294 水辺の戦い
ドラハさんの背後からの蹴りが、あやまたず魔王ガブリエルの頸椎にヒットした。
しかしそれだけに留まらなかった。
ザンと。
蹴られたガブリエルの首は鋭利に斬り分けられ、頭だけが宙を飛んだ。
まさしく斬首。
「「「えええぇぇぇぇーーーーーーーーーーッッ!?」」」
驚く私、ミラクちゃん、シルティスちゃん。
見るとドラハさんの足には、刃のように鋭利に硬化した影が取り付いていた。
あれがガブリエルを誅したギロチンになったというの。
千年以上前に栄えた闇都ヨミノクニ。
その古代都市国家には、今の時代にはない不思議な神気術が伝わっていた。
光の神気を変質させ、『影』に変える力。
そのヨミノクニを生き、現代に甦ったドラハさんは、『影』を操る術の歴代最高の使い手。
いわば影の勇者。
今の影を刃に変えて蹴りに付加することといい。
その前の影に潜ってからの奇襲といい。
影使いの巧みさというべきか、そこはさすがに影の勇者。先日戦ったアテスの俄か仕込みとはわけが違う。
「え……!? でも待って、終わり? まさか、これで終わりなの!?」
「水の魔王が死んだ……!?」
シルティスちゃんもミラクちゃんも、ボールみたいに宙を舞うガブリエルの頭部を見詰めて呆然としていた。
普通ならば、頭を斬り落とされたら大体すべての生物は死ぬ。
しかし相手は理の外から生まれてきた生物にあらざる生物、モンスター。
その頂点に立つ、魔王。
「今のもなかなかよい攻撃だわ」
斬り飛ばされてから落ちてくるガブリエルの頭部を、その体が上手くキャッチした。
「えぇ……!?」
頭と胴が離れても、特に問題ないとでも言わんばかりにガブリエルは、右手と左手で自分の頭をキャッチボールする。
「奇襲するなら、相手の感覚がもっとも及びにくい背後から。正面から戦って勝てない強者を相手に搦め手を使うのは当然のことだし、それを成功させるための方針も、息も立てずに忍び寄る技術も相当なものだわ。文化ね」
その異様に、ドラハさんもさすがにたじろぐ。
「残念だったわね。体組織の九割以上が海水と同じ成分の私じゃなければ、今ので倒せていたでしょうに。斬撃どころか粉々に砕かれても、元通りに再生できるのよ私は」
ガブリエルは、頭を元の位置にカチリと戻す。傷は最初からなかったかのように元通りになった。
ヤツのお仲間である風の魔王ラファエルは、ハイネさんによって細胞数個を除いた体すべてを消滅させながらも生きていた。
だからこそ予想できる展開だったか……。
「それにしてもアナタ、面白い神気の使い方をするわね? その黒くて暗い神気。最初はあのクロミヤ=ハイネと同じものかと思ったけれど、まったく違う。恐らく光の神気を変質させたものと見たわ」
しかもあの一攻防だけでドラハさんの影の能力を見抜いた?
「面白いわ。一つの事象に、知恵による工夫が加わった時、それは文化になるわ。もっと私にアナタの文化を見せて。私たちモンスターに知性による発展を与えて」
「言われずとも見せてやる。ただし、その先にあるのは発展ではなく滅びだ」
奇襲は失敗。
それでも果敢に挑むドラハさん。
高くジャンプし、縦方向に大きな弧を描く蹴りが、ガブリエルの頭部めがけて落ちていく。
「『影鏡嘴』!!」
「あらあら、大味な蹴り技。あまり文化的ではないわねえ」
たしかに今放たれたドラハさんの蹴りは大振りすぎて、容易く対処されてしまう。
しかしそれがドラハさんの狙いだった。
宙を舞ったドラハさんの、その足元に残ったドラハさん自身の影。
その影から、ドラハさんの動きを真似するかのように下から上へ。巨大な影の口が浮上した。
「なッ!?」
さすがのガブリエルも、自分を丸ごと飲み込みそうなほど大きな影の浮上に驚く。
「『影鏡嘴』は、術者の蹴りに合わせて足元から影に襲わせる技。モーションが大振りなのは、対象の意識をそちらへ向けさせるためだ」
地表から盛り上がる影は、まるで獲物を丸ごと飲み込むペリカンの嘴のよう。
その嘴が、ガブリエルの腰まで丸々飲み込む。
「斬ろうと砕こうと水のように再生してしまうのなら、一滴残らず飲み尽くしてやればいい。我が影によって」
それを、地上から盛り上がる影の嘴が行おうとしている。
「頭上からの蹴りに注意を向けさせれば、それだけ足元がお留守になるということね。でも甘く見ないことね。私たち魔王の神力をもってすれば、アナタたち人間ごときの神気など……!」
「カレン様!!」
ドラハさんからの私を呼ぶ声。
……!
そうか!!
「『聖光穿』!!」
私の聖剣サンジョルジュから閃光が放たれる。
その狙いは敵たる魔王ガブリエルでなく、それを襲い飲み込もうとする影の嘴。
光の刺突が影に突き刺さった。
「何をやっているの……? 味方の攻撃を邪魔するなんて……!?」
ガブリエルの推測は大外れ。
影の嘴は、私の光を吸い込んでさらに大きく、濃厚になっていく。
「なッ!?」
「強い光の下で、影は濃く明確になっていく。『影』は光の神気を吸収してパワーアップする!!」
私から発せられる光も合わさって、影の力はガブリエルを飲み込もうとする力を大きくする。
光の神気使いと影使いが共闘することで、こんな戦い方も可能となる。
「それだけではない。今日の天気は快晴。太陽から発せられる自然光も我が影を強化する最高の栄養剤だ。この世界全体の力に飲み込まれて! 一滴残らず消滅しろ魔王!!」
何て戦い。
すべてを黒が飲み込もうとする。まるでいつものハイネさんの戦い方をそのまま再現しているようだった。
やはりドラハさんは、千年以上前の乱世からやって来た影の勇者。
戦いの火蓋を切る不意打ちの果断さも見事だった。
それが通じなくともさらなる策を講じられる技術の幅。攻勢に途切れを生じさせぬ一気呵成。
すべてが単なる有能な神気使いというだけでなく、幾多もの修羅場を潜り抜けてきた古強者の証明であることも窺わせた。
「カレン、シルティス!! 何を呆けている、出遅れているぞ我々は!!」
ドラハさんの戦いぶりに見入っていた私たちに、ミラクちゃんの叱責が飛ぶ。
「今、この世界を守ること。それはオレたち現役勇者こその使命。小娘ばかりに任せてはおれん。オレたちも戦列に加わるぞ!!」
ミラクちゃんの言う通りだった。
このままドラハさんに任せきりにしては、それこそ勇者の名折れ。
「おい、ウシ!!」
ミラクちゃんの呼び声。
気づくといつの間にか炎牛ファラリスさんが私たちの背後に控えていた。
わざわざ小型飛空機に吊るして火都ムスッペルハイムから水都ハイドラヴィレッジまで運んできた、このウシさん。
でも一体何のためにそんなことをする必要があったの?
「わかっているなウシ!? わざわざお前を同行させてきたのはこのためだ!! シルティスの守るべき人たちのために、再び力を貸せ!!」
『やれやれ、しゃあないのう!!』
ウシさんが吠えると共に、ミラクちゃんに凄まじい変化が起こった。
そして現れる。
火の神勇者が。




