290 海魔メドゥーサ
魚のヒレのように透明で、虹色の光彩を放つ翼。
そんな翼を備え、青々しい色合いの全身が滑らかに艶めく。凹凸を備えた女性の体つき。
それが水の魔王ガブリエルの姿だった。
いずれも個性豊かな外見を持つ四魔王の中でも、このガブリエルは一際異彩を放っている。
四魔王の紅一点。
そもそもモンスターに性別があるということ自体聞いたことがないのに。
その意味でも、このガブリエルという存在は異質で、それゆえに不気味だった。
「……文化って面白い」
唐突にガブリエルが言い出した。
彼女のプレッシャーを浴びて戦慄しまくっている私たちに向かって。
ジャラリ……、と音が鳴った。
ガブリエルのかざす手に、純金製らしいネックレスや宝石をあしらわれた指輪、その他アクセサリーがいくつも巻き付いていた。
「アンタ、それ……!?」
それを見て真っ先にシルティスちゃんが反応する。
「ええ、この街にあったものよ。……奇妙な習性ねえ、人間って。こんな鉱物を身に着けて自分自身を飾るというのだから。これで何を誇れるというのかしら? 強さ? 富? それとも美しさ?」
ガブリエルは自分の手を裏返し、表返し、巻き付く貴金属を様々な角度から見詰める。
「私には理解できない愚かしさだわ。だからこそ面白い。その面白さをじっくりと見てみたかったので、この街自体は残すことにしたの。人間だけを消し去って」
「アンタッ!?」
ガブリエルの言葉に反応し、シルティスちゃんは勇み立った。
本来ならば魔王のプレッシャーで四肢の力が砕け散るところだろうに。今のシルティスちゃんは、それを無意識に跳ね返すほど激昂している。
「アンタなのね!? ハイドラヴィレッジの人たちを消したのは!? 答えなさい! 人々をどこにやったの!? パパ……、いや水の教主を始めとする水の教徒たち、水都ハイドラヴィレッジの一般人。観光客だってたくさん来ていたはず……!」
当然、皆無事であると思いたい。
もしものことなんて、考えたくない。
しかし鬼気迫るシルティスちゃんを正面にして、ガブリエルはただひたすら優雅だった。
「あらあら、ヒトにものを尋ねたいならまず名乗ってはどうかしら? それが礼儀という、アナタたちが築き上げた文化の一つなのでしょう?」
「チッ……」
露骨に舌打ちするシルティスちゃん。
「このアタシを知らないなんて、さすがにモンスターはイモ臭い田舎者ね。知らないなら教えてあげる。私こそこの水都を守る水の勇者シルティス!!」
「へぇ……」
「このアタシの留守を狙って水都に攻め込んでくるなんて、威張ってるわりにやることがセコいわね魔王様? 火都ムスッペルハイムを襲った火の魔王ミカエルと示し合わせでもしたのかしら!?」
そこを指摘すると、やっとガブリエルは感情の揺らぎを見せた。
「あらあらミカエルってば、彼も動いていたのね。あの子が一番自重を強いていたのに、一体どういう風の吹き回しかしら? ああでも、風を吹かすのはラファエルのやることよね?」
予想できてはいたが、やはり火の魔王ミカエルが火都ムスッペルハイムを襲ったのと、ここ水都ハイドラヴィレッジに水の魔王ガブリエルが現れたのは、偶然の一致。
一見するとミカエルが陽動によってシルティスちゃんを誘き出し、ガブリエルがその隙を突いたかのような構図であったが。
いわゆる複数のスタンドプレーが交錯したことによって生じた偶発的な連係プレーだったということ?
「ところでねえねえ、今のはジョークっていう文化の一形態なのよね? 『風の吹き回し』という表現と、ラファエルが風の魔王であることをかけてみたの。どう?」
「内輪ネタは不特定多数に伝わりにくい! 二十点!!」
シルティスちゃんがヤケクソ気味に採点していた。
「ああもう! いい加減答えなさいよ!! ハイドラヴィレッジの人たちをどこにやったの!? 全員殺したとか言いやがったら煮魚でもなく焼き魚でもなくタタキにするわよ!!」
「そんな野蛮なことしないわよ。この水の魔王ガブリエルはね、文化的な魔王を目指しているの」
「ぶ、文化的……!?」
文化的?
「我らモンスターが地上を制覇し、万物の霊長となるには、ただ人間を滅ぼすだけではダメだわ。あらゆる面でモンスターが人間を凌駕しなければ、モンスターが人間に代わる新しい地上の主となったことにはならない」
魔王ガブリエルは語る。
「力ではもう既に、私たち魔王は人間に勝っている。圧倒的にね。では次に勝るべきは何? それは知恵。人間どもは各個人の考えを集めて蓄積し、それを文明、文化と呼んだ。私はそれが欲しい。モンスターも文明文化を手に入れることで、完全に人間を圧倒するの。それが私の魔王としての目標」
「これまたご立派なことで……!」
どんな時にも皮肉を忘れないシルティスちゃんだった。
「ミカエルやラファエルやウリエルも、そのうち私の考えに賛同してくれることでしょう。だからこそ私は、文化から離れた行為はしたくない。つまり野蛮なことをね。虐殺や破壊なんて、野蛮の最たるものでしょう?」
「……概ね賛同できる主張だけれど、アンタの一人語りはもうたくさんよ! いい加減に答えなさい! ハイドラヴィレッジの人たちはどこ!? 私のパパや、他の人たちをどうしたのよ!?」
「そうねえ、……とりあえず、そこに一人いるわよ?」
「え?」
魔王ガブリエルの差す指に、シルティスちゃんと私、それに後ろに控えているミラクちゃんやドラハさんも視線を回した。
すると、ガブリエルの示した先にたしかにいた。
全身ボロボロになって這いつくばる若い女性。
その女性に私たちは見覚えがあった。以前に会ったことのある知人だった。
彼女は……。
「先代水の勇者サラサさん!?」




