317 地の神勇者
「さあ、修行再開だす! ヨネコ姉ちゃん、武の頂に達さんがため、オラにジーフィー(機会)をくださいだす!!」
「仕方ないよぉ、こうなったら早いとこササエちゃんに最強になってもらって、魔王を倒して子作り解禁にもってってもらうよぉ」
再び鋭い金属音を立てながら斬り合う新旧地の勇者。
しかしササエちゃんが、ヨネコさんの猛攻に耐え凌げることは一回たりともないのだった。
すべてにおいて五十手以内に押し切られる。
「ぎええええッ!? だす!?」
「んぎゃああああああッッ!? だす!?」
「もういっちょ! ……あべしッ!? だすッ!?」
あれじゃあただ自分自身を苛めているだけで、進歩が得られるとは思えない。
しかしそれでも愚直に直進するのが、地の教徒にとっての最大の美徳――、頑固さなのだろう。
「ほええええ……、頑張るのですねえ……!」
僕の衣服のポケットから、間延びした声がした。
そう、ここまでの流れを知る者なら当然思うはずだ。
『無名の砂漠』で救出した地母神マントルはどこに行ったのだろうと?
そもそも彼女は、僕がここへ来た目的のために欠かせない存在だし、全神が恐れる暴走を思えば一瞬だって目を離すことができない。
それなのに僕がイシュタルブレストに到達してからこっち、ずっとマントルの気配は窺えなかったと思いきや……。
「う~ん、見えない。エントロピーさん、もっと顔出していいですかぁ?」
「見つからないようにな。あと、今の僕のことはハイネ呼びで」
地母神マントルは、今僕のポケットの中にいた。
小さな体で。人間の着ている服に付いたポケットに収まるほど、小さい。
全体薄桃色がかった全裸の美女という外見は変わらないが、大きさが見上げるような巨女から、手の平サイズの小人へ縮小していた。
これは、地母神マントルが地上での活動に使用している『フェアリー』という仮初の体の特性による。
人間に転生した、僕やヨリシロやシバ。
またモンスターの体を即席に用意したノヴァやコアセルベートとも違い、マントルの体は人間のものでもモンスターのものではない。
彼女の地母神としての権能によって、彼女の支配域にある植物の生命を一部切り取り、仮の肉体に変えている。
それが『フェアリー』。
かつてマントルは、自分の生み出したマザーモンスター、グランマウッドを拠り所に『フェアリー』を作り出した。
しかしグランマウッドは消滅して既になく、そこから派生した『フェアリー』も長く維持することが難しくなったらしい。
そこで別の植物を拠り所に、新しい『フェアリー』を作成したのが、今の体というわけだった。
「……その体、元にした植物の大きさに比例するんだな」
マントルが新しい『フェアリー』の材料にしたのは、その辺の何の変哲もない杉の木だった。
かつて見上げるような巨女だったマントルの体は、大元が規格外の巨木であるグランマウッドだったからこそあのサイズだったのであって、普通の木を原料とすれば、それは可愛い小人少女であった。
僕のポケットに収まるほどの。
まあ『フェアリー』は受肉体なので人の目にも留まる以上、隠しやすいサイズになってくれて助かる。
「ワタシの勇者さんはとっても頑張り屋さんなんですねえ……!」
ほわほわした口調でマントルは言う。
「あっ、先代の勇者さんもいる……! うぅ、ワタシあの人怖くてちょっと苦手なんですぅ……! 今の人の方が、小さくて可愛くて素敵です……!」
神に怖がられる勇者って。
「それよりも、ここまで来た目的、ちゃんと果たしてくれよ」
周囲に聞こえない小さな囁き声で言う。
これでやっと、僕たちのここ数日の苦労が報われるというわけだ。
「合点承知の助です! 今度こそワタシ、人間さんをガッチリ幸せにしてみせるんです!!」
そんなに肩の力入れなくていいから。
「それにワタシ、あの勇者の子を気に入っちゃいました。小さくて可愛くて、その上一生懸命で、見ているもの以外目に入らない。ワタシと共通するものを感じます! シンパシーです!」
本当に力抜いて?
「ワタシはあの子に力を与えてあげればいいんですね!? そしたら神勇者になるんですね!? ……わかります、あの子は既にインフレーションさんの処置を受けて、神を受け入れる器官が出来上がっていますね! ではあとは、そこにギャインと繋がるだけですー!」
マントルの『フェアリー』が僕のポケットから飛び出し、ササエちゃんに向かって飛ぶ。
稽古中で集中しているササエちゃんに、後方から迫って来る妖精に気づくのは不可能であった。
「それ、がったーーーーい!!」
えッ!?
その瞬間、ササエちゃんを中心に凄まじい神気の奔流が巻き起こった。
「な、何さねッ!?」
「ササエちゃんどうしたんだよぉ!?」
「ねえちゃーッ!?」
「ねえちゃ、ちょうしんかー!?」
周囲にいる親族ご一同様も、さすがにこの爆発的な異変に気づいて戸惑うばかり。
僕も、爆風のように四方へ散る神気の圧力に思わず顔を覆うが、やがて安定し、爆心地と言うべきところにいる者を見て、僕は度肝を抜かれた。
そこには、今まで見たこともないレベルの絶世の美女がいた。
年齢は二十歳前後だろうか。結ぶものもなく風に棚引く黒髪は艶々として瑞々しく、体つきは豊満、かつ華奢。
張り出すおっぱいは、あるいはヨネコさん以上の大きさ、そのクセ腰つきは瓢箪のように括れている。
尻の肉付きはどっしり厚く、その他の部分も豊満でありながら細いという矛盾だらけの美しさ。
そんな妖しさすら伴う美女が、ササエちゃんがいたはずの場所に立っている!
「いや待て……!? あれもしかして……!」
ササエちゃん!?
そんなバカな!? ササエちゃんはまだ十二歳の可憐な少女で、ポテンシャルだけが奮い立つ子だったはずだぞ!?
それなのに今立っている女性はどう見ても二十歳以上!
しかし彼女が手に持っている大鎌は、間違いなく地鎌シーター。ササエちゃん専用の神具。
じゃあ、やっぱりあれか?
こんなことが起った原因があるとしたら、一つしか思い浮かばない。
マントルが、ササエちゃんと繋がって神勇者になったからか!?
地の神勇者ササエちゃん!
想像を遥かに超える妖艶な姿でここに降臨!?




