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288 染み込む災厄

 私――、光の勇者コーリーン=カレンと火の勇者ミラクちゃんに水の勇者シルティスちゃん。それに影の勇者ドラハさんの四人は揃って空を走っていた。

 いつもお馴染の小型飛空機を全速力で飛ばし、野山を飛び越え駆け進む。


 向かう先は水都ハイドラヴィレッジ。


 シルティスちゃんの住む、水の教団の本拠。


「ねえ!! ハイドラヴィレッジが危ないって、本当なの!?」


 小型飛空機に跨りつつ。猛スピードで通り過ぎていく空気に掻き消されぬよう大声でシルティスちゃんが叫ぶ。

 それに応えてミラクちゃんも声を張り上げる。


「わからん!! だがこのウシが言うことだから聞き流すわけにもいかんだろう!!」


 私、ミラクちゃん、シルティスちゃんが乗っている三機の小型飛空機。ドラハさんは私の後部座席に二人乗りしているけれど。

 その三機からそれぞれ伸びるロープが、一頭のウシをぶら下げていた。


 他ならぬ炎牛ファラリスさんだった。


 今を去ること半日ほど前、火都ムスッペルハイムのライブ会場で天井に突き刺さった人々を引っこ抜く作業に追われていた私たちに、このウシさんが突進してきて喚き散らしてきたのだ。


『アホ娘ども!! そんなことしとる場合か!! コアセルベートが何かやらかそうとしておる!!』


 と。

 そしてそんなことを聞いて、私とシルティスちゃんが最初に思ったことは、


「「ウシが、シャベッタアアアアアアアアーーーーーーーーッ!?」」


 だった。

 だって普通ウシ喋らないもん。

 最初は自分の耳か頭がおかしくなったのかと思って本当に怖くなったが、その中でただ一人ミラクちゃんだけは平静を保っていた。

 混乱する私たちを余所に、騒ぎ続けるウシさんへ耳を傾け、結論を私たちに伝えた。


「水都ハイドラヴィレッジへ行くぞ」


 と。

 そんなわけで私たちは、ハイドラヴィレッジへ向かう途上にいる。


「もう何が何やらまったく訳がわかんないんだけど!! なんでハイドラヴィレッジが危ないの!? それをなんでこのウシが教えてくるの!? そもそもなんでウシが喋れるのッッ!?」


 シルティスちゃんの口からもっともなご質問が矢継ぎ早に飛ぶ。

 それは私にとっても同じ疑問で、ミラクちゃんからしかるべき説明があるものと期待していた。

 が……。


「……わからん」


 ミラクちゃんは、それしか言わなかった。


「しかし、このウシの言うことなら信じる価値がある。オレから言えるのはそれだけだ……!」


 こんな荒唐無稽な話、ほとんどの人はまともに掛け合ってはくれないだろう。

 だから私たちは自分が率いてきた戦士の人たちはそのまま火都に残し、勇者だけでハイドラヴィレッジへ向かっていた。

 もし本当に向こうで何かが起こっていたら、あとになって悔やんでも悔やみきれないから。


『…………コアセルベートのヤツは』


 また足より下から『声』が聞こえてきた。

 三機の小型飛空機でぶら下げられた状態になっている炎牛ファラリスさんは、案外大人しく吊られたままになっている。


『みずからの考え出した悪巧みを、誰かに見せびらかさずにはおれぬのよ。前にもそれで失敗したというのに、性分を改めることはできんらしい。自分が賢いと証明するためには、自分よりバカな者が常に必要なのだ』


 その『声』は、やはり炎牛ファラリスさんの声なの?

 でもなんで?


 この声は、誰にでも聞こえるというわけではなく、今私の後ろにしがみついているドラハさんや、ライブ会場で突き刺さっていたのを救出した炎闘士さんや光騎士さんには聞こえていないようだった。

 聞こえるのは私、ミラクちゃん、シルティスちゃんの三人のみ。

 一体何なのこれは……。


『オヌシら三人は、インフレーションの性悪女に神勇者となるための因子を組み込まれておるのよ。その分魂が神と共鳴しやすくなっておるのだ』


 などと説明されてもまったく訳がわからない。


『すべては魔王の出現ゆえよ……。ヤツらのせいですべてが狂い歪み始めておる。人と魔と神。キッチリと分けられていた境界を最初に踏み越えたのはヤツらだ。そこから綻びが広がるように、人と神の境界まで壊れようとしておる』

「そんなことどうでもいいわよ!!」


 切迫した声が、ファラリスさんの呟きを遮った。


「ハイドラヴィレッジが危ないなんて……!! そんなこと聞いてないわよ! なんでよりにもよってアタシが不在の時に……!」


 ハイドラヴィレッジ危急をファラリスさんから告げられて、一番気が気でないのはシルティスちゃんだった。

 それも当然、ハイドラヴィレッジはシルティスちゃんの住む場所で、彼女はあの街を守るべき水の勇者なのだから。

 そんな彼女が、肝心な時に本拠を空けていたとなればこれ以上ない痛恨事。

 それでも「ムスッペルハイムへの救援になんて行かなければよかった」などと口から出さないのは、シルティスちゃんの良識だった。


「落ち着いてシルティスちゃん……! ハイドラヴィレッジには、先代水の勇者のサラサさんがいるんでしょう!?」


 彼女に留守を預けられたからこそ、シルティスちゃんは他教団の救援に出ることができた。


「先代勇者の基礎能力は、オレたち現役勇者を上回る。彼女がいれば大抵のことが起きても未然に収めてくれるはずだ!」


 ミラクちゃんも、シルティスちゃんを落ち着かせるのに協力してくれた。


「でも……! でも……!!」


 それでもシルティスちゃんの焦燥を完全に消し去ることは無理だった。

 私たち自身にも油断があったことは否めない。


 何故なら私たちは、去り際の彼らの言葉を鵜呑みにしてしまっていたからだ。

 先の戦いで、決着をつけることなく去った魔王ミカエルのあの言葉を。


『……お前たちとの戦いは、我々を成長させる戦いであらねばならぬ。ゆえに卑怯卑劣の戦いであってはならぬ』


 ミラクちゃんとの戦いから何かを感じ取ったらしいミカエルは、去り際にそう言った。


『次お前たちに挑む時、オレは通すべき筋を必ず通そう。お前たちを低劣に陥れる奇計奇策など一切かけぬ。ゆえにお前たちも伸びやかなる心で次の決闘を待つがいい』


 と。

 それに伴い、地の魔王ウリエルや風の魔王ラファエルまで、こう言った。


『私たちもクロミヤ=ハイネにやられた傷を癒したいのでね。気まぐれなリーダーに付きあってあげるとしよう』

『やったね人間ども、寿命が延びたよ。我々の全快した時がキミたちの消える時だ、精々残り少ない時間を楽しみたまえよ』


 それを真に受けた私たちは、戦いのあとを本当にのびのびと過ごしてしまった。

 帰るのを遅らせて、ライブまでやって。

 でも思い出して。魔王たちが筋を通すと宣言したあの場に、たった一人だけ欠けていた者がいたではないか。


「水の魔王ガブリエル……!!」


 あの場に現れなかった水の魔王が何を画策しているのか、知る由もない。

 でも炎牛ファラリスさんが口走った『コアセルベートがやらかそうとしている』という言葉。

 それはやはり創世の五大神のお一人、水の神コアセルベート様を指しているの?


 突如挙がった水の神の名。

 所在不明の水の魔王。


 ここに来て符牒が合いすぎている。

 だからこそ向かうしかない。同じく水の名を冠する水都ハイドラヴィレッジへ。

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