302 救世主到来
水の魔王ガブリエルが、水の神コアセルベートに乗っ取られてしまった。
体と力はそのままに、意識だけを消し飛ばされて。
普通だったら魔王が神に敗れたのだから、それは喜ばしいことかもしれない。
だけどまったく喜べない。
私たちが初めて直に遭遇した神様は、これ以上ないくらいに最悪なヤツだったから。
『……まさか神魔王として融合すること自体、肉体を奪い取るための罠だったとは……!?』
正体は火の神ノヴァ様らしい炎牛ファラリスさんが、非難がましい視線を送った。
その視線を受けて、魔王となった神は涼しげ。
「ホホホ……。素晴らしいでしょう? こんな使い方は、そもそも最初に神勇者システムを考えついたインフレーションすら想定していなかったでしょうが、そこはホラ、私は六神においてもっとも賢い奸智の神。知恵の勝利というヤツですな」
「何をッ!! ウソをついただけの悪知恵じゃない!」
シルティスちゃんが抗議するが、コアセルベートからは無視された。
『コアセルベート。顕示欲の過剰なおぬしはまだまだ語り足りんじゃろう。もう一つ聞いてやる。何故人間どもを片っ端から溶かした?』
え?
どういうことウシさん?
『おぬしの目的が、魔王の最強の肉体を手に入れることなら、魔王一人を騙くらかせばいいだけのこと。しかしおぬしは魔王を口車に乗せ、この街の人間数万人を「生命原液」に変え、こんな悪趣味なプールを作り出した。その先にあるのは何じゃ?』
「ホホホ、さすがは単細胞といえど神、いいところに気が付きました。古馴染のよしみでお教えしましょう」
神が、魔王の顔で嫌らしく笑う。
「祈りを採取するためですよ。我ら神にとって人間の祈りは最高品質のエネルギー。その供給を確保したいと思うのは当然のことではないですか」
そう言ってコアセルベートは、『生命原液』のプールを愛し気に見詰める。
「こうなった人間は、実に可愛いものです。余計なことを考えず、静かに佇むだけ。『生命原液』の内部には人間の構築情報と魂が入っていますから、あとはそれを神気で励起させれば、いつでも祈りのエネルギーを取り出すことができる。これこそ理想的な状態です!」
『貴様! それは!』
ファラリスさんが声を怒らせた。
『それはマントルのヤツがグランマウッドを使ってしようとしたことと、ほとんど同じではないか!? それによってエントロピーの怒りに触れたマントルが、どのような目に合ったか、知らんわけではあるまいに!!』
えっ?
マントルって、もしかして創世神のお一人である地母神マントル様!?
「私をあんな流され女と一緒にしないでいただきたい。それに人間はもうすぐ魔王によって滅ぼされるのです。滅びる廃物を、どうリサイクルしようと勝手。いかに神の王たるエントロピーといえど、そこまで細かく文句を言う権利はないはずです」
『そんな屁理屈を……!?』
ファラリスさんが震えているのは、怒りのせいだろうか?
「あの……、ファラリスさん? っていうかノヴァ様? つまりどういうことなんです?」
『あのクソ神は、人間を水に溶かすことによって思考も感情も奪い取り、ただ祈りのエネルギーを抽出するだけの装置に変えちまったのよ!! ヤツはそのおかげで好き放題エネルギー補給でき、無敵状態というわけだ! 胸糞悪い!!』
ファラリスさんは、やはり心の底から怒っている。
「羨ましいでしょうノヴァさん? おっと、今はウシのファラリスさんと呼ぶべきですかね。幼稚なガブリエルに対しては『いったん溜めてから海にブチ撒けた方が爽快だ』と騙しましたが、最初から溜めることが目的です。ここは私の力の源、『エキドナ泉』となるのですよ」
『エントロピーがそんなことを許すと思うか!?』
「闇の神など関係ないと、何度言わせればわかるのです? 私は今や魔王の肉体と、尽きることなき人の祈りを手に入れた。私は最強。いざとなればエントロピーすら正々堂々戦って破ってみせる!!」
『何と愚かな……! どれだけ力を上げようと、四元素が闇の力に勝るわけがあるまいに……!!』
それは神々の会話。
スケールの大きさに気後れしそうだが、そんな暢気なことは言っていられない。
「つくづくバカねえ。アタシの神様って」
そして神の前でも気後れしない人が!
