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287 水火問答

『この火の神ノヴァを舐めるでないわ!!』


 それが挑発だとわかっていても、噛みつかずにはいられない。


『人間ごときどうなろうとワシの知ったことではない! 燃え広がりて焼き尽くす、それが破壊と再生を司りし火の本質よ! 先の戦いは、人間以上に鼻持ちならぬ魔王とやらを誅するためのもの。益々もって人間など関係ないわ!!』

『それを聞いて安心いたしました。やはり燃え盛る獰猛さこそ火の神たるアナタの本領。それがちゃんと保たれているようで重畳至極にございます』


 クツクツクツ……、と嘲りの気配もまた響いてきた。


『フン……、用が済んだらとっとと帰るがいい。オヌシのヌルヌルした声音は聞いているだけでおぞ気が走る』

『まあそう言わずに。こうして久々にあいまみえたのです。もう少し益体のない世間話などしていこうではありませんか?』

『嫌です』


 あまりの嫌さに敬語で拒絶するノヴァだった。


『まあまあ、そうおっしゃらずに。……そうですねえ、こんな話題はどうでしょう? 魔王のこととか』


 その単語を出されて、さすがにノヴァも聞こえないふりを決め込むことはできなくなった。


『……よく考えれば』


 ノヴァはのっそりとウシの体を起こした。


『これだけの不測の事態、オヌシが乗っかって来んわけがないな。奸智の神を自称するおぬしが』


 そもそもモンスターというものの創造を提案したのは、他でもないコアセルベートだった。

 時代が進み、文明が発展し、みずからの力だけで生きて行けるようになった人類は、次第に神へ祈らなくなっていった。

 それは神にとって深刻な問題だった。

 何故なら千年以上もの長い間、人から祈られることに慣れきってしまった神は、人の祈りなしでは自身の存在を保てなくなってしまっていたからだ。


 このまま祈りが枯渇し続ければ、神は神でいることすらできなくなるかもしれない。


 ならば、再び人が神に祈るようにしよう。

 そのために人が神に対して助けを求めたくなるような――、「助けてください」と祈りたくなるような問題を、人の世に送り込んでやろう。

 その問題こそがモンスターだった。


『モンスターが人を襲い、命を脅かせば、人は再び神に縋り、祈りを送ってくるようになるだろう。そう言って神々にプレゼンをブチ上げたのはおぬしだったのコアセルベート?』

