32 叙勲
「僕が騎士に?」
カレンさんから連れ出されて最初に聞かされた要件がそれだった。
「騎士ってつまり……、極光騎士団の光騎士ってことですよね?」
「はい。私もここの他に騎士団があるという話も聞きませんし」
「そういうことじゃなく……。いいんですか? 僕、光属性の適性値ビタイチないんですけど」
「いいんですよそんなことは。そもそも属性値だけで戦闘要員を決めるという話自体がおかしいんです。光以外の属性値が高いなら、それに対応した教団に入って実力を発揮してもらった方が皆のためにもなるのに、『他教団が勢力を増すのはダメ』なんて理由で囲い込むんですよ!」
やはりとは思ったが、入団試験に弾かれた人材を下働きにして飼い殺しているのにはそんなわけがあったのか。
「でもハイネさんの闇属性に対応する教団は今のところありませんし、だからウチで働いてもらうのが一番です。……あっ、いけない」
カレンさんは、芝居っぽく口に手を当てて。
「これはまだ秘密でした」
そうですね。
僕自身闇の神の存在は、今の人々にどう伝えていいかわからないし。
創世の頃にそびえ立つクソたる五大神に破れて封印されて千六百年。僕というか暗黒神の存在は人々の歴史から完全に抹消されて伝わっていない。
他の神が教団とか作って多くの人から崇められてヨッシャヨッシャしてるのに対し、存在すら知られていないという状況だ。
「私、これから古い文献を当たって闇の神エントロピーのことについても詳しく調べていきたいと思うんです! 創世神様に知られざる六人目が確認されたら、きっと大ニュースになりますから!」
「ええ……」
なんでカレンさんこんなにテンション高いんだろう?
「あっ、すみません話逸れちゃって! ハイネさんの騎士叙任の話でしたよね!」
自分で話逸らして自分で軌道修正した。ホントに尋常じゃないこのテンション。
「とにかくハイネさんの騎士叙任の件は、元々教主様がお許しくださったことですし、誰も文句は言えません。たとえ騎士団長であっても」
「ああ、あの人……。超文句言いたがってそうな気がするんですけど……」
「はい! でも言わせません!」
「絶好調ですねカレンさん」
「で、肝心のハイネさんの役職なんですが……」
勇者補佐役。
「というのを新たに創設することになりました」
「勇者の補佐役、ですか?」
「ハイネさんの特性だと騎士団の通常任務は馴染みにくいですし、何より普通の騎士ではできないことをして貰うためにハイネさんをスカウトしたんです! そのためには新しい役職ぐらい作らないと効果ありません!」
「そういえばそうでしたね」
「主な仕事はその名の通り、勇者である私の補佐ですが、その漠然とした職務に順じてかなり幅広い権限を許してもらえました。待遇は中隊長と同格。ですが命令に従う義務は勇者である私と教主に対してしかなく、原則騎士団長にすら従わなくても大丈夫です」
それはありがたいな。
「直接の部下をもつことはできませんが、緊急に際して小隊までなら指揮する権限があります。今のところ明文化されてるのはこれぐらいですが、これからも必要に際してガンガン権限を拡大していくつもりですよ!」
「何でそんなに野心が溢れてるんですか? 僕はできるだけ平和に行きたいんですけど……」
「だって……!」
カレンさんがいきなり僕の手を取った。両手で力の限り握ってくる。
「私、この世界を変えたかったんです。モンスターに襲われて泣く人たちがいなくなるように。安心できる世界を作りたいって。光の勇者になってもなかなか思うようにいかなくて。でもできることから始めようって教団の新人募集に混じって、協力してくれそうな人を探してたんです」
そこで僕に出会ったというわけか。
「ハイネさんなら私と一緒に戦ってくれる、一目でそう思えました。でもハイネさんは私なんかの想像を遥かに超えて凄かった。騎士団長と正面からやり合うし、私とミラクちゃんを仲直りさせてくれるし。持ってる力も凄いし、教主様までハイネさんのことを全面的に信頼してる……」
教主ヨリシロが僕にアレなのは特殊な事情があるからなんだけどな。
「今じゃ、どっちが先頭に立ってるのかわからないぐらいですけど。改めてお願いします。私と一緒に世界をよくして行ってくれますか?」
少し不安げに、カレンさんは尋ねてくる。
これまでのバカに浮かれた態度からの、急な翳り。それは彼女が、他人の気持ちを考えられるという証でもある。
「…………」
僕はカレンさんの前で膝を付き、跪いた。
「騎士になるなら叙任式がいるでしょう」
「ハイネさん……」
「クロミヤ=ハイネ。勇者補佐役の任、謹んで拝命いたします。えーと、この剣に、懸けて?」
何か騎士が言いそうなセリフを思いつくまま言ってみた。
カレンさんはただ嬉しそうに、一粒だけ涙をこぼした。




