルブレストのことか!?


「火の都にはミカエルが、水の都にはガブリエルが行ったのだから、僕もまた己と同じ地の名を冠する街を狙うべきだと思ってね。……ミカエルやガブリエルのヤツは、人間ごときに感化されて堕落した。その恥を雪ぐためにもこの僕が、魔王の使命をまっとうせねば」


 ウリエルの果実のような瞳に、酷薄な光が宿った。


「魔王が堕落? どういう意味だ?」

「仲良し小好しになったということだよ。フン、汚らわしい。ラファエルも既に壊れ物であることだし。まともな魔王は、このウリエルしか残っていないというわけだ。真魔王ルシファー様より任された大役は、この僕一人で果たさせてもらう」


 どちらにしろ敵対心は燃え上がる、か。

 たとえ無敵の魔王でも、この闇の神エントロピーの転生者である僕、クロミヤ=ハイネにはどうあっても敵わない。

 それは、先だっての風都ルドラステイツでの戦いで思い知ったはずだ。


「それでもなお僕と戦うのに躊躇いがないのは、慢心か? それともプライドに支えられてのことか?」

「プライド? なるほど、そうだね! モンスターの王を名乗り続けるため、同じ相手に二度も背を向けるわけにはいかない! クロミヤ=ハイネ! キミはこの地の魔王のプライドに懸けて倒す!」


 当然僕だって、ウリエルを素通りさせてイシュタルブレストに到達させるわけにはいかない。

 人間に一人の被害も出さぬためにも、ここで出会った以上ウリエルは、僕の闇の力で消滅させる!


「いざ!」

「勝負!!」


 僕の闇の力と、ウリエルの地の力がぶつかり合おうとした、その寸前だった。

 ビシュン、と。

 斬の音が流れた。


「ん?」「え?」


 二人揃って素っ頓狂な声。

 それと同時に僕たちの周囲で信じがたい出来事が起こった。

 今僕たちが立っているのは、鬱蒼とした森の中。だからこそ僕らの周りには何十本という樹木が並び立っているわけだが、その森の木が一斉に斬り倒された。


「「ええッーーーーーーーーーーーーーーッッ!?」」


 一体何事!?

 轟音を立てて斬れ倒れる樹木。しかも数十本が一斉なので凄まじいけたたましさだ。

 視界を遮る木の連なりがなくなったおかげで一気に視界が開ける。


「な、なんだ!? 何十という木立が、ただの一薙ぎで斬り倒された!?」

「ウリエル! ウリエル!! お前も斬れてるバッサリと!!」

「え? ……あ、ホントだーッ!?」


 ウリエルも他の木々の巻き添えを食ったのか、腰の辺りから一閃輪切りにされていた。


「……ん?」


 よく見たら僕の着ている服も腹の辺りからザックリ斬れてるー!?

 うお危ねえッ!? これってやっぱり、ウリエルや木々を切断した何かの仕業だよね!?

 恐ろしいほど広範囲の斬撃が、ウリエルもろとも何十本もの木々を斬り倒し、僕すら薄皮一枚分だけ斬撃範囲に捉えていたってこと!?


「うお危ねぇッ!?」


 服の腹部分が裂かれていたってことは、もう少し前に出ていたら僕自身の腹も裂かれて斬り口から臓物こぼれて、とてもグロいことになってたってこと!?


「何だ!? 何が起こった!?」


 輪切りになったウリエルは、上下に分かれた体の断面から細い維管束をいくつも伸ばし、すぐさま繋ぎ合って修復した。

 あの何事もなかったような感は、なるほど魔王の万能性というべきだが……。


「それはともかく……」


 ウリエルは完全に輪切りにされ、僕は腹の部分を薄皮一枚斬られた。

 この位置関係から見るに、ウリエルの背後から斬撃は放たれた?


「苦苦苦苦苦苦……、ようやく見つけただすよ」


 聞くからに禍々しい笑い声で、現れたのは……!?


「オラとしたことが、勢い余って目標を通り過ぎてしまったとは失敗だす。おかげで戻ってくるのに余計に時間がかかってしまっただす」


 振り抜いた大鎌をかまえ直す妖艶姫。

 地の神勇者ササエちゃんだった!!

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