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320 火の盟友

「ぐがががが……ッ!? ちょ、やっぱり魔王の腕力は人間とは違いますわ。全身の骨が折れる砕ける! もうちょっと加減してくれませんかね!? 中身が飛び出てしまいますから!!」


 妹たちにハグされて幸福なはずのサラサさんは、そっとしておこう。

 私たちの注意はもう一方の、そびえ立つ巨漢の方に移った。


「ミカエル……」


 この世界を脅かす……、はずの四魔王。そのリーダー格。

 火の魔王ミカエルは直立したまま難しそうに両腕を組み、まるで黙祷するかのように両目を瞑っていた。

 眠っているかのようではあるが、同時に沈思する哲学者のようでもある。


「……お前も帰らないのか?」


 切り出したのは、かつてミカエルと拳を交わしたこともあるミラクちゃんだった。

 ゆっくりと両目を開ける、火の魔王。


「ガブリエルがあの様子ではな。人間の文化を手に入れるまで帰れないなどとほざきおる」


 向こうでは、前後からガブリエルとシルティスちゃんに挟み込まれたサラサさんが白目を剥いていた。


「オレ自身もな。同胞を救い出すためとはいえ、本来滅するべき人間と共闘してしまった。ウリエルやラファエルから何を言われるかと思うと、帰りづらくはある」

「魔王でも気まずく思うことはあるのか?」


 ミラクちゃんが冗談めかして言うも、ミカエルはいつだって大真面目だった。


「それもまた心というものだろう。我らモンスターが新たに獲得した。……しかし真に獲得したわけではない、心」


 ミカエルが、そのシンボルとも言うべき背中に広がる炎の翼を、少しだけ揺らした。

 炎翼から振るい落ちた灰の一粒が、見る見る大きくなって形を成していき、燃え盛る毛皮を持ったオオカミへと変わる。


 もっともオーソドックスな火属性モンスター、ヘルハウンド。

 炎狼が一度に三頭も虚空から現れ、すぐ間近にいる私たちを瞳に捉えた。

 グルルルル……! と喉を鳴らし、モンスターの本能に従って今にも襲い掛かろうとする。

 しかしミカエルが大きな手を広げて制止の仕草を示すと、炎狼たちはイヌのように素直に従うのだった。


「さすが魔王だな、モンスターの人間を襲う本能すら抑え込み、従わせられるのか」

「そう、モンスターは人を襲う。襲って殺そうとする。それはすべてのモンスターに刻み込まれた根源であり、本能としか呼びようのないものだ」


 ミカエルは、生み出した自分の眷属たちを見下ろしながら言う。


「いや、本能とすら呼べない。機能だ。モンスターが人間を襲うのは憎悪からでも使命感からでもない。破壊に伴う下卑た快感からでもない。まして獣が獣を襲う場合のような『自分自身が生き延びるため』の生存本能からでもない。……ただ人間を襲う機能が、モンスターに搭載されているだけなのだ」


 その説明の声は、どことなく悲痛だった。


「我ら魔王は、そうした根源の軛から脱し、心を持ったと言える。それは誰にも否定させん。させるものか。……しかし我々以外すべてのモンスターは、いまだ心に似せた機能の下に、生命のフリを演じているだけだ」

「ミカエル……」

「カタク=ミラクよ。かつてお前に指摘された『モンスターは心を持たぬ』という事実を、オレはまだ覆すことができない。それが叶わぬ限り、モンスターは万物の霊長どころか、一つの生命になることすら出来ぬ」


 ミカエルは膝を折って、みずからの生み出した炎狼たちの頭を撫でた。

 これが普通のイヌならば尻尾を振って、飼い主の手を舐め返すことぐらいするかもしれない。

 しかし炎狼たちは、ただ撫でられるままで、まったく無反応だった。


「……結局、オレもガブリエルと同意見なのだ。モンスターが新たなる生命の座を獲得するには、人間と交わり、人間から学ぶことがもっとも確実だ。そうすればコイツらも、いつか仲間たちと触れ合うことに喜びを感じられるのかもしれない」

「それで……、いいじゃないですか!」


 思わず私は声を張り上げた。

 ミカエル、ミラクちゃんの視線が同時に向く。


「人間とモンスター、戦うことをやめて、仲良くしていけば、互いのいいところを学び合って、一緒に繁栄できるはずです! どちらかが滅びるまで戦うより、ずっといいことのはずです!!」

「それはできぬ」


 ミカエルは即座に否定した。


「人間とモンスターは、どちらが世界の主に相応しいか、それを決めるため争わなければならぬ。どちらかが滅ぶまで」

「そんなことないです! そんなこと、誰が決めたって言うんですか!?」

「真魔王ルシファー様」


 ミカエルの口から告げられる、いかにも厳かそうな名前。

 以前にも聞いた名前。


「我ら四人の魔王を総べる、魔王の中の魔王。真なる意味ですべてのモンスターの上に君臨する、光の魔王だ」

「光の、魔王……!?」


 光属性の魔王がいるってこと?

