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289 消えた水都

「見えてきた! 水都ハイドラヴィレッジだ」


 小型飛空機の猛スピードで約半日。火都ムスッペルハイムから水都ハイドラヴィレッジまでの距離は大体その程度。

 今回もそれぐらいの時間をかけて、ようやく水都に到達した。


 そしてすぐに異変を察した。


「水の勇者シルティス! ただ今帰還したわ! パパ……、もとい水の教主様にお目通りを!!」


 小型飛空機を水の教団本部に停めて、まずは現状把握のために水の教団の長である教主――、シルティスちゃんのお父様へお目通りする。

 水都で何事かが起っていたら、教主の下へ報告が行っていないわけがない。

 でも……。


「誰か、誰かいないの!? ……クッソこんな時に衛兵ってばサボったりして!!」

「シルティスちゃん落ち付いて!」


 私やドラハさんが、ぶら下がっていたファラリスさんのロープを解こうとしている間にも、シルティスちゃんはどんどん先に行こうとする。


「こうなったら直接パパのところに行ってくる! 皆はここで待ってて!!」


 そういうわけにはいかない。

 私たちは全速力でファラリスさんのロープを解くと、駆け出すシルティスちゃんのあとを追った。


 水都、そして水の教団本部には前にも来たことがある。

 なので水の教主の執務室へ向かうシルティスちゃんを追うのは、何度か見失っても大丈夫だった。


「教主様! お伺いもなく失礼いたします!!」


 たとえ親子と言えど、教主と勇者の礼節を守るシルティスちゃん。

 礼節を弁えずドバンとドアを蹴り開ける。


「水の勇者シルティス! 火急の用件で戻ってまいりました! 水都に危機が迫っているという情報を得まして……!」


 しかしシルティスちゃんに応える者はいなかった。

 教主の執務室はもぬけの殻で誰もいなかったのだ。


「何よパパまでこんな時に!? 今の時間だと執務中でしょう!? またどっかの園遊会にでもお呼ばれしたって言うんじゃないでしょうね!?」


 苛立ちが募るシルティスちゃんだが、彼女より幾分冷静な私たちは、少しずつその異変に気づき始めていた。


「……ねえ、シルティスちゃん。なんかこれおかしいよ……!!」

「あ、いや、ゴメンね。ウチの教主、付き合いが大事とか言って執務中でもパーティーやら何やらに出かけちゃう癖があるから……! 醜聞だからあんまり言いふらさないでね?」

「そういうことではない!」


 ミラクちゃんも、ただならぬ雰囲気を感じ取って声を震わせる。


「ここ、水の教団本部だよね……! 世界を牛耳る五大教団の、その一つの中心で、平時でも何百人って人が、ここに勤めている……!」

「え? そりゃそうよ。今さら何言ってるの!?」

「なのに……! 外縁部に小型飛空機を停めて、ここ、教主の執務室に来る途中……!」

「誰にも擦れ違わなかったぞ!?」


 私たちは、ここ水の教団本部に入ってから、いや水都ハイドラヴィレッジに来てから、まだ自分たち以外の人間を一人も見ていない!


「そんなことありえるの!? 水都は大都会でしょう!? 世界一の文化を誇る貿易都市でしょう!?」

「田舎村とはわけが違うんだぞ! 静かすぎるぞ今日の水都は! 前来た時はもっと賑やかだったはずだ!!」


 私たちの指摘を受けて、やっとシルティスちゃんは何か汲み取ることができたらしい。

 俄かに表情を曇らせると、執務室から駆け出していく。


「シルティス!」

「シルティスちゃん! どこに行くの!?」


 私たちも慌てて追った。


「礼拝堂へ行く! 礼拝堂なら、水の神様に祈りを捧げる参拝客でいつでも必ず人がいるはずだもの! そこに行けば……!」


 到着した。

 誰もいなかった。

 いつもならば敬虔な水の教徒たちによる祈りの言葉、司祭による説教が常に流れているはずの聖域は、静まり返っていた。


「訓練場! 流水海兵団の詰め所には緊急時に備えて必ず十人以上は待機してるはず……!」


 誰もいなかった。

 水都における危急に対処するため、詰め所を空にしておくことは重大な団規違反となるはずなのに。それでも流水海兵団の詰め所には誰一人としていなかった。


「食堂……! 何かあったら食べ物がたくさんあるところに皆集まるはず……!」


 誰もいなかった。


「もしかしたら地下室に……! 緊急の時はそこに避難するマニュアルになっているの!!」


 誰もいなかった。


「何よ……!? 何なのよ……!?」


 もう、これは疑う余地のないことだった。

 水の教団本部から人が完全に消え去った。恐らく水都ハイドラヴィレッジ全体からも。

 でも一体何が起ったらそんなことになるの?

 ハイドラヴィレッジの街は、人が完全に消え去ったということを除けば普段と全く変わりがない。

 建物が傷ついたりとか、道に物が落ちていたりとか、要するに混乱があった形跡がまったくない。


 水都ハイドラヴィレッジの人口は、数万人規模に及ぶはず。

 そんな人間がまったくの混乱なしに消え去るって、そんなことがあり得るの?


「……カレン様。それと他の人たち」


 途方に暮れる私たちに話しかけてきたのは、ドラハさんだった。

 火都ムスッペルハイムに置いていくわけにもいかないと連れてきたドラハさんだけど、一体?


「ついて来てください。何者かがいます」

「ええッ!?」


 どういうこと!? とさらに問い詰めたかったが、そんな暇も与えずドラハさんはどこぞへと駆け出していく。


「お、おい小娘ッ!?」

「どこへ行こうって言うのよ!?」


 私もミラクちゃんシルティスちゃんもあとを追うしかなかった。

 ドラハさんは水の教団本部を飛び出し、水都の中を駆け抜けていく。

 私たちも続くが、やはり水都にも人間の影は一人として見当たらなかった。


「何よ……!? 何が起こっているのよ!?」


 シルティスちゃんが泣きそうな声で呟く。

 ここは彼女のホームなのだから、シルティスちゃんが一番悲痛なのも仕方のないことだった。

 そして私たちはドラハさんを追って走り、走り、走り……。

 一体どこまで走るのだろうと息切れしかかった時、ついに私たちはヤツに遭遇した。


「……あら、溶けていない子がまだいたのねぇ?」


 この世界を脅かす最強の災厄。

 究極のモンスター、魔王。

 その四人のうちの一人。


 水の魔王ガブリエル。

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