『はい、おかげでアナタも一定量の祈りを確保することができたでしょう?』


 コアセルベートの言う通りなのがノヴァにとって遺憾だった。

 たしかに当時、人間など塵芥だと見下していたノヴァは、一も二もなくコアセルベートの提案に賛同した。

 風の神クェーサーや、地母神マントルも、それぞれの思惑の下にコアセルベートの提案に乗った。

 そうして地水火風のモンスターと人間との長い戦いの時代が始まった。

 今から百年前の話。


『その挙句の魔王誕生よ。まったくおぬしの陰謀はいつも必ず片手落ちしおる』


 それはノヴァからコアセルベートへの精一杯の皮肉。

 当初、人から祈りを搾り出すための道具としてモンスターは、魂なき疑似生物だった。

 純粋な神気の塊として生み出され、魂もなければ自意識もない。

 人間や、他の動植物とはそうした点で決定的に違う。

 独立して神の思惑から外れる生命は人間だけでたくさんだ。そうした意図の下に正真正銘、神の道具としかなりえない構造を目指して生み出されたのがモンスターだった。


『しかしそれでもモンスターは、神の思惑から外れた』


 それが魔王。

 百年という歳月と、何千何百万という同類たちの生と死の積み重ねの果てに生まれた究極モンスター。

 神にも匹敵する神力に加え、モンスターが本来持たないはずの自意識まで獲得していた。

 そうして得た自我をもって目指す先は、旧種族と見なした人類を押しのけて、自分が地上の主となること。

 すべて神々にとって想定外の事態だった。


『これまたムカつくことに、魔王どもの力はワシら神を越えておる。祈りが枯渇し、全盛期の頃から随分衰えたワシらをな』


 火の神ノヴァが炎牛ファラリスとして単体で魔王ミカエルに挑み、打倒できなかったことが、その証明だった。

 火の魔王ミカエルを退けられたのは、ノヴァの力に加え火の勇者ミラク、そして火都ムスペッルハイムに住む人々の、すべての心が力に変わった結果としか言いようがない。


『エントロピーにインフレーション、それにクェーサー。人間に肩入れする連中は大わらわよ。人間が魔王に対抗するための手段を必死になって探しておる』

『クククク……。そんな都合のいい手段が、本当にあればよいですがねえ?』

『で? コアセルベート、おぬしはどうするつもりよ?』


 ノヴァは、コアセルベートがここに現れた目的がだんだん読めてきた気がしてきた。


『光の女神インフレーションは、神勇者なるシステムを編み出し、対魔王への切り札にしようとしておる。エントロピーやクェーサーもそれに大層協力的だ』

『そしてアナタも。……ですかね?』


 コアセルベートの嫌らしい指摘に、ノヴァもさすがに苦々しさを押し隠せない。

 つい先日、魔王ミカエルを退けるために史上二人目の神勇者を誕生させたのは、他でもない火の神ノヴァ自身だったのだから。


『それで……、おぬしも仲間に入れてほしい、というわけか?』


 それが訪問の目的であろうとノヴァは見抜いた。


 闇の神エントロピー……、の転生者であるクロミヤ=ハイネたちは、コアセルベートを究極の敵対者と見なして絶対協力できないと思っている。

 しかし、それはノヴァに言わせれば浅はかな読みだった。


 こと自分自身の利害という基準において、コアセルベートほどそれに忠実な神はいない。

 自分本位とも言うこともできるが。もし魔王が人間を滅ぼしてしまえば神へ祈る者はいなくなり、それを代えがたい糧とする神も滅びるしかない。

 人は神なくとも生きていけるが、今や神は人なしで存続することなどできないのだ。


 だから一見人間などどうでもいいと思っているコアセルベートすら、魔王に人間を滅ぼされるのは絶対許されないことだった。


『おぬしは、自分自身を存続させるために人間を守らねばならん。そのためには神勇者を揃えようとするエントロピーたちに協力するしかない』


 今日こうしてノヴァの下を訪ねたのも、そのためだろう。

 ノヴァはかつて『人間隷属派』としてコアセルベートと主張を同じくしながら、今は闇の神エントロピーであるところのハイネたちとも、何となく近い立ち位置にある。

 そんなノヴァの仲介を通せば、多少の誇りを保ったままエントロピーの傘下に加わることができる。

 実にコアセルベートらしい小賢しさだと、ノヴァは思った。


『無論エントロピーのヤツらは嫌がるだろうが、ヤツらにとっても今は瀬戸際。味方が増えるのを拒むことはできまい。おぬしがどうしてもと言うなら、お望み通りヤツらに話を通してやってもいいが?』


 いつも賢しらぶったコアセルベートをやりこめるいい機会だと、ノヴァも得意げになった。

 しかし違った。

 火の神ノヴァは、創世から千六百年経った今でも、コアセルベートの邪智の底を見通せずにいた。


『ククク。クククククク……!』

『?』

『アナタは本当にバカな神ですねえノヴァ。その程度で私の思惑を見通したつもりですか?』


 その言葉にノヴァは戸惑った。

 コアセルベートは人間の祈りなしでは生きられない。だからこそ魔王から人間を守る立場に身を置くしかないのではないか。


『たしかに魔王の登場は私にとっても想定外でした。しかし嬉しい誤算というものがあるのです。魔王とは、私とってまさに嬉しい誤算だったのです』

『何だと……!?』

『彼ら魔王は、不遜にも自分たちを新たなる地上の支配者と称しています。そして彼らには、その大言壮語に相応しい力がある。さすればこのまま地上を彼らにくれてやってもいいでしょう。そうすれば……!』


 そうすれば……。


『人間などもはや用済み。どうせ魔王によって滅ぼされるなら、神たる私がどのようにリサイクルしようとかまいませんでしょう。このような自然の理でならばエントロピーとて文句は言えない。運はこの私に向いてきたようです。ハハハハハハ!』

『どういうことだコアセルベート!? おい、答えろ!?』


 最早どれだけ呼びかけても水の神は応えず、壁をペタペタと言わせる気配を掻き鳴らしながら、やがて気配も消えていった。


 悪いことが起り始めていた。

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