 その光の魔王が、すべての魔王の親玉……!?


「その光の魔王とやらが、人類抹殺を企てる張本人というわけか……!?」

「何よ、結局一番悪いのって、カレンッちのところだったんじゃない!?」


 サラサさんを揉みくちゃにするのに飽きたシルティスちゃんが、こちらの話に加わってきた。

 って言うか知らないよ!? 同じ属性だからって親戚ってわけじゃないんだよ!?


「私たちがいまだ母の中で胎動していた頃、ルシファー様は語りかけてきたわ」


 ガブリエルも、口から泡を吹いたサラサさんを小脇に抱えながらこっちに来た。


「『人間を滅ぼせ、世界の主はモンスターなり』。その声に従って私たち四魔王は集結し、人間と争うことを決めたのよ」

「ルシファー様はいまだご自身の完成に至らず、胎内の眠りについておられる。いずれルシファー様が誕生すれば、その時こそ真なる人類の終焉が訪れる」


 背筋に寒気を感じた。

 せっかく魔王たちとこうして語り合えるほど近づけたというのに、滅びに向かう運命はまったく軌道修正されていなかったというの?


「だがオレは、今となってルシファー様に疑問を抱かずにはおられぬ。戦って初めてわかった。人間はオレの想像を遥かに超えて凄絶な生き物だ。単なる力だけではない。言葉にするにも難しい得体の知れないパワーを、人間はたしかにもっている」

「文化、それに愛ね!」

「それすらも人が持つ凄まじき何かの一面に過ぎぬのかもしれない。モンスターにとって人間は、敵であろうと友であろうと欠かすことのできない何かだ。オレは、ルシファー様と対峙しなければならない。問わねばならぬことがある」


 そんな魔王たちの独白を聞いて、凄いなあと思う私たちだった。

 彼らはこんなにも必死に、自分たちの在り方を考えているのか。なんだかテキトーに日々を過ごしているのが申し訳なく思えてしまう。


「どちらにしろ、ルシファー様がお目覚めにならなければ何も始まらないけどね」


 ガブリエルの指摘に、ミカエルも頷いた。


「左様。今はただ時を待つのみ」


 少なくとも、そのルシファーさんとやらが目覚めるまで平穏は続くということ?

 というか目覚めたその時から本当の地獄が始まりそうな気がするんですけど……。


「あの……、そのルシファーってのがまだ寝てるうちに皆で攻撃して倒しちゃうってのは……?」

「お前はもう少し空気を読め」


 シルティスちゃん自身もあまり品のいい意見だとは思わなかったようで、ミラクちゃんに小突かれただけですぐに押し黙った。


「シルティス様! それに他教団の勇者の皆様!」


 そこへ水の教団本部に勤める職員の人が声をかけてきた。

 ここはシルティスちゃんの本拠、水都ハイドラヴィレッジだから。でも、声がかなり慌てているのはなんでだろう?


「流水海兵団から報告が来ています。街の外から、こちらへ向かってくる正体不明の物体アリ、と!」


 正体不明?

 何それ?


「ちょっと。この水都ハイドラヴィレッジ。つい先日未曽有の危機を乗り越えたばかりなのよ? そんな立て続けに何か起こられても困るっつーの!」

「しかし来るものには対処しなければなるまい。居合わせたからにはオレたちも対処に加わろう。悪いものならさっさと片付けるぞ」


 ミラクちゃんの意見には私も全面賛成。

 いまだに気絶しているサラサさんやは休ませてあげるとして、あともう一人……。


「ドラハのヤツはどうだ?」


 ミラクちゃんに問われて、私は無言に首を左右に振った。


 私たちと同行し、ガブリエル戦でも奮闘した影の勇者ドラハさんは、その際に受けたダメージが癒え切らず、まだベッドで臥せっていた。

 ケガそのものは水の治療術で癒えているはずなのに。限界を超えて影の力を発揮したのがいけなかったのか。今なおベッドで死んだような眠りについていた。

 とても戦闘に参加できる状態じゃない。


「わかった。どちらにせよアイツはよくやってくれた。今は休ませてやろう」

「あの子がいなかったら、水の教団は全滅していたかもだからね。安眠ぐらいプレゼントしてあげないと!!」


 というわけで、異変には私とミラクちゃんとシルティスちゃんで当たるとしよう。


「……」

「…………?」


 そして一方、魔王二人は、報告を受けると気配を探るように感覚を巡らせ、同時に同方向へ頭を回した。


「……この神気は」

「ウリエル? アイツ何しに来ているのよ?」

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