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293 終焉の拘り

 この空堀を満たす赤紫の水。

 それが突如として喪失したハイドラヴィレッジの人々そのものだというの……!?


 観光地でもあるハイドラヴィレッジには、観光客も含めて数万人がいたはず。

 そのすべてが液体になって、この調整池に溜まっているというの!?

 シルティスちゃんのお父様である水の教主様も。水都を守って戦ったはずの流水海兵団の人たちも。

 それ以外にも戦闘者非戦闘者に関わらず、老若男女すべての人々が、この池の中で混ぜこぜになって……!?


「驚いたかしら? これが私の用意した特別な人間の滅亡法」


 水の魔王ガブリエル。

 まるで新しいおもちゃを自慢するかのような無邪気な誇らしさだった。


「私はね、これでもアナタたち人間のことを評価しているの。アナタたち自身の存在は許されなくても、アナタたちが時間をかけて生み出していった文明、文化というものは目を見張るわ」


 文化。

 先ほどからガブリエルは、口癖のように繰り返す。


「アナタたち人間を滅ぼしても、アナタたちの生み出した文化は残しておきたいと私は思うの。だからこそ必要以上の破壊は嫌い。アナタたちと一緒に立派な建物や、綺麗な服や、キラキラした指輪やアクセサリーを壊したら、とっても野蛮になってしまう」

「コイツ……! さっきから勝手なことを……!!」


 ミラクちゃんも鼻の頭に皺をよせ、敵愾心を剥き出しにする。


「……だから、人間だけを壊す方法を考え出したっていうの?」

「壊すなんてことも野蛮よ。私はね、アナタたち人間に静かな滅びを提供してあげたいの。かつてすべての生命は、海から生まれたという。私も一緒よ。水のマザーモンスター、ストロビラグナは海中を漂いながら私を生んだ。海こそすべての始まり……」


 どういうこと? 何を言っているの?


「だから最後に母なる海へ還してあげること。それがもっとも美しい終焉だと思わなくて?」

「アンタ……!? まさか……!?」


 どうしたのシルティスちゃん!?

 ガブリエルの言葉に、いきなり身震いしだして。


「さっきも言ったでしょう……! 皆が溜められてるあの池は、調整池なのよ……! 増えた水を一時的に貯蔵して、洪水を防ぐための。洪水の危険が去ったら放水して、空堀に戻す。次の大水に備えるために……!」

「えっ、じゃあ放水された水は……!?」

「近くの河川に合流して、そのまま海へ……!」


 海に還る。

 ガブリエルの言ったことの意味は、そういうこと!?


「面白いでしょう? この場所に『生命原液』を集めたのは、アナタたちの終わりをよりドラスティックにしたかったからよ。大量に溜まった『生命原液』が波打ちながら海へ流れ込んでいく様は、さぞかし壮大でしょうねえ!!」

「ふざけんな! このシメサバ女!! そんなこと絶対にさせないわよ!!」


 激昂と共にシルティスちゃんが水絹モーセをかまえる。

 どうしたのシルティスちゃん!? 故郷の人々をこんな目に合わされて怒る気持ちもわかるけど、今この瞬間が引き金になったわけは……!?


「サラサが言ってた……! 『まだ救うことができる』って……!!」

「あッ!?」

「あのシメサバ女に溶かされた人たちは、元に戻すことができる! ヤツは水の魔王。水の神気で起こった異常なら、水の神気で治癒できるはず! サラサはそれを言いたかったのよ!!」


 だからこそサラサさんは、真っ向からガブリエルに向かって行った。

 ヤツに液化されても、シルティスさんが助けてくれると信じて。彼女も無駄に命を捨てようとしたわけではなかったんだ!


「でも、さすがに海へ流し込まれては手遅れになってしまう。無限にある海水と混じり合って『生命原液』が希釈されてしまったら、もうその中から元の人間を抽出することができない」

「だからシルティスちゃんは焦って……!?」

「取り返しがつくのは、あの調整池の中で『生命原液』の純度が百パーセントに保たれている間だけ。水門が開いて『生命原液』が流出したらアウトよ! その前にガブリエルを倒して! パパやサラサたちを還元する!!」


 わかったよ……! 私たちの方針が。

 何を目指し、どうやったら勝ちで、何をされてしまったら負けなのか。

 あの調整池の『生命原液』を海へ流される前に、魔王ガブリエルを倒す!


「私たちも戦うよ! シルティスちゃん!」

「オレもな! そうでなくばここまで来た意味がない!!」


 私だけでなくミラクちゃんも、火の勇者として戦闘意欲にあふれている。


「お願い二人とも……。アタシに力を貸して! アタシと一緒に、アタシの大切な人たちを救い出して!!」

「「当然!!」」


 私とミラクちゃんとシルティスちゃん。

 この三人で力を合わせてモンスターと戦うのは、同じく水都ハイドラヴィレッジでの大海竜騒動以来だろうか。

 あの時と同じように勝利する!

 負けられない戦いなのだから、なおさらに!


「アナタを『生命原液』化すれば、この街はコンプリートになるということかしら? 水の勇者さん?」


 そして魔王の方も、戦いに臨む姿勢は万全。


「あの池も溢れそうになってきたことだし、ここで一区切りとしておきましょうか? アナタと、ついでにそこの二人も『生命原液』化してから、お待ちかねの放流イベントの開始と行きましょう」

「やれるもんならやってみなさいよ……! 今日がどっちの命日になるかハッキリさせてやるわ!」

「今日は終わりではなく始まりの日よ。人間は、この都市を皮切りにいずれすべてが『生命原液』となる。そして始まりの海へ還っていくの。アナタたちのためにこんな綺麗な終わりを用意してあげることを感謝しなさい」

「余計なお世話だっつの!! 自分の終わり方は自分でプロデュースするわ!!」


 火花散らせる水の勇者と水の魔王。


「水の連中はどうしてこんなに口達者ばかりなのだ……!?」


 ミラクちゃんの指摘ももっともだった。


 ただ相手は魔王、勢いだけで挑んでどうにかなる相手ではない。

 相手と自分の戦力を正確に把握して、勝てる戦い方を組み上げないと……。


 こちらの戦力は、光の勇者である私、火の勇者ミラクちゃん、それに水の勇者シルティスちゃん。

 それに……、……、……あれ!? この三人だけ!?

 もう一人いたよね!? あの子は一体どこに!?


「それでは始めるとしましょう。アナタたちの文化的な戦い方を期待するわ」

「――お前の期待に応える義務などない」


 その瞬間だった。魔王ガブリエルの足元の影が波打った。

 同時に……!


 ザブンと!


 シャチのように影から飛び出した少女。


「ドラハさん!?」


 いつの間にガブリエルの影の中に潜んでいたの!?

 太陽の位置はガブリエルの正面、影は背後に伸びていたため、ドラハさんは完全に敵の背後を取った形になる。

 相手だって、影から何が出てくるなどとどうして考えるだろう。

 完全無欠に不意打ちが決まった。


「お前などに存在する価値はない。砕けてただの神気と還れ!」


 ドラハさんの影をまとった蹴りが、ガブリエルの延髄を襲う。

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