305 蒸留
『私は……、水の神コアセルベートです』
そう名乗った蒸気人間に、そこにいた全員が驚きの声を上げた。
「「「「「『はあッ!?』」」」」」
さらに一際驚くのは、この中で一番邪悪なアイツさん。
「なっ、何を言っているのです! 創世六神が一、その中でももっとも賢い水の神コアセルベートはこの私! 我が名を騙る貴様は何者ですか!?」
『私は水の神コアセルベート。そしてお前も間違いなく水の神コアセルベートです』
「何をわけのわからぬことを!?」
本当にわけがわからない。
水の神を名乗る存在が二つ? そもそも神様が目の前にいるって時点で信じがたい詐欺かと思ってしまうのに。
二人いるってことは、どちらかが偽物のコアセルベートなの!?
「だったら、向こうのシメサバ女を乗っ取ってる方こそ偽コアセルベートでしょう! くっそ、散々惑わせやがってアタシたちを騙していたのね!?」
『いいえ、我が勇者シルティスよ。彼もまた紛れもない本物のコアセルベートです』
「ええぇ~?」
蒸気人間のコアセルベートが言う。
『真贋で区別するならば、私も彼もどちらも本物。そもそも神の在り方は、人間とは大きく異なります。コアセルベートという神が常にたった一人だとは限らぬのです』
どういうことなのですか……!?
聞けば聞くほどこんがらがってきちゃうのですけど!?
『水の神は、稀にいくつかに分かれる時があるのです。水は様々に振る舞い、装いを変える。常なる水も、冷やせば氷に、熱すれば湯気に。これほどまでに千変万化する事象は、水を置いて他にありません』
『そ、そういえば……!!』
何ッ!?
私の隣にいる、炎牛ファラリスさんこと火の神ノヴァ様がなんか反応した!?
『思い出したぞ! 前にもこんなことが一度あった! コアセルベートのヤツが二人に増えたことが!!』
「そ、そうなんですか!?」
『……あれは、五大教団が出来て間もない頃。信者を奪い合ってワシら神自身も激しく対立しておった。そんな中、あまりにあこぎなコアセルベートのやり方に、ワシとクェーサーがブチ切れて袋叩きにしたんじゃ』
ええ……。
神様、そんなに仲が悪いんですか……?
『クェーサーの風は、火勢を強める効果もある。それを利用したワシの大火でコアセルベートのヤツをグツグツに沸騰させてやったんじゃが、そうして出た水蒸気から今のように、新しいコアセルベートが生まれた』
「そんな」
『新しいコアセルベートと元からいたコアセルベートは争い。結局新しい方が元いた方を滅殺してしまった。同属性だからそういうことも可能だったらしいが……。しかも新しいコアセルベートは、「お前ホントにコアセルベートか?」って思えるほどいいヤツで、自分の教団の保護とか援助とか教導とか、甲斐甲斐しくしてやったものよ……!』
思えばそれが、水の教団大発展の契機だったとノヴァ様は締めくくった。
いいヤツ、なのですか?
あのコアセルベートが……!?
『このコアセルベートは水の神。そして水は、清浄を象徴します。あらゆる汚れは水によって洗い流せる。しかし見方を変えれば、汚れのすべてを水に溜めこむとも言える。水を司るこの私は、人や自然の生み出す汚れから何より影響を受ける神なのです』
と、蒸気人間のコアセルベートは言った。
『だからこそ汚れを溜めこんだ私は、あのように悪辣になってしまう。あちらにいる私は、まさに数百年分の汚濁をその身に溜めこんだコアセルベートなのです』
「何を好き勝手に!? では貴様の方は何だというのです!?」
『水から不純物を取り除く方法は二つ。濾過か蒸留。その一方である蒸留は、水を一度沸騰させることで不純物と蒸気に分け、蒸気を再び液体に戻して純水とする。今私に起きたことです』
「それじゃあ、まさか……!?」
思い出す。
さっきからミラクちゃんとミカエルの同時攻撃で、コアセルベートの放つ水攻撃がどんどん蒸発されて水蒸気へと変わっていった。
火の神勇者と火の魔王。
二人の極大炎で起こった大量の水蒸気。それはただの水蒸気じゃない。水の神が放った、水の神気の変容体。いわば水の神の体の一部と言ってもいい。
それが集まり、形を成して新しいコアセルベートになった。
汚れだらけの不純物は、元のコアセルベートに残して。
『いわば私は蒸留コアセルベート。そしてそちらにいるアナタは……!』
蒸気の指が、魔王ガブリエルを乗っ取るモノを示す。
『汚濁コアセルベート』
「汚濁……! おだくですと!? この私をぉぉーーーッ!?」
『かつてはアナタも清浄だったことがあったのでしょう。しかし数百年という時の経過で飲み込んできた汚れに心が歪み、かつて清浄だった頃の記憶も失ってしまいましたか。蒸留によって新しい自分が生まれるという事実すらも忘れて、哀れなものですね』
「何を、何を偉そうにぃーーッッ!?」
『しかし、ただ汚水と水蒸気に分けただけでは私は生まれなかった。拠り所となる人の心の力がなければ』
荒れ狂う汚濁コアセルベートを無視し、蒸留コアセルベート様は脇を見た。
そこにいるシルティスちゃんへ。
『我が勇者シルティス。アナタがハイドラヴィレッジの人々から純粋に私を愛する心を抽出し、エネルギーとしてくれたおかげです。アナタが私を愛し抜いてくれたおかげで、私は私になれた』
「そ、そんな……! こんな結果になるなんてアタシは夢にも……!」
『私はアナタのことを、愛されることにかけて天才だと思っていました。しかしそれだけではない。愛することにかけてもアナタは力強い乙女なのですね』
どうしよう。新しく現れた蒸留コアセルベート様が神々しさに満ち溢れている。
あれなら水の教団に入信しちゃうわ。
『ですが我が勇者よ、まだ終わりではありません。我が子たる水の教徒を助け出し、危機を乗り越えるには。哀れなる魔王に取り憑いた汚らわしき私を倒せねばならない。力を貸してくれますか?』
「と、当然です! 水の神と、水の教徒のために戦うのが水の勇者の務め!!」
シルティスちゃんは『生命原液』のプールから腕を引き抜くと共に、液化していた前腕を元に戻す。
『ならばシルティス、そのためにすべきことはわかっていますね? 今こそアナタは、我が力を背負うべき!』
「え? それってどういう……!?」
あんまり察していないシルティスちゃんに、蒸留コアセルベート様はたからかに言った。
『なるのです! 水の神勇者に!!』




