表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
302/434

292 地獄のスープ

 そんな……!!

 魔王ガブリエルの、水棲昆虫のように細い腕が、サラサさんを貫いた……!?

 サラサさんの豊かな胸の、ちょうどその真ん中を……!!


「いやぁぁーーーーーーーーーーッッ!?」


 その光景に、もっとも激しく反応したのはシルティスちゃんだった。

 ほとんど反射的に駆け出そうとするのを、私とミラクちゃんが慌てて止める。


「シルティスちゃん!! ダメ!!」

「考えなしに飛び込んではお前も二の舞になるぞ!!」


 いつもなら私たち五人の勇者の中でもっとも冷静なシルティスちゃんが、こんなにも取り乱すなんて……!


「騒ぎなさんな!!」


 厳しい声に、暴れるシルティスちゃんがビクリと止まった。

 彼女を叱ったのは他でもない、胸から背中にかけて刃の腕に貫かれたサラサさんだった。


「サラサ……、アンタ……!!」

「友だちを困らせてはいけません……! いいからアンタはいつも通り冷静沈着に、これから起こることをしっかり見ときなさい。この魔王が、水都にいかなる災いを呼び込んだのか……!」


 サラサさんは、胸を貫かれながらも水扇を振り、至近距離からガブリエルに一矢報いようとしたが、それすら最悪の敵には通じなかった。

『水斬刃』はガブリエルの表面に触れただけで千の水滴となって散る。


「集中させることで威力を高める……。神気にはそういう使い方もあるのね……。これはそう、武術という文化なのかしら? アナタたちとの遊びは本当に新鮮さに満ち溢れるわ」

「ぐっ……、あっ……!!」

「さっきの攻撃もよかったわ。大抵の敵ならあれで斬り裂けたんだろうけれど……。残念だったわね、アナタと私では神気の絶対量が違い過ぎる。アナタがどれだけ一点に絞ろうと、私の通常状態にも及ばないのよ」

「そのようですね……、皮一枚は破れるかと意気込んだんですが。ウチにできるのはここまでのようですわ……! でも……」


 サラサさんが振り返り、こちらを見やる。


「もうここには、正真正銘現役の勇者たちがおります。アンタたちを倒すのはあの子たちの役目。もうアンタの命運は尽きたようのもの。覚悟しいや……!」

「ああそう、ではアナタはもう充分楽しませてくれたから、これで退場してもらおうかしら」


 そして、恐ろしいことが起った。

 サラサさんの体が溶けていく!?


「え? 何? え……ッ!?」

「何なの……!?」


 ドロドロに溶けて、水になって……!?

 消えてしまった!?

 サラサさんが!?


 ガブリエルの足元に広がる、一面の水溜り。

 かつてサラサさんだったもの。


「アンタ! アンタ……!!」


 シルティスちゃんの口元から、ギリリという歯ぎしりが私の耳にまで聞こえてくる。


「よくもサラサを殺したわね! 次はアタシが相手よ! 絶対サラサの仇を討ってやる!!」

「あらあら、あわてんぼさんねえ。死んでもいない人の仇討ちをするの?」

「えッ?」


 その言葉に、今にも飛びかかろうとしていたシルティスちゃんの体が止まった。


「言ったでしょう。私は文化から遠い野蛮な行いが大嫌い。殺しも立派に野蛮な行為。だから私は人間を滅ぼすにしても、人間を殺すなんてしないの」

「人を殺さずに人を滅ぼす? 何の謎かけよ!? そんなことができるの!?」

「その答えは、これが向かう先にあるわ」


 ガブリエルが指差したのは、サラサさんが溶けて液状になってしまったものだった。

 地面に落ちて一塊の水溜りとなったサラサさん。

 その水溜りが、ひとりでに動き出した。


「「「!?」」」


 それにシルティスちゃんだけでなく、私もミラクちゃんも驚愕した。

 水溜りは、まるで何かに引き寄せられるように地を這って行き……。

 進んで、進んで、進んで……。

 ポチャンと、水の中に落ちた。

 より大きな水溜りの中へ。

 いや……、水溜りというよりは……!?


「ここ……、調整池?」


 地元のシルティスちゃんが真っ先に悟った。


「ガブリエルばかりに気を取られて気づかなかったけど……。ここ、ハイドラヴィレッジの外れにある調整池じゃない!?」


 調整池って……!?

 たしか大雨とかで川が増水した時、増えた水を受け入れるための施設だよね?


「大規模洪水に備えて、水を逃がす場所を作っておこうって掘られたものなんだけど……。おかしいわ。そういう目的で作られたものだからこそ、普段は水なんて入ってない空堀のはずなのに……!?」


 でも今私たちの目の前にある調整池には、なみなみと大水で満たされている。

 しかもただの水じゃない。

 ほんのりと赤い……、紫? とにかく、自然にはありえないような色の水が、本来なら空の調整池を満杯にしていた。

 ありえるはずのない場所に、あり得るはずのない赤い水。


「ちょっと待って……!? これってまさか……!?」


 ついさっきの光景が、ありありと甦る。

 ドロドロに溶かされたサラサさん。かつてサラサさんだった液体は、ひとりでにこの調整池へ落ちていった。

 そして、すべての人がいなくなった水都ハイドラヴィレッジ。

 それはつまり……!?


「そろそろ最初の質問に答えてあげるわ」


 シルティスちゃんが尋ねた問い。

「ハイドラヴィレッジの人々をどうしたのか?」と。


「ここにいるわよ? この街に蠢いていた人間は、皆すべて『生命原液』に変えてしまったの。この池に溜まっている『生命原液』それ自体が、アナタの探す街の人間そのものというわけ」


 人間を殺さず、人間を滅ぼす。

 ガブリエルの言っていたことの意味は、こういうことだったの!?


「どう? 素敵でしょう? フフフフフフ……!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