315 ゴーレムバカ一代
「ぎょええええええええッッ!! だすッ!?」
地の教団の修練場に到着してみると、早速地の勇者ササエちゃんが細切れになったゴーレムの断片もろとも吹っ飛ばされていた。
そして地面に叩きつけられ、二、三度ボヨヨンと跳ねる。
それを見て、ハアと深い溜め息の音。
「ササエ。アンタさ、風の都の試合でヨネコが降参していなかったら負けてたよ」
というのは地の教団の教主さん。
同時にササエちゃんと血の繋がりのあるお祖母さんでもある。
何代も前の大勇者でもある祖母が見守る中、直近の先輩である先代地の勇者ヨネコさんを相手に、ササエちゃんは修行の真っ最中だった。
修行といっても、完全な実戦形式だけれども。
「まだまだだず! ヨネコ姉ちゃん! もっかい手合わせ願いますだす!!」
ササエちゃんは自分専用の神具たる地鎌シーターを地に突き立て、そこから神気を流し込む。
新たな女神ゴーレムを作成しようとしているんだろうが……。
「遅い上に隙だらけだよぉ」
先代ヨネコさんは、獲物に飛びかかるネコの速さで距離を詰め、即座にササエちゃんに肉薄した。
「あわわわわッ!?」
ササエちゃんは地面への神気浸透を中断せざるを得ず、大鎌で迎え撃とうとするものの、ヨネコさん専用の地鎌マグダラは小振りサイズで手回しのよさでも遥かに上。
結局三手打ち合っただけでササエちゃんは対応しきれなくなり、首筋に鎌の刃を添えられて詰みとなった。
「ササエちゃん、やっぱり一度休憩しなよぉ」
ヨネコさんは呆れた口調で言う。
「疲れで頭が煮詰まってるじゃないかい。だから隙の大きいゴーレム精錬を、敵の目と鼻の先でやっちまうなんて大ポカやらかしちゃうんだよぉ」
「ヨネコの言う通りさね。少し休んで頭を冷やしな、それから昼飯も食べんさい」
この年長者たちは厳しいんだか甘いんだかよくわからないな。
「断固拒否だす!」
しかしササエちゃんは頑なだった。
ササエちゃんが頑ななのはいつものこととも言えるが。
「ゴーレムの精錬速度を速めるのも課題の一つだす! ヨネコ姉ちゃんの鬼気迫る形相に煽られれば、危機感でスピードが上がるかもしれないだす! 是非もう一手!」
「……ササエちゃん、オラのこと鬼婆か何かと思ってないかよぉ?」
まことヨネコさんの言う通りであった。
「……おや、ハイネの兄ちゃんでないかい?」
ここでやっと闘場の外れから見学していた僕の存在にスポットが当たった。
「あっ、本当だす! ハイネ兄ちゃんがご訪問されとるだす!」
「あらやだ、はしたないところを見られちまったよぉ」
ササエちゃんもヨネコさんも、やっと僕に気づいたようだった。
さすがに地鎌に通っていた地の神気が散り、戦闘モードが解除される。
「ご無沙汰しておりますだす! いかなるご用件での来訪だす!? お土産あるだすか!?」
と駆け寄ってくるササエちゃん。
五勇者の中で最年少のこの子は、こういう時は年相応の可愛さで、ミラクが時々犯罪者の顔になってしまうのもわかる。
まあ、用件は……、真実を包み隠さず言うわけにもいかないので、なんか適当に誤魔化す。
「……ヨネコさんの爆乳が恋しくなって?」
「あらいやだよぉ、人妻に手ぇ出したら旦那に殴り殺されるのが摂理だよぉ?」
ヨネコさんの旦那さん、熊みたいな大男だしな。
咄嗟とは言え変な言いわけが出てしまった、別のものを考え直そう。
「……ササエちゃんの幼乳が恋しくなって?」
「もしもし焦土殲滅団だすか? ここに犯罪者がいるだす!」
これでもない!
結局「ただ様子を見に来ただけ」と面白味の欠片もない誤魔化しになってしまった。ジョークをアドリブで使いこなす道は険しい。
「様子伺いかい。まあこんなご時勢だ。互いの連絡を密に取るのは悪いことじゃないさね」
「無線連絡だけじゃ伝わりにくいこともあるからよぉ。オラもそろそろキョウカさんやサラサさんやジュオさんの顔が直接見たくなってくるよぉ」
と、年長二人は納得してくれた。
しかしその中で、ササエちゃんだけが深刻そうな顔をしていた。
「…………無線では、既にミラク姉ちゃんのとことシルティス姉ちゃんのとこに魔王が襲来したと連絡が来とるだす。オラがとこだっていつ災厄に見舞われるかわからんだす。その時に一番鎌を取るべきはこの地の勇者たるゴンベエ=ササエに他ならぬだす!」
ササエちゃんが再び、大鎌を握る手に力を込めた。
「オラが村を守るためにも、オラは今よりもっと強くならねばならんだす! ハイネ兄ちゃん、ここで会ったが百年目だす! ちょうどいいので兄ちゃんにも稽古をつけてほしいだす!!」
「ええええええええ?」
なんだこのササエちゃんのやる気っぷりは?
さっきの修行中からそうだったけど、彼女少し気張りすぎじゃないか!?
「ササエのヤツ、最近ずっとこんな調子なんさね。ガラにもなく気負いよってよぉ……」
と教主のお婆さんも孫の様子に心配気味だ。
「やっぱり、風の都で魔王に出会ったんが相当堪えてるんだよぉ。アイツらの強さは尋常じゃなかったから。いずれ刃を交えなきゃならんと思うと、オラだって気が滅入っちまうよぉ」
たしかに。
カレンさんだって新旧勇者戦から帰還した直後は、魔王の烈気に当てられて長いことピリピリしてたからなあ。
五勇者の中では最年少で、他よりも出遅れているという意識があるササエちゃんはなおさら気負ってしまうのだろう。
「さあ、ハイネ兄ちゃん! 速やかに戦いの座につくだす! 勢い余って真っ二つにしちゃうぐらいの気構えでお願いいたしますだす!!」
ササエちゃんの鼻息は荒い。
仕方ないな。彼女の肩から力を抜いてやるためにも、僕はお相手を務めることにした。