シルティスちゃんは何故そこまでひたすら強気なの!?
「人間に愛してほしいなら、愛してもらえるよう努力するのが筋じゃない。それを変な手段で相手を丸ごとコントロールしようなんて、レイプ魔の思考そのもの。童貞以前の青臭さだわ」
「黙れ小娘! まだ私を愚弄するか!」
コアセルベートは魔王ガブリエルの肉体を操り、その手を砲台に見立てて私たちに向ける。
「どちらにしろアナタたちもこれから『エキドナ泉』の一部となるのです。見逃してもらえるなどと、まさか思っていますまいね? これからはせめてエネルギー源として私の役に立ちなさい!」
「人間関係を損得でしか語れないの? ますます幼稚ね」
ホント手加減ないよシルティスちゃん!?
「そんなことをしなくても、アンタが望めば人間は神を愛するのに。何が怖くて何から何まで思い通りにしようとするの!? 神だったらもっとどっしりかまえて、アタシたちの愛を受け入れなさい!」
「うるさいわァ! その煩わしい口ごとドロドロに溶かしてやる!!」
実際問題、私たちに窮地を逃れる一手はなかった。
相手は神と魔王が融合した神魔王。その神気の強さは、今まで出会った中でも飛びぬけて最高クラス。
普通に戦っても絶対勝てない上に、現状一番頼りになるのは神勇者化できるミラクちゃん。火属性で水との相性は最悪。
「……おいウシ」
そのミラクちゃんが、火の神ノヴァ様であることが判明したファラリスさんへ尋ねる。
「火の神勇者、まだまだ行けるか?」
『無論じゃ。だがいいのか? 神と一体になる神勇者は、神に体を乗っ取られるリスクがあると、あのクソ神が実演したばかりじゃぞ?』
「そんなことできるならとっくにやってるだろ。どの道、神勇者しか魔王に対抗する手段がない以上、それに懸けるしかない」
『その神勇者も、相手が同じ条件の神魔王で、相性も圧倒的に向こうが有利。勝てるいくさではないぞ?』
「それでもやるさ! 戦えるのがオレだけならばな!!」
『道理に無理で挑むか。その意気やよし。それでこそ細かいことは気にせぬ我が信徒よ!!』
ピッタリ息の合った人と神もいる。
「暑苦しいですね、さっさと消えてください」
コアセルベートから放たれる超高圧水流。
それにミラクちゃんが全力で対抗する。
「ぬおおおおおお!! 『フレイム・バースト』!!」
既に神勇者モードのミラクちゃんだが、馬力も違う上に相性も悪い水流に競り勝てるとは思えない。
「シルティスちゃん!! 私たちも!!」
「そうね、焼け石に水でもやったるわ!!」
私たちの神気も注ぎ、神魔王に対抗しようとしたところ……!
ゴオオオオオオオオオオオオオッッ!! と。
いきなり超水流が、蒸気になって霧散した!?
瞬間的に大きくなった炎に飲み込まれて!
「何!? あっつ……! 熱い! 蒸気が熱い!!」
「超水流を蒸発させたのミラクちゃん!?」
凄い。あれだけの水を一挙に沸騰させたなんて。
火の神勇者はそれほどの熱量を発揮できるの?
「……違う、オレじゃない」
ミラクちゃんが呆然と言った。
「オレだけじゃない。別の方向からもう一つの炎が……!」
それと同時だった、上から何者かが地上へ降りてきた。
炎の翼を広げた、筋骨隆々の巨体。
「えッ?」「アナタは……!?」
その見覚えのある姿に、私たちは驚愕した。
「お前が助けてくれたというのか……!? 火の魔王ミカエル!?」




