311 神会談・完全版
「蒸留」
そういうのがあるのか。
つまりコアセルベートは水の神であるゆえに、ある程度限界を超えて熱せられると沸騰し、蒸気に変わる。
それによって液体の中に混ざっていた様々な汚濁と分離するのか。
「コアセルベートは元々、人や世界の汚れにもっとも影響を受ける神なのです」
と光の女神インフレーションの転生者であるヨリシロが言った。
「すべての汚れを洗い流す水ゆえ、その中に汚れを蔵する。その汚れが歪んだ性格に変わり、周囲に迷惑をかけまくる。世界を生み出した時にも相当な汚れが生まれ、彼はそれを飲み込みましたからね。最初の方からかなり濁っていたのです」
だから創世直後に封印された僕が清らかなコイツを知らないのも無理からぬ話、というわけか。
いかなるものも、生まれる時と死ぬ時には相応の汚れを吐き出す、か。
「しかしコアセルベートが蒸留状態になるのは極めて珍しいことです。創世からの千六百年間で、今回が二度目ではなかったかしら?」
え? たったそれだけ?
すると、僕が封印されていた間、一回しかコアセルベートこんな状態にならなかったの?
『アレは、ワシらを崇める教団が出来て間もない頃の話よ』
とウシが語り出す。
つまり人間文明の初期の時代か。
『あの頃は教団がワシらの指示の下、信者を奪い合う争いをしていた。その時はワシの火の教団と、クェーサーの風の教団が全面対決しておった』
「そこにコアセルベートが神託で水の教団を動かし、タイマン勝負で手いっぱいの火と風の教団へ奇襲攻撃を仕掛けてきやがった。不意打ちは見事に成功して、我が風の軍は、ほぼ全滅状態になってな」
風の神の転生者シバも、当時を思い出して悔しげに歯噛みする。
漁夫の利を得るとは、いかにも僕の知るコアセルベートらしいやり方だ。
「俺はあの頃も風の教主に転生していたが、軍を指揮していたため多くの兵と共に戦死してしまった。肉体から解放されクェーサーに戻った俺は、キレてコアセルベートに直接戦いを挑んだんだ」
『ワシもムカついたから協力してやってな、クェーサーの風を吹き込まれ火勢を増し、グツグツに沸騰させてやったら、いつの間にか綺麗に蒸留したコイツが出来上がった、という経緯よ』
「まこと、その節はお世話になりました」
と恭しく首を垂れるコアセルベート。
「思えばそれがきっかけになって、人間の文明が大躍進したんでしたね」
と指摘するヨリシロ。
「蒸留されたコアセルベートは、それこそ誠心誠意、人間のために尽くし守護する神となって、水の教団は大いに発展しました。現在の水の教団が、比較的教義に囚われない自由な発想で繁栄しているのも、その名残と言えましょう」
「ま、百年程度でまた人や世界の汚れを飲み込んで、元のヘドロ野郎に逆戻りしたがな」
『左様』
当時のことを懐かしむように語る神ども。
その話を聞き、僕は少しばかり瞑目し、結論した。
「これからコイツ百年ごとに焼こうぜ!!」
いやホント。
気まぐれで人間を弄ぶ奸智の神コアセルベートこそ、世界を悩ます大問題。
それを定期的に消し去ることができるなら、やらない理由がないではないか。
「たしかに……、いずれまた汚れを蔵して歪んでしまった私が、愛すべき人間たちや、同胞たるアナタたち神に迷惑をかけるのは慙愧に堪えません。それを避けるためであれば、百年周期で地獄の業火に焼かれようと、それはむしろ本望!!」
汚れから分離されたばかりの真水の神は、まこと殊勝な物言いによって僕ドン引き。
「いや、それがな……!」
「そうも簡単にはいかないのです……!」
と、シバ、ヨリシロの両名から諫められた。
名案だと思ったんだがな?
「……本来、灼熱にて気化された私の神体は、普通であれば神の核というべきものを目指して戻ってくるのです。だからどれだけ蒸発されようと、汚れた核に戻れば元の汚濁コアセルベートとなってしまいます」
「えー? じゃあどうして今回やずっと昔は、汚濁と蒸留に分かれることができたの?」
『新たな核となる、拠り所があったからじゃ』
「新たな核? 拠り所?」
『人の祈りじゃ』
ウシが説明を引き継いだ。
『人の子どもは神へ祈る。祈りの中で、姿なき神を慕うために、その姿を思い浮かべる。人が心に浮かべる神の姿は、神の理想像じゃ。それが新たな核となり、それに向かって蒸気化した神体が結集した時、蒸留コアセルベートは生まれる』
「そんな珍事が起きるほどに、神にとって祈りの力は物凄いということだな。数百年前の教団成立初期は、それこそ信仰の最盛期で気化神体を呼び寄せるほど濃厚な祈りがあった」
「そしてこたびは、我が勇者シルティスが疑念にも絶望にも負けず、神たる私を愛してくれたから、その愛が気化した私を集めたのです。あのような勇者を持てて、私は本当に幸福な神です」
皆でドン引きした。
しかし、そうか。ただコアセルベートを焼いて蒸発させるだけじゃ、上手く行かないんだな。
神は人に影響を与えるだけでなく、人から影響を与えられる。その好例であるようにも思われた。
「偶然にしろ必然にしろ、汚濁と分離し蒸留できたこの私。事ここに至っては私も神本来の役割を果たし、人と世界を守るため皆さんに協力いたしましょう」
「お、おう」
『あ、ハイ』
「まあ、いいんじゃないか?」
「気持ち悪いですわ」
ヨリシロだけが感想を包み隠さなかった。
だが、こうしてもっとも説得困難と思われていたコアセルベートが労することなく賛同してくれたというのは朗報だ。
……いや、労していないのは僕たちだけで、別所にてカレンさんやシルティスがたくさん頑張ってくれた事実あればこそのコアセルベート改心なんだろう。
やはり人間は、神に守ってもらうのではなく、みずからがみずからを守って世界をよりよくしていくのだ。
僕は闇の神エントロピーとして彼女らを手助けし、また人間クロミヤ=ハイネとして彼女たちと一緒に奮闘していくことにしよう。
コアセルベートが何でこんなんなっちゃったか? という理由説明は、そのまま外で起こったことの状況報告にもなり、既に火の勇者ミラクと水の勇者シルティスが神勇者化に成功したことも確認できた。
もっとも困難と思われた二人が成功したことにより、地水火風光の神勇者が揃い踏みすることに、俄然現実味が帯びてきた!
「カレンさんも既に光の神勇者になれてるから、残りは二人」
そのうち、もうガッツリ信頼のおける風チームは置いとくとして……。すると、思い至るべきはただ一つ。
そこに集う五神の視線が、残り一神へと集中した。
「ヒィッ!? 何ですか!?」
オドオドと怯える、地母神マントルへ向けて。




