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301 愛されて偉大

『ほう……? 私を愛し抜くですと? ホホホホ、愚かですねえ』


 案の定トカゲに宿った水の神は、シルティスちゃんのことを嘲笑った。


 私――、光の勇者コーリーン=カレンと、火の勇者ミラクちゃんは、いつ戦いが再開されるか緊張に張り詰めながら、両者の問答を見守る。

『生命原液』のプールに落ちたドラハさんも助けたいところだが、神魔王となったガブリエルを前にして一挙手一投足が死に繋がりかねないこの状況。

 正直なところ怖さで動けず、額の汗を拭えもできない。


『この水の神コアセルベートは、アナタたち人間などとっくに見捨ててモンスターに付いたというのに。その私になおも縋り、助けを求めようとは、人間は本当に愚かな生き物です』

「愚かなのはアンタの方よ神様」

『何ッ!?』


 シルティスちゃんの痛烈な言葉に、コアセルベートは露骨に反応した。


『愚かですと! この創世六神の中でもっとも賢く、奸智の神と讃えられるこの私を愚かなどと!』

「神様のわりに理解力が乏しいのねぇ。私はね、アンタを『愛してあげる』と言ったの。それが何で『助けてください』と縋る意味に受け取れるのよ? 『愛してあげる』よ? 与えるのはアタシ、与えられるのはアンタの方よ」

『何をわけのわからぬ……! 人間ごときが神たる私に何を与えると……!?』


 何だか、神がシルティスちゃんのペースに少しずつ乗せられている……?


「バカなアンタは理解できないでしょうけどね。アンタは水の教団、そして水都ハイドラヴィレッジの心そのものなの。アンタへの信仰の下に集まった人たちにとって、アンタを愛すること自体が生活そのもの、街の営みそのもの。神を愛し人々を愛する、その心が歴史を積み上げ、文化を築いてきた」

「……!」


 ん?

 今、魔王ガブリエルがピクリと震えた?


「まさしく神様って、遠くにあって思うものよね。水の神がこんなクズいバカだって判明してたら、誰も信仰せずに水の教団なんて生まれなかったわよ。でも事実として水の教団はもうある。水の教徒の人々は、それぞれの心にあるコアセルベート様を愛し、祈っている」


 それは他の教団、他の神にしても同じこと。

 私たちは見えない、知らないものを愛することで自分たちを規定している。


「神を愛すること自体が街の営みそのもの。である以上アタシは水の勇者として、アタシが愛する人々の愛する神を愛さないわけにはいかない。それがアタシにおける絶望の打ち砕き方。アンタへの立ち向かい方。水の勇者としての流儀よ!!」

『愚かしい! 所詮現実を受け入れられぬだけではないですか!』

「現実が見えていないのはアンタよ!!」


 シルティスちゃん。

 生まれて初めて神を目の前にしても、気勢で一歩も引き下がらない!


「人から愛されることで神の高みに座れていたコアセルベート! アンタは人間から信仰されていたから神なのよ。人から愛されていたから神だったのよ!! なのにアンタはその座をみずから投げ捨てた! アンタみたいなバカはこれまで見たこともないわ!」

『おのれ小娘ァァ!! 私がバカだと!! 一度ならず二度までもォォッ!!』


 水の神はあまり堪え性がないらしい、シルティスちゃんの挑発に簡単に煽られる。


『もう許さぬ! 神を侮辱する名ばかり勇者め! お前など神罰の名のもとに一瞬で殺してやる!!』

「待ちなさいコアセルベート」


 しかし敵は動かなかった。

 何故なら今の敵は、水の神コアセルベートと水の魔王ガブリエルが一体となっているのだから。

 二人の意思が同調しなければあの体は動かない。


「この娘、さっき気になることを言ったわ。『文化は愛が築き上げる』と」

『だから何です!? くだらないことなど捨て置きなさい!』

「くだらなくなどないわ。文化は、これからのモンスター発展に絶対必要なもの。その源があるというなら、私はそれを手に入れなくてはいけない。水の勇者シルティス」


 ガブリエルの細身が、ゆっくりシルティスちゃんに迫る。


「アナタに尋ねるわ、愛とは何? それが文化の構築にどう繋がるの?」

「いや、そう面と向かって尋ねられると小っ恥ずかしいんだけど……!」


 うん、たしかに恥ずかしいよね……!


「愛とは何ぞや? それは人類も千年以上取り組みながらいまだ回答を得られぬ命題でして……。そうだ、ここはより経験豊富なカレンさんに聞いてみましょうか? なにせこの子はもう既に、好きな人との間に作る子供の名前案をノートに羅列させてるくらいですから……」

「ギャー!! シルティスちゃん! なんで知ってるの!?」

「本当にやってたんかい!?」


 しまったカマ掛けか!?

 私たちでギャーギャー言いつつ、話がそれ始めた。


『ええい、くだらない! ガブリエル、こんなヤツらさっさと皆殺しにしてしまいなさい!』

「いいからもうちょっとお待ちなさい。コイツらを『生命原液』に変えるなんていつでもできるわ。そうしたら水門を開けて海に大放流。その前の軽い情報収集じゃないの」

『大放流? そんなことはさせませんよ』

「え?」


 ……?

 何だか敵側の様子がおかしい。

 ガブリエルが全身を、小刻みに震わせる。


「な……、何コレ? 体の自由が利かなくなる?」

『せっかく集めた「生命原液」。私の役に立てなくては意味がありません。ガブリエル、アナタは私の口車に乗ってよく働いてくれました。さすがは生まれてから一年と経っていないヒヨッ子。体つきは立派でもオツムは幼い。本当にコントロールしやすかったですよ』

「な、何ですって……!?」

『おまけに、こんなに早く神魔王となる機会を得られたとは。そこは人間どもに感謝ですね。とにかく私とアナタが一体になった以上、アナタの意識はもう必要ないのですよ。要るのは体と、魔王としての膨大な神気だけ……!』

「何をするの!? ……やめて! 私の中に入ってこないで! 私の意識が、母なるストロビラグナから貰った私の自意識が消えていくぅぅーーーーッッ!?」


 ガブリエルは見るからに苦しそうに、頭を抱えてのたうち回った。

 しかしそれもやがて収まり、ゆっくりと起き上がったガブリエルの、瞳の色が違っていた。

 まるで両生類のつぶらな瞳から、爬虫類の凶悪な目つきに変わったみたい。


「これでこの体は私のものです」


 口から発せられる肉声も、音程から口調まで何もかも違っていた。

 あれはまさに、頭に直接響いていた水の神コアセルベートの口調!?


『コアセルベート……! オヌシ……!!』


 ファラリスさんが戦慄した声で言う。


『魔王の体を乗っ取ったのか!? その意識を潰し、自分がその体の主となったのか!?』

「ご名答、最初からの計画通りです」


 魔王ガブリエル……? ……の体をしたコアセルベートは言う。


「しょせん魔王もモンスター。魂なき疑似生物を乗っ取るなど神にとっては容易い。だから私は、仮初の自意識など磨り潰し、価値ある力と体を頂くことにしたのです」


 コイツって、本当に、最低。


「この肉体こそ神が宿るに相応しい肉体。私は今、創世以来最強の状態となることが出来ました。神の魂、魔王の肉体、そして「エキドナ泉」に集められた数十万という人間の意識! これだけ揃えば、私はエントロピーすら超える最強至高の神となれる!!」


 神の高徳、人の想い、魔王の暴威。それらすべてを踏みにじり。

 ここに最悪の極みが誕生した。

